笑えませんから 2
「きみが謝っているのは、宰相様に恋をしているから、かな?」
レオナルドは、少し困ったように微笑んでいる。
ルーナも、少し気まずい気持ちになっていた。
日帰りとはいえ、旅行にまでついて来ているのだ。
期待させてしまった自覚はある。
ルーナ自身、さっきまでは、レオナルドとの婚姻も考えていた。
彼に不満はないし、今はしっくりこなくても、いずれ馴染んでいくだろう。
そんなふうに、少しは前向きに捉えていた。
実際、ユージーン以外で、となると、レオナルドが最有力候補。
が、ルーナには、ユージーンしかいない。
こうして別の男性と一緒にいて、はっきりとわかったのだ。
ほかの「誰か」では、駄目なのだと。
(側室、我慢するわ。うまくやれるように努力する。ジーンは、それでも、私とは婚姻しないって言うかもしれない。けど、それなら)
誰とも婚姻しない。
それだって、1つの道として選ぶことができる。
ジークの言ったように、この先にあるのは1本道ではない。
(私の覚悟次第ってことでしょ。いいもん。ジーンが、どう言おうと、知らない。私の道は、私が決める。大人なんだから)
ユージーンは、ルーナが「婚姻しない」などと言い出したら、心配するだろう。
宥めたり諭したりしてくるかもしれない。
けれど、そんなものは、無視すればいいのだ。
心配するならさせておけばいい。
自分と婚姻しないユージーンが悪いのだから。
その代わり、婚姻してくれるのなら、精一杯、できるだけ良い妻になる。
自分に男子ができるかどうかにかかわらず、側室を迎えることも、許す。
その女性とだって、うまくやってみせる。
それが、ルーナの「覚悟」だった。
ユージーンの傍にいたい、というだけではない。
ルーナは知っている。
それがどんな種類のものであろうが、愛されてきたとの自負があった。
ともあれ、ユージーンは、ルーナのすべてを受け入れてくれていたので。
(ジーンの最優先は、私。それだけあれば、大丈夫。やっていける)
婚姻しても、しなくても。
ルーナはユージーンを愛し続けるし、ユージーンだって、きっと同じだ。
「ごめんなさい、レニー。あなたの言う通りよ」
ルーナは、ユージーンに恋をしている。
というより、ユージーンにしか恋をしていない。
「そうかなって気はしていたよ。歳が、ずいぶん離れているから、親愛の情かとも思っていたけれど、違うんだね?」
「私、ずっと彼に恋をしているの」
「僕は、きみの正直なところが好きだ。貴族らしくなくてさ」
くすっと、レオナルドが笑った。
怒ったり、不快になったりはしていないようだ。
「きみを口説くのは諦めるよ。最期に、この城を一緒に楽しんでくれるかい?」
「ええ、いいわ。なんだか風変わりなお城だし、私も見てみたいから」
「ウィリュアートンの城ほどではないけれど、かなり古いからね」
レイモンドが歩き出す。
隣に並び、ルーナも前に進んだ。
周りを見回しながら、変わった城だと思う。
いくつか見てきた古城とは雰囲気が誓っていた。
ちょっぴり、おどろおどろしい。
が、それを言うなら、ルーナの住んでいる屋敷の地下も似たり寄ったりだ。
古くなると、そういう空気が漂うものなのかもしれない。
(でも、良かった。レニー、怒ってなくて)
レイモンドは「ふられた」のに、穏やかな態度を崩さずにいた。
普通は、怒らないまでも、期待させられたことに不快を示すものだ。
彼は、申し訳ないくらいに、いい人だと思う。
ユージーンが、勝手に身元調査したことにも怒ってはいなかった。
ウォーレンやコンラッドを悪く言ったりもしない。
レオナルドが皮肉じみたことを口にしたのは、貴族の慣習を話した時だけだ。
(あれ……なんか、しっくり、こない……?)
歩きつつ、ルーナは、唐突に違和感を覚える。
彼が、穏やかで、いい人なのは間違いない。
さりとて、なにかおかしい気もする。
(ウィンとコートには、絶縁状まで叩きつけられてるのよね? レニーも縁を切りたかったから、文句はなかったんだろうけど……絶縁してるんだし、愚痴のひとつくらい言ってもかまわないんじゃない?)
が、レオナルドは、それまでされてきたことの愚痴も、彼らに対しての不満も、なにも話していないのだ。
もちろん、性格によるものかもしれない。
けれど、もしかすると。
(レニーは……人に興味がない? 私のことも……)
いったん、思い浮かんでくると、その考えに、とりつかれる。
思い当たる節も多かったからだ。
期待させられた挙句、目の前でふられても、動揺もしない。
不快感を、わずかに滲ませもしない。
そんなことがあるだろうか。
ウォーレンたちのことにしても、積年の不満がなかったはずはないのに。
「どこも似たような造りで気づかないだろう?」
「なにが?」
少し声が震えた気がする。
急に、レイモンドが、別人に見え始めていたからだ。
穏やかな笑顔に、なぜか背筋が冷たくなる。
「実は、ここは地下なのさ」
「え……」
確かに、まったく気づかなかった。
階段を、上がったり下りたりしていたせいだろう。
一方向的に、降っているとは思わなかったのだ。
『知らぬ屋敷に行った際には、必ず逃走経路を確認しておけ』
ユージーンの言葉が、頭に浮かんだが、すでに遅い。
考え事をしていたのと、周りが似た造りだったのとで、逃走経路なんて、まるで確認していなかった。
「きみが、僕の好みだというのは、本当のことだよ、ルーナ」
レオナルドの微笑みに、ルーナは体をこわばらせる。
今さらに気づいたのだ。
レオナルドは、ほとんどいつも「同じ微笑み」かたをしている。




