どうしてこんなに 2
ルーナは、信じている。
恐くないわけではないが、立ってはいられた。
意思も、はっきりしている。
(私がいないことにジーンが気づかないはずない。気づいてて、放っとくなんて、できるわけないもん!)
舞踏会の時だって、来てくれた。
あの時も、ルーナは、ユージーンに行き先を告げてはいなかったのだ。
なのに、ちゃんと見つけてくれている。
「きみの希望を砕くのは気が進まないけどさ。舞踏会に、宰相様が来られたのは、大公様の力を借りたからじゃないかな。大公様は、きみの魔力を探したんだろう。でも、繰り返し言うよ? ここは、魔力疎外されている。きみの魔力は、この城に閉じ込められていて、どこからも追跡はできない。たとえ大公様でもね」
そうかもしれない。
レオナルドの言うことは間違ってはいないのだろう。
が、ルーナは、こう思っている。
レオナルドは、間違ってはいないが「正しく」ない。
ユージーンのことだって、知らないのだ。
間が抜けたところはあるが、とても頭が良くて、なんでも理屈で解決をつける。
ルーナが、どれだけ頑張っても、口では1度も勝てた試しのない相手。
わからないことをわからないままに、できないことをできないままにしておけない「ちょっぴり」しつこくて、面倒で厄介な男性。
それが、ユージーン・ガルベリーなのだ。
ルーナは、信じる。
ずっと信じている。
あの手に守られてきたと、知っていた。
「ジーンは、来るわ。絶対に、間に合う」
「だとしても、だよ」
レイモンドの口元から、笑みが消える。
とたん、ひどく冷ややかな表情になった。
これが、本当の顔なのだろう。
レイモンドには、人としてのなにかが欠けている。
明確にわかる表情だった。
感情が、まるきり伝わってこない。
恐いのもあるが、それ以上に、ゾッとする。
きっと、レイモンドには、なにを言っても無駄だ。
ルーナの言葉は、無視されるに違いない。
そう感じられるほど、レイモンドには、人間味がなかった。
「宰相様は魔術が使えない。そうじゃないか?」
「でも、あなただって、それほど大きな力は持っていないでしょ?」
魔力感知の結果で「下級魔術師程度」と判断している。
今日は、繰り返し転移もしていた。
しかも、ルーナを便乗させている。
魔力消費は少なくなかったはずだ。
(それに……ジーンなら、ザカリーおじさまに、レニーの魔力分配を止めさせてるはず……だったら、長くは保たないわよね)
レイモンドの変貌した姿を見て、動揺していた心が、わずかに落ち着く。
小さな希望が、ルーナを支えていた。
「ああ、そうか。なるほどなぁ」
レイモンドが面白そうに、目を細めてルーナを見ている。
いよいよ、ゾッとした。
(ちっとも“まとも”じゃないじゃない! 私って、男運?がないのね!)
ジークに「レニーはまとも」と言ったのが、恥ずかしくなる。
ジェラードにしてもレイモンドにしても、おかしな男性ばかりだ。
ユージーンだって、周囲からは「まともではない」と判定されている。
(ジーンは、私を傷つけたりしな……うーん……悪気はないから、ユージーンのは許せるってとこかな)
ルーナは、あえてユージーンのことを考えていた。
レイモンドに、意識を向けたくなかったからだ。
「僕への魔力分配は、止められているかもしれないね。いや、止められているな。宰相様なら、そのくらいやるさ」
ルーナに話しかけているのかわからないような口ぶりで、レイモンドが言う。
はっきり言って、無視したかった。
が、会話をしていれば、時間が稼げるかもしれないと思い直す。
「わかってるなら、逃げたほうがいいんじゃない? 近衛や王宮魔術師を、大勢、引き連れて来られれば、あなただって困るでしょ?」
「わかっていないね、きみは」
魔力分配が止められているとわかっても、彼は余裕な態度を崩さない。
いつも見せていた穏やかな笑みとは、まるで違う、冷たい表情で笑った。
「きみは、宰相様とは、赤の他人だよ? ご正妃様が連れ去られでもしなけりゃ、国の機関を動かせるはずがないじゃないか。近衛や王宮魔術師は、王宮の私物ではないのだからね」
「それでも、ジーンは来るわ!」
「同じことを何度も言われるのには、うんざりだ。宰相様が来ても、なにも不都合などないさ。魔術が使えない者では、僕の相手はできない」
ルーナは、ユージーンを信じている。
きっと来てくれると、わかっていた。
だからこそ、迷う。
(もし……レニーが力を隠してたとしたら? 下級魔術師程度じゃなかったら?)
ユージーンの身こそ危ないかもしれない。
剣の腕は良くても、魔術には太刀打ちできないのだ。
レオナルドは、国の宰相だからといって「加減」はしないだろう。
むしろ、殺そうとする。
助けて、と叫ぶのは簡単だ。
実際、舞踏会では、心で、助けを求めた。
が、ユージーンが殺されるかもしれないと思うと、助けて、とは言えなかった。
(ジーンは王族で、血筋を遺さなきゃならない立場で、宰相もやってて、国を治めなきゃいけなくて……私は……私は、そんな人の……妻になるんだから!)
キッと、レオナルドを睨みつける。
心から動揺も恐怖も消え去っていた。
いつもユージーンに守られてきたのだ。
今度は、自分がユージーンを守らなくては。
将来の「妻」として。
ルーナの覚悟は、定まっていた。
「レニー、あなた、この城に入ったあと“最期”って言ったわよね。私を、この城から出す気はないんでしょ? だったら、早くケリをつけましょうよ」
「そうだね。きみとのお喋りは楽しかったけれど、終わりにしようか。実際、僕はきみを切り刻んで、その魔力を取り上げたくてしかたなかったんだ」
「そう。なら、早くして。そのあと、どこかに逃げてちょうだい。ジーンは、いつでも大公様を呼べるんだから」
レオナルドの顔つきが変わる。
初めて、ルーナの言葉に心を動かされたようだ。
内心、ルーナは「これでよし」と思っている。
ルーナのことは見逃すつもりはなさそうだが、ユージーンのことは、放っておくはずだ。
望みを果たしたあと、レオナルドは、すぐに逃げ出すに違いない。
「俺は、大公を呼んだりはせぬぞ、ルーナ」
声に、ハッとして、そっちを見る。
そこには、憮然とした表情のユージーンが立って、いた。




