どうしてこんなに 1
ジークは、かなりイライラしている。
そして、腹を立ててもいた。
「なんでだよ」
ぶっきらぼうな口調にもなる。
ソファに座ったまま、父が動こうとしないからだ。
2人は、小ホールにいる。
呼んだのは、ジークだった。
が、ジークは、父の前に立っている。
ソファに座っている気分ではない。
「父上なら、ルーナを助けられるだろ」
返事がないのが、返事。
わかっているので、よけいにイライラした。
こうしている間にも、ルーナは危ない目に合っているかもしれないのだ。
もしかすると、命の危険に晒されている可能性だってある。
とはいえ、ジークは行けない。
ルーナの居場所が、わからないのだ。
王都中を飛び回っても、痕跡は見つけられず仕舞い。
ルノーヴァの魔力痕は、王宮近くで見失っていた。
もとより、魔力痕は「個」を特定するものではなく、その場所で魔術が使われたとわかるだけなのだ。
使われた魔術の大きさや種類はわかっても、肝心な「誰が」は、わからない。
重なり合った、多くの蹄跡から、たった1頭の馬を見つけるのに等しいくらい、見分けるのは困難だった。
それができるのは、ジークの父だけ。
ジョシュア・ローエルハイドには、その力がある。
だから、こうして頼んでいる。
彼女は、ジークの幼馴染みで、友人だ。
なにかしてもらったとか、恩があるとかではない。
単純に、ジークは、ルーナを気に入っている。
死んでほしくないのだ。
「この前ン時も、そうだったよな。父上はルーナを助けない。なんでだよ。ルーナは、サリーの縁者で、母上だって可愛がってるだろ。いっつも身内だって言ってるじゃねーか」
父が「そういう人」だとは、わかっている。
いつからかはともかく、理解していた。
父にとって大事なのは、母だけなのだ。
ジークや妹のシンシアティニーのことも、大切にはしてくれる。
けれど、母に対してのものと、決定的に違うのは、その「質」だった。
今までは、そのことに、不満を感じずにいたが、今回は不満どころか、腹を立てている。
(父上は、ルーナが、どこに連れてかれたか、わかってんだ。なのに、助けに行かねーんだ。父上なら、指先ひとつで、終わらせられんのに)
もどかしくも、歯がゆい。
自分で助けに行けるものなら、行っている。
できないから、頼んでいる。
日頃、父に頼み事など、ほとんどしないのだ。
こんな時くらい、と思っても、しかたがない。
「それなら、母上に頼む」
「ジーク」
体を返しかけたジークに、父が声をかけてきた。
この通り、それまで黙っていたのに「母」と口にしただけで、父は動くのだ。
「レティには、話してあるよ。その上で、私の判断に納得してくれている」
「そんな……母上まで……?」
母は、身内の範疇に入れている者を見捨てたりはしない。
父とは違い、本気で親身になっているし、どこまでもつきあう。
その母が「ルーナを助けに行かない」という父の判断に従うなど信じられない。
さりとて、父が嘘をつかない人であることも、知っていた。
「オレには、わかんねーよ。父上も母上も、どうかしてるぜ」
「ルーナを助けたいのは、きみの勝手、まぁ、自己満足ということかな」
「だったら、なんだ。自己満足じゃいけねーのか?」
「いけないね」
ぴしゃりと、父が、ジークの不満を切り捨てる。
静かではあるが、とても厳しい。
ジークが丁寧な話しかたをせず、母曰くの「タメ口」を使っても、父は怒らないし、叱られたこともなかった。
それでも、父は、けして「優しいだけ」の人ではないのだ。
「ルーナが呼んでいるのは、彼であって、きみではない。だいたい、きみが行って、ルーナを助けられるかはわからないだろう? むしろ、彼の足を引っ張りかねないよ。“今の”きみではね」
不満をいだきつつも、ジークは反論できずにいる。
ジークには、父のような大きな力はない。
魔術も、目下、勉強中の身だ。
転移だけで言うなら、ルーナのほうが上手いくらいだった。
器用さで言えば、トマスのほうが上だし。
「ルーナが望んでも、場所がわからなけりゃ……」
「彼は、頭はいいのでね。魔術なしでも、場所くらい、すでに掴んでいる」
「ルノーヴァには、下級魔術師程度の力しかねーんだ。そのくらいなら……」
「魔術は万能ではないと教えたはずだ」
また、ぴしゃり。
ジークに、反論の余地を与える気はないらしい。
「魔術が万能じゃなくたって、使えないよりマシじゃねーか。ジーンは、魔術が、使えねーんだぞ。なにができるってんだよ」
ユージーンは、剣や武術には秀でている。
ジークも稽古をつけてもらっているので、知っていた。
ただし、いつだって「魔術なし」なのだ。
ジークは、父が「魔術騎士」であったことを誇りにしている。
だから、騎士としての力も磨きたくて、ユージーンに習っているに過ぎない。
本来、魔術が使えれば、剣の腕など必要ないのだから。
「やれやれ。きみは、彼に手加減されていることにも気づいていないのか」
「手加減……?」
「そうとも。彼は、稽古中、かなり手加減している。治癒できるとわかっていても、きみに怪我をさせれば、レティに叱られる。レティに叱られれば……」
父が、ひょいと肩をすくめた。
母がユージーンを叱れば、当然に、父もユージーンを叱る。
叱るくらいですめばいいけれど。
「きみが魔術を使っても、彼には敵わないさ。不意打ちで、1度やってごらん」
「……本当に? ジーンって、そんなに強いのか?」
「強いよ」
父に、にっこりされ、ジークは「ふぅん」と思った。
気持ちが落ち着いてきている。
「それと、おそらく、ルノーヴァは、下級魔術師程度、ではない」
「えっ?!」
「きみは、魔力感知の精度を、もっと上げなくちゃあね」
「でも……だったら、オレ……」
ユージーンに「下級魔術師程度」と報告していた。
わざとではないが、誤認させてしまっている。
「いざとなれば、彼も私を頼るさ。少なくとも、ルーナを助けるために」
「ジーンは?」
ジークは、ユージーンの気持ちを確認していたので、予想がついた。
ユージーンは、今、ルーナを助けることしか考えていない。
「そこなのだよ、ジーク。彼は、頭はいいが、間が抜けているからねえ」




