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笑えませんから 4

 赤毛で、純真で、まっすぐに育ち、しかも、魔力持ち。

 ルーナは、本当に、レオナルドの「好み」だ。

 

「おかしいね」

「なにが……?」

「どうして、きみは怯えているんだろう」

「この地下室が、不気味だからよ……」

 

 壁は一面、真っ赤。

 特殊な塗料で塗り潰されていた。

 レオナルドは、周囲を見回しながら説明する。

 

「これは、刻印の術をかけるためだよ」

「刻印の術……古い、魔術に似た……」

「よく知っているね」

 

 微笑んでみせたのに、ルーナの表情から怯えの色が消えない。

 いつもは、これで「うまくいく」のに、とレオナルドは、少し不審に思った。

 女性は、彼の穏やかな笑みに弱い。

 すぐに警戒心を解き、信用してくれるのだ。

 

 そのことに気づいてから、十年は経っている。

 間違いはないはずだった。

 

(それほど不気味、ということかな。僕にとっては、居心地がいいのだけれどね)

 

 レオナルドは、ルーナを安心させるため、にっこりしてみせた。

 そして、さらに説明を加える。

 ここが、どれほど素晴らしい場所か知れば、彼女も落ち着くと思ったのだ。

 

「きみは、大公様と懇意にしているそうだね」

「ええ……大叔母様がローエルハイドの勤め人をしているから……」

「昔、大公様は、ここに1人の男を閉じ込めた。その男を幽閉するのに、ちょうど良かったようだよ。ここは魔力持ちの隔離施設だったからね」

 

 まだ魔術師という存在が明らかでなかった頃、魔力顕現(けんげん)は、一瞬の「病」という扱いをされていた。

 そのまま魔力が消えていけば良し、そうでなければ隔離される。

 魔力自体が認知されていなかったため抑制できる者もおらず、魔力を暴走させ、周りに被害をもたらす者も、少なくなかったからだ。

 

「それに、刻印の術で、この城は魔力疎外もされているし」

 

 そのため、外から魔力感知することはできず、中から外に向かって、魔術を使うこともできない。

 しかも、刻印の術は魔術とは違うので、魔術による解除は不可能なのだ。

 

「その男は、大公様に閉じ込められてから、ずっと、この城にいたらしい。今は、どこにいるのか、わからなくなっているけれどね」

「レニー……そんな人がいるなんて気味が悪いわ……早く出ましょうよ」

「心配することはないさ。僕は、ここには、もう何度も来ているんだ。だが、彼に出くわしたことはないね。会ってみたかったのに、残念だよ」

 

 ルーナは、いよいよ落ち着かなげな様子で、周りを窺っている。

 その様子が、可愛らしいと感じた。

 閉じ込められている男が、物陰から出てきやしないかと、不安なのだ。

 おそらく。

 

 正直、レオナルドは、人が、なにを考えているかが、よくわからずにいる。

 興味もなかったので、実際には、どうでもいい。

 ただ、気にしているふうを装わなければ、警戒される。

 だから、常に「普通」を意識して行動していた。

 微笑むのも、そのひとつだ。

 

「レスター・フェノイン。知っているかい?」

「……知らないわ……」

 

 ぴくっと、レオナルドの眉が引き攣る。

 ルーナの返答が、ひどく癇に障った。

 

「いや、きみは知っているはずだ」

「く、詳しくは……知らない。歴史書で読んだだけだもの……」

「大公様に、訊いたことはないのかい?」

「ないわ……あまり、大公様ご自身のことは、訊いたことがなくて……」

 

 少しだけ、気分が良くなる。

 ルーナは、嘘をついていない。

 

「知らないなんて言うから、嘘をつく気かと思ったよ」

 

 彼女は、正直でなければならないのだ。

 純粋さに惹かれ、レオナルドは、ルーナを選んでいる。

 

「レスター・フェノインは、元は、この辺り一帯を領地としていた、辺境伯の子息でね。何十人もの男女を、切り刻んで殺し回っていた。切り刻んで、というのは、歴史書からは省かれていただろう? 前に言ったと思うけれど、こんなふうにね、真実は隠されているものなのさ」

 

 レスターの、その行為は見咎(みとが)められ、大公の知るところとなった。

 結果、この城に幽閉されている。

 歴史書には、その程度の大雑把なことしか書かれていない。

 レオナルドが、レスターを知ったのも歴史書からではあったが、それはきっかけに過ぎない。

 

「僕は、レスターと似ているところがあってね。詳しく調べてみる気になった」

「似ている? 私には、そうは思えないわ、レニー」

「ところが、だよ。調べてみると、本当に似ていたんだ」

 

 ルーナの驚く顔を想像して、笑いがこみ上げそうになる。

 恐怖に歪んだところも見てみたかった。

 

「レスターは、最も身近だった姉を殺している。その際に、魔力顕現したようだ」

 

 レオナルドは、いつもの笑みを浮かべる。

 笑うのは、このあとでいい、と思ったからだ。

 

「僕も、母を殺した時に、魔力顕現しているからね。あれは十歳だったなぁ」

「お母さまを……」

「そうさ。正妻とうまくいかず、毎日、めそめそしていて鬱陶しかったし、殺してあけだほうが、母のためだとも思ったのでね」

 

 母の首を、ロープで締め上げ、その命を奪った時のことを思い出す。

 きっと、レスターも同じ気持ちを味わったはずだ。

 だから、魔力が顕現した。

 

「とても気分が良かった。その理由が、ここに来てわかったよ」

 

 レオナルドは、髪を軽くかき上げる。

 薄茶色のやわらかな手触り。

 

「僕には、レスター・フェノインの血が混じっている。歴史書にも写真があれば、きみにも気づけただろうね。見た目もそっくりなんだ、彼と」

 

 女性の警戒心を解く、穏やかな風貌と微笑み。

 レスターは、なんの苦もなく女性を誘えただろう。

 

「まぁ、彼と違って、僕は、男女のいとなみには、興味がない。だから、そういう意味で、きみを好みだと言ったわけではないよ? ウィンやコートみたいに野蛮でもない。嗜好が違うんだ」

 

 ルーナの顔を見て、心が満たされていくのを感じた。

 レイモンドは、もっと彼女を追い詰めたくなる。

 純粋でまっすぐで、赤毛の可愛いルーナを。

 

「ルーナ、転移はできないよ。言っただろう、ここは魔力疎外されているって」

「……ジーンが来てくれるわ……」

「どうやって? きみは、内緒で出てきているじゃないか。誰も、きみが、ここにいるとは知らないはずだ」

 

 絶望と恐怖に打ちのめされた姿を、楽しみにしていた。

 なのに、なぜかルーナは、むしろ、毅然とした態度に戻っている。

 そして、同じ言葉を、レイモンドに投げつけてきた。

 

「ジーンは来てくれる! 絶対に来てくれる! だって、私が危ないんだもん!」


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