どこからはじめても 1
瞬き、数回。
ユージーンは、はっきりと自覚する。
自分の命が尽きなかったことと、それから。
(これは、まずい……夢見かと勘違いをしていたが……)
現実のルーナに、口づけをしてしまったことに、気づいていた。
告白もしておらず、同意も取っていないのに。
「ジーン?」
目を真っ赤にしているルーナから視線を外しつつ、体を起こす。
なんとも気まずかった。
いっそ告白しようかと思ったが、やめておく。
この状況では、仮に断りたくても、ルーナは断り切れない。
そう思ったからだ。
本音を言えば、どのような状況であれ、ルーナが自分を受け入れてくれるなら、それで、かまわなかった。
ツケ込めるのであれば、ツケ込みたいぐらいだ。
が、後悔するのも目に見えているので、できずにいる。
ユージーンは、ルーナの心が欲しいのであって、単に、婚姻できればいい、とは考えていない。
ちゃんと手順を踏んだ上で「育ての親」を、やめたかった。
もちろん、ルーナに「ふられた」としても、だ。
「えっと……あの……大丈夫……?」
「わからん……まだ……頭が、ぼうっとしている」
「そ、そっか……頭がね……」
ルーナの声には、心配そうな雰囲気が漂っている。
ともあれ、心配させ続けておくわけにはいかない。
「俺の頭は、おかしくなってなどおらん。案ずるな」
「うん……大丈夫なら、いいの」
口づけのことについて、ルーナは問い質してこなかった。
ちょっぴり残念なような、複雑な心境になる。
さりとて、今は追求されても困るので、ユージーンも、なにも言わずにいた。
「さぁて、さっさと、ここから出るとしよう」
「彼は?」
「放っておけばよい。どうせ、当分、起きられんだろ」
レオナルドは、ぴくりとも動かない。
死んだ振りをしている様子もないので、置いて行くことにする。
どの道、すべての魔力は取り上げたのだ。
魔術が使えなければ、なにもできはしない。
そのうち、器も機能を失うだろう。
ユージーンは、すくっと立ち上がる。
ルーナが、まだ心配そうに見ていたが、もう体はなんともなかった。
吐いた血は飛び散ったまま、痕跡を残している。
その近くで、なにかが光っていた。
(ルーナのイヤリングか? 大公の作った……なるほど。そういうことか)
いずれ、こんな日が来るかもしれない。
大公には、予感があったのだろう。
だから、ルーナに、身につけさせていた。
ユージーンが、ネックレスを発動させる事態があるとすれば、ルーナに、なにか起きる時だと、それも予測していたに違いない。
(いつものことだが、大公の忠告は、分かりにくくて、かなわん)
魔力の流れを隠すため、それから「おまけ」で、魔力を取り上げる力を付与したと、大公から聞いてはいた。
が、自分がどうなるのかまでは、聞かされていなかったのだ。
迂闊に使えば死ぬかもしれないというのに。
が、助かったのは確かなので、文句は言えない。
「ルーナ、お前の体に、問題はないか?」
「私は平気。なんともない」
「そうか。ならば、良い」
「えっ?! ちょ……っ……ジーンっ?!」
なぜか、ルーナが慌てている。
ハテナを頭につけつつも、ユージーンは歩き出した。
ルーナを「抱っこ」して。
「私、自分で歩けるわ! ジーン、頭が、ぼうっとしてるんじゃないのっ?!」
「もう直った。お前を、落としたりはせぬさ」
「そういうことじゃなくて!」
「王宮に戻ったら降ろしてやる。それまで、大人しくしておれ」
言うと、ルーナが大人しくなる。
ぎゅっと、首にしがみついてきた。
それを、可愛らしいと感じる。
子供のような可愛らしさではなく、愛しさからくる感覚だ。
(ふられたら、このようなこともできぬようになる……まだ、ふられると決まったわけではないが、可能性は考えておかねばな)
だから、今のうちに、できるだけルーナを可愛がっておこう、と思う。
今後は、これまでしてきたことが、できなくなるかもしれない。
(兄上! ご無事ですか、兄上ッ!!)
城の外に出たとたん、頭の中で、ザカリーの声が響いた。
ちょっぴり、はて?と思ったが、それはともかく。
(ザカリーか?)
(兄上ーッ!!)
即言葉での連絡で、本当に良かった。
対面であったなら、耳がつんざかれていたところだ。
おそらく、ザカリーは大声を出している。
だが、即言葉の場合、声の抑揚は、ほとんど伝わらないのだ。
(よ、よくぞ、ご無事で!!)
(お前こそ、影響はなかったのか? すべての王宮魔術師から、魔力を取り上げる力だと、大公からは聞いていたのだがな)
(私も倒れかけましたが、ご心配にはおよびません! 大公様より、魔力の分配を受けております!)
ユージーンの中に浮かんだ、はて?が消えた。
大公は、何から何まで手を打っていたらしい。
その用意周到さに、少し呆れる。
同時に「敵わない」と思った。
力の大きさではなく、用心深さや、万が一に対する備えに関してだ。
自分も、もっと用心深くならなければならない。
ルーナの傍にいられなくなるのは嫌だった。
死んだら、どうなるかはわからないが、ルーナと離れることになるのは確かだ。
(すぐ、そちらに……)
(王宮から出るなと言ったであろう。ルーナがいるのだぞ)
(……ですが……外で、お待ちしていれば……)
王宮魔術師に点門を開かせたことにして、誤魔化せる。
そう言いたいのだろうが、ユージーンは、即座に却下した。
今、動ける魔術師は、ザカリーだけなのだ。
後日になって、露見する恐れがある。
(ならん。話は、帰ってからすればよい)
(……かしこまりました……本当に、大丈夫なのですね?)
(むろんだ。それより、ウィリュアートンにも連絡しておけ)
(わかりました。近衛を向かわせます)
いくつか段取りを決めたあと、即言葉が切れた。
魔術師たちが、一斉に倒れたので、王宮は大騒ぎになっているらしい。
死人は出ていない、とのことだったが、魔力を取り上げると、後が大変だということも知った。
(このことは、どこかに記しておかねばならんな。それに、やはり、魔術師にのみ頼るのは危うい。魔術師が使えぬ際に動ける、別の機関を設けておかねば)
考えながらも、ユージーンは、間違わずに、敷地外に通じる裏口へと向かっていた。
敷地内の地図は、すっかり頭に入っている。
すぐに外に出られるだろう。
宰相としての考え事が、いち段落ついたので、ほかのことを考え始めた。
(ルーナは、泊まると言い出すであろうか……泊めてやりたいところだが……俺の自制が効くかどうか……己が信用できぬようになるとは、情けないことだ)
帰したくない気持ちはあっても、自分で自分が信用ならない。
なにしろ、さっき「うっかり」口づけをしてしまったばかりだったので。




