どうしてこんなに 3
冗談ではない、と、ユージーンは思っている。
ちょっぴり、いや、かなり不愉快でもあった。
(なぜ、俺が、大公を呼ばねばならんのだ)
ちょこちょこ大公に頼み事はしている。
さりとて、些細なことばかりだ。
自分の代わりに、誰かと戦えなどと頼んだことはない。
むしろ、大公の代わりに戦ったことがあるぐらいだ。
ユージーンは、レオナルドを無視して、ルーナに歩み寄る。
やはり、ゆったりとした歩調だった。
姿が確認できたので、安心している。
せかせかする必要はない。
「ジーン! 来てくれるって思ってたけど、来てくれなくて良かったのに!」
「なんということを言うのだ、お前は」
「いいから、帰って!」
うむ、と鷹揚にうなずいた。
ユージーンが、ここに来た理由は目の前ある。
「むろん、帰る。お前を連れて帰るために来たのだからな」
「そうじゃなくて、1人で、すぐに!」
「これはいかん。この城の空気のせいで、頭がおかしくな……」
「違うわよ! もおっ!!」
ユージーンには、なぜルーナが怒っているのか、わからない。
ルーナの決死の覚悟を台無しにしたことなど知らないので。
「ルーナ、このような者に、お前を引き合わせたことを、悔いている。すべては、見立て違いをした、俺の責だ」
「ジーン……いっつも、そうやって自分を悪者にしちゃうんだから……」
するもなにも、実際に自分の責任だと、ユージーンは考えている。
レオナルドの本質を見抜けなかったのは、厳然たる事実なのだ。
今回は、栗鼠になっていたのではないのだし。
「しばし、ここで待て」
「待つ?」
ユージーンは、ルーナの頭を軽く撫でる。
それから、レオナルドに向き直った。
ルーナを背中に庇いつつも、レオナルドとは、少し距離を詰める。
ザカリーに点門を開かせ、裏口から城に入った。
ユージーンが、ここに来るのは2度目だ。
地下室があることも知っていた。
そこで、なにが行われていたかも。
『ド変態じじいがいてね! サリーの服を剥いだのよ!』
レティシアは、相当に怒っていたので、記憶に残っている。
ユージーンが、ローエルハイドの勤め人になってから、聞いた話だった。
地下室には「ド変態じじい」こと、レスター・フェノインがいたのだ。
ちなみに「ド変態」という言葉の聞き取りも、ユージーンは、しっかりと行っている。
結局、レスターは、大公が始末したらしい。
殺してはいない、と言った大公の言葉に、察するところはあった。
とはいえ、詳細は聞きたくなかったので、聞いていない。
そのことを思い出し、ある物を引っ掴んで、点門を抜けている。
ぱしっ。
レオナルドの胸元に当たり、床に落ちた、それ。
投げつけられる意味を、レオナルドは知っているはずだ。
「古風ですね、宰相様」
「礼儀だ」
白い手袋。
決闘の申し出だった。
(ルーナを裸に剥こうとするなど……絶対に、許してはおけん!)
レオナルドが「ルーナの服を剥こうとした」と、本気で思っていた。
切り刻もうとしていたとは、考えていない。
いずれにせよ、許すことはなかっただろうが、それはともかく。
ユージーンは、頭はいいのだが、いかんせん間が抜けている。
「魔術なし、というわけにはいきませんよ?」
「かまわん。剣のみで戦えなぞと、無粋なことは言わぬさ」
「手加減もいたしませんよ?」
「口上の長い奴だ。だいたい手加減をせねばならんのは、俺のほうなのだがな」
「武器もなしで?」
言われて気づいた。
手袋は持ってきたが、武器を持ってくるのは忘れている。
だが、動揺はしない。
「ルーナ」
「え、えっと、レイピアしか出せないけど」
「それで、よい」
右手を横に出す。
すぐに荷重がかかった。
レイピアは、前に使ったスモールソードよりも重いのだ。
1メートルほどの長さがあり、どちらかと言えば、斬るというより、突くための武器だった。
「武器は使わせてもらう。これで、まずまず公平であろう?」
「どうでしょう。僕のほうが有利だと思いますけどね」
「そうか。では……」
剣をかまえかけて、ルーナのほうを振り返る。
「お前は、ウサギや栗鼠の置物を持ってはおらんな?」
「え……? 持ってないよ……???」
「そうか。ならば、心配はいらんか。己に防御の魔術をかけておけ。なにがあろうとも、俺のことより、自分を優先するのだぞ」
「よくわかんないけど、わかった」
ルーナが、うなずいた瞬間だ。
ユージーンは、後ろ手に剣を振る。
キンッという音が響いた。
振り返りつつ、目を細める。
足元に、黒い鏨に似た金属武器が、1本、落ちていた。
「へえ……よく防ぎましたね」
今のは牽制だろう。
ユージーンが、どの程度「やれる」のか、測ったに過ぎない。
本気の攻撃でなかったことぐらい察している。
そして、誘いでもあるのだ。
なぜ後ろからの攻撃に対処できたのか。
理由は簡単なのだが、教えるつもりはなかった。
レオナルドは、ユージーンが得々と話すのを期待していたのだろうけれども。
(戦いの最中に、そのような愚をおかすはずがなかろう)
相手を挑発して感情を揺さぶる、というのは、ひとつの手ではある。
が、レオナルドには、そもそも感情がなさそうだし、ユージーンも理屈で動く。
互いに、挑発など無駄なのだ。
(存外、大公には効いたがな。この者には効かんだろ)
すぐに気持ちを切り替え、同時に戦いかたも変えることにした。
早目に叩きのめしたほうがいいと判断したのだ。
レオナルドは頭が良く、狡猾だった。
長く戦っていれば、対処法を見抜かれる。
「俺が後ろを向いている間に、本気でかかって来るべきであったな」




