笑えませんから 3
ユージーンは、執務室の中を、うろうろと歩き回っている。
一刻も早く、ルーナを見つけ出さなければならない。
でなければ。
舞踏会の時より、酷いことになる。
所詮、キャラックとラスキンは、貴族の子息にありがちな、ただの跳ね返りな、若者に過ぎなかった。
ユージーンに、ちょっとひねられただけで、飛んで逃げる程度の小者だ。
ルーナにしたことは許せないが、目新しさのない者たちでもあった。
が、レオナルド・ルノーヴァは違う。
頭が良く、印象も悪くなかった。
人当たりが良さそうに感じられ、嫌味もない。
だからこそだ、と思う。
レオナルド・ルノーヴァは危険だ。
明らかに怪しいとわかっている者とは、別種の怪しさが、そこにはある。
外を知らないルーナはともかく、用心深くなっているユージーンでさえ誤認させられていた。
ジークすら「怪しいところはない」と報告してきたぐらいに。
その時点で、気づくべきだった。
レオナルド・ルノーヴァは、人としての、なにかが欠けている。
気づいてしまえば、ものすごく気持ちが悪かった。
人であれば、なにかしらの感情を「人」に対して向ける。
なのに、レオナルドの感情は、どこか別のところにあるのだ。
いつもは、うまく隠しているのだろう。
上位貴族のキャラックに従っていたのは、報復され、家人に迷惑がかかるから、との理由だろうが、それも、どこまで本音か、わからない。
レオナルド自身が、己に思い込ませている。
まるで、それが真実かのごとく。
そうでなければ、ユージーンに見抜けないはずはなかった。
ユージーンは、レオナルドと、直接に会っている。
もっと早く「おかしい」と感じたはずだ。
レオナルドが、己で信じ、発した言葉だったからこそ、違和感を覚えなかった。
人に無関心でありながら、関心があると、自らに信じ込ませるほどの、その徹底ぶりが気持ち悪い。
普通の感覚では、あり得ないと思う。
「大公様から、ご連絡です」
「なんと言っているっ?!」
ユージーンが頼んだのではなかった。
ジークが、ルーナの身を心配し、大公に相談したらしい。
「それが……大公様にもルーナの居場所は、わからないそうです。ルーナの魔力の気配が感じられないと仰っておられます」
きゅっと、唇を横に引き結ぶ。
大公にわからなければ、ほかの誰にもわからないのだ。
胸が、ぎりぎりと締めつけられる。
ルーナに、差し迫った危険があるというのに、居場所もつかめない。
おそらく、ジークも探し回っているだろう。
にもかかわらず、連絡はなかった。
「兄上……」
ルーナの身になにかあったら。
思うだけで、体が震える。
怒りではなく、恐怖だ。
死んだ相手とは、2度と会えない。
そんなことは、誰でも知っている。
が、言葉よりもずっと、ユージーンは、その現実の重みを、理解していた。
頭ではなく、心で知っているのだ。
明るく笑うこともなく、ひっきりなしにお喋りをすることもなく。
ユージーンの頬をつねったり、足を踏んだりすることもなく。
ルーナという存在は、消える。
それが、死だ。
両腕が伸ばされることも、永遠になくなる。
ふにゃふにゃしていた頃からのルーナの姿が、記憶から映像として、次々とユージーンの中に蘇ってきた。
あの、膝の重みも、失うのだろうか。
(俺が愛情をそそいできたと思っていたが、そうではない。ルーナが……)
ユージーンに、ひたむきに愛情をそそいでくれていたのだ。
彼女は、1度もユージーンを疑わず、信じてくれた。
だからこそ、その疑いのない、まなざしの前では、いつでも正しくあろうとしてきたのだ。
彼女に、胸を張って言えないことはするまい、と。
(ルーナを失う?)
ぐらっと、体がかしぐ。
支えてきたザカリーの手を振りはらった。
いろんなことが、ユージーンの頭の中で、ごちゃごちゃになっている。
理屈で考えられないのだ。
ユージーンの38年の人生で、初めてのことだ。
頭が真っ白になったことは、何度もあったけれど。
『自分を愚かだと思うのなら、同じ間違いを繰り返さないことだ』
混乱している思考の中、大公の声が聞こえる。
ユージーンは、自分の愚かさゆえに大事な者を失ったと、ずっと悔やんでいる。
だから、言われるまでもなく、同じ過ちを繰り返す気もなかった。
自分が無力であることなど、知っている。
大公のような、大きな力もなく、好きな女性すら守れない。
むしろ、危険に晒している。
ルノーヴァと引き合わせた結果が、これだ。
(まだだ。まだ、俺は、ルーナを失ってはおらん。今度こそ、必ず俺が……)
レティシアの時は、大公に任せた。
が、ルーナのことは、人任せになどできない。
ルーナが信じているのは、自分なのだから。
『家を継がなくて良くなっても、王宮魔術師には戻らないんだって。元々、レニーは、学者になりたかったわけだし』
ルーナの言葉を思い出して、ハッとなる。
ルーナにそっけなくされ、衝撃を受けていたので、耳から滑り落ちていた。
(ならば、なぜ、奴は、未だに魔力分配を受けているのだ? 魔術師を辞める気があるのなら、むしろ消えてしまったほうがいい力ではないか)
ばらばらっと、ユージーンの中に「理屈」が戻ってくる。
が、それを、ザカリーに説明している暇はなかった。
ルーナの身に危険が迫っている。
それも、かなり「ヤバい」のだ。
「ザカリー! 直ちに点門を開け!」
「どちらにっ?!」
ユージーンは、理屈でもって確信している。
ルーナのいる場所、それは。
「旧フェノイン辺境地、エッテルハイムの城だ」




