どこからはじめても 2
ルーナは、大きく溜め息をつく。
自分の部屋のベッドに、腰かけ、ずいぶんと憂鬱な気分でいた。
「そんな溜め息ばっかりついてないで、ジーンのところに行けばいいのに」
「オレも、何回も、そう言ってんだぜ? でも、できねーんだってサ」
トマスとジークは、床に座っている。
1人でいたくない気持ちもあったので、2人のことは放置。
1人でいたくはないが、相手をする気にもなれないのだ。
「どうして? そりゃあ、外出禁止って言われてるみたいだけど。ルーナは、転移できるのだし、パッと行って、パッと帰ってくればいいじゃないか」
「そーいうコトじゃねーの」
「どういうこと?」
「なんでも、どんな顔をして会えばいいのか、わかんねーとか?」
ルーナは、また大きな溜め息をついた。
これ見よがしに。
心配させてしまったことで、両親には悪いと思っている。
が、トマスの言うように、隠れて会いに行くことは可能だ。
それに、ユージーンのところなら、両親も許してくれるに違いない。
わかっていても、ジークに言ったように、ルーナ自身が、ユージーンに「どんな顔をすればいいのか」わからずにいる。
「どんなって? いつも通りでは駄目なの?」
「知らねーよ。オレに、わかるわけねーだろ」
2人が、ちらちらと、こちらを見ていることには気づいていた。
それでも、やはり話す気にはなれない。
ルーナは、ひどく落ち込んでいる。
自分の身勝手で、ユージーンの命を消してしまうところだったのだ。
しかも、帰ったら、王宮内だけではなく、王都中が大混乱。
貴族屋敷にいる、おかかえ魔術師までもが、突然、ぶっ倒れたらしい。
おそらく、ユージーンが死にかけたことと関係がある。
(それに……あの日は、帰されちゃったし……)
エッテルハイムの城から戻った日の夜、ユージーンから、屋敷へ帰るよう言われたのだ。
ユージーンは、やたら気難しげな顔をしていて、口調もひどく固かった。
両親が心配しているから、というのを理由としていたが、それだけではなかった気がする。
(そりゃ、そうだよね。私のせいで、あんなことになって、王都も大騒ぎになって……ジーンは宰相だから、後始末もしなきゃいけなくて……)
我儘の言える立場ではなかった。
だから、黙って帰ってきたのだ。
以来、ユージーンには、会っていない。
謝ってすむ話とは思えずにいる。
ユージーンに、なにを言えばいいのかも、わからなかった。
あんなことをしでかしたあとで「告白」などできるわけがない。
もとより、すでに、ふられているのだし。
「でも、もう半月だよ?」
「だな」
ちらちら。
2人の視線が、ちょっぴり煩わしく感じられる。
ルーナだって、ユージーンに会いたくないのではない。
会いたいのに、会えずにいるだけだ。
「ジーンは、ちゃんと公務してて、元気そうだったな」
「新年の手振りに列席してたね。ボクも話したけど、いつも通りって感じだった」
「民も大勢、集まってたし、王都も落ち着いたってことだろ?」
ルーナの誕生月は、フィランダーと言われる、11月初旬。
それから、ひと月半後に、あの城でのことが起きたのだ。
その後、外出禁止になってから、半月が経ち、年が明けてしまっている。
例年、参加してきた、王族による新年祝賀の「お手振り」にも欠席した。
遠目からであれ、ユージーンの姿を見られる機会ではあった。
さりとても、いつもは、そんな意味で、見に行っていたのではない。
民の前だろうが、無表情で、なのに、真面目に手を振るユージーンが面白くて、見物に行っていたのだ。
それに、なんとなくユージーンの「晴れ舞台」にも感じられたし。
愛想を振りまいたりはしないが、ユージーンは、いつも民を大事にしている。
宰相になったのも、民の暮らしを良くするためなのだ。
政に興味のなかったルーナも、ここにきて考えるようになっていた。
もし、ユージーンが死んでいたら、この国は、どうなっていただろうか、と。
(あんなに熱心に宰相ができる人なんていないもの。ジーンが宰相をしていれば、この国は、今より絶対に良くなるよね)
だとすれば、失うのは、この国にとって大きな痛手だ。
もちろん、ルーナにとっても、だけれど。
なんだか、ユージーンを遠くに感じる。
世界には、自分たち2人しかいないわけではないのだ。
今までのルーナは、ユージーンしかいない私室と執務室の中で生きてきたため、わからなかった。
ユージーンを必要としているのは、ルーナだけではない。
また、大きく溜め息をつく。
気持ちだけでは解決できないこともある、と痛感していた。
したいことと、できることは違う。
できることと、すべきことも違う。
どんなにかユージーンを愛していても、だ。
「ていうか、トマス。ザカリーおじさんは、大丈夫なのかよ?」
「ボクもさ、倒れたって聞いてから、そりゃあ心配していたのに……平気そうなんだよね……母上に、ここぞとばかりに甘えて、デレデレしているよ……」
「そ、そうか……ま、まぁ、大事がなかったんならいいじゃねーか……」
「まぁ……ボクも、そう思って、苛々しないようにしているけどね……」
2人の会話に、ルーナは、憂鬱な思考を一時停止。
考えても、答えが出せそうになかったので、気持ちを切り替えていた。
父に聞いた話によると、魔術師が倒れたのは、魔力の供給が完全停止したからだそうだ。
原因は、国王陛下が「お倒れになった」から、らしい。
いっときのことだったので、すぐに魔力は回復し、魔術師も意識を取り戻したと聞いている。
(でも、偶然じゃないよね? あの時、ジーンが何か言ってて、そのあとだもん)
ユージーンとザカリーは兄弟だ。
2人で、秘密の取り決めをしているのかもしれない。
ユージーンからの合図で、ザカリーが魔力供給を停止させる、とか。
ルーナは、そんなふうに推測していたが、2人には黙っていた。
ザカリーが「お倒れになった」ことにしているのは、あれが秘匿事項だからだ。
ユージーンの許可も得ず、勝手に話していいことではない。
そう判断している。
(……この先、私……どうすればいいんだろ……ジーンに、会えるのかな……)
ルーナは、そっと唇にふれてみた。
頭がぼうっとしていたせいだとは思うが、ユージーンから口づけをされたのは、初めてだ。
嬉しかったけれど、最初で最後かもしれない、とも思っている。




