単純明快 4
ルーナは、誰にも行き先を告げていなかった。
というより、内緒で出かけている。
レオナルドは、許可をもらったほうがいいと言ったのだけれど。
(お父さまも許してくれなかったわ。ジーンが怒ったくらいだもん)
頭ごなしに叱り飛ばされたのが、尾を引いていた。
あんなふうに叱られたのは、初めてだ。
ルーナが、どんな我儘をしようと、聞き分けがなかろうと、ユージーンは、声を荒げたことなんてなかった。
歴史書を投げつけた時だって。
「足元、気をつけて」
「うん」
伸ばされた手に、自分の手を乗せる。
ちょっとした段差でも、レオナルドは、気遣ってくれるのだ。
彼には、なんの不満もない。
物足りない、というのとも異なる感覚があった。
言うなれば「しっくり」こない。
相性はいい、と思う。
少しずつ馴染んできてもいる。
そして、不満も、ない。
なのに、どういうわけか、しっくりくる感じがないのだ。
知り合って、ひと月ばかり。
まだ時間が足らないのだろう。
さりとて、ルーナには長く待てるだけの時間もなかった。
早く婚姻して、ユージーンを解放しなければならないのだから。
2人は、短い距離の転移を繰り返している。
ルーナが、レオナルドの転移に便乗しているからだ。
魔力耐性があるため、短い距離であれば、大きな影響は受けない。
一気に、長距離を移動すると意識が混濁することもあるので、気をつけている。
その途中の領地で、いくつかの古城を見て回った。
レオナルドが興味深いと感じるのも、わかる。
旅行と言えば、サハシーなどの観光地。
遺跡にも行ったことはない。
たいていは、娯楽をして過ごしている。
サハシーの湖では、ユージーンに釣りを教わった。
そういう、今までの旅行とは趣が違う。
古い城には、壁画が描かれていたり、当時のまま調度品や資料が残されていたりして、ルーナにとっては、目新しいものばかりだった。
「今日は、この城で最後にしようか」
「どうして? まだ時間はあるでしょ?」
レオナルドが、微笑む。
それから、ちょっと肩をすくめた。
「短い転移を繰り返してきたから気づいていないだろうけど、僕らは、わりと遠くまで来ているんだよ。帰りは、一足飛びに転移できると言っても、あまり遅くならないほうがいいんじゃないかな」
そうか、と気づいて、恥ずかしくなる。
レオナルドは「泊まる」気はないのだ。
旅行というので、てっきり、どこかに宿を取ると思い込んでいた。
「ルーナ、僕はともかく、きみは女性だ。男と宿に泊まったなどと言えば、なにもなくても誤解されるだろう? そういう手は、使いたくない」
「レニー……私……」
「大丈夫。きみが、僕を、そういうふうに見ているとは思っていないさ」
にっこりされて、安堵する。
貴族の子息の中には、意中の女性を「ものにする」ため、勝手に、噂を流す者もいた。
本人には偶然を装って同じ宿に泊まり、周囲には、あたかも「既成事実」があったかのように吹聴して回るのだ。
それにより被害を受けるのは、女性側となる。
親が体裁を保つため、その男性と婚姻させられてしまうこともあった。
女性側の言い分は、聞き入れてもらえないことが多い。
「令嬢って、不自由よね」
「そうだね。下位貴族なら、家を出て、別の屋敷で働くこともできるけれど、上級貴族になるほど、選択肢が限られている」
公爵家の令嬢が、どこかの屋敷で働くのは無理だろう。
爵位で言えば、公爵は最も格上なのだ。
雇ってくれる下位貴族の屋敷など、あるはずがない。
「どこかに嫁ぐっていうのが、一般的だけど」
「正妻として嫁いでも、側室に寵愛を持っていかれることもあるし、難しいね」
側室。
きりっと、胸が痛む。
押し隠して、苦笑いを浮かべた。
「私は……愛し愛される婚姻がしたいわ」
「本当は、そうしたくても、貴族には跡継ぎ問題がつきまとう。そのせいで側室の存在が必要とされるのさ」
少しばかり、レイモンドの口調が皮肉っぽく感じられる。
側室について、良い印象を持っていないようだ。
ルーナの視線に気づいたらしく、レイモンドも苦笑する。
「すまない。僕の母が側室だったのでね。つい、皮肉っぽくなってしまったよ」
「嫌なことを言われたりするの?」
「うまくやっている家もあるらしいけれど、僕の家は違ったな。兄の母、正妻との仲は悪かったね」
ルーナには、ある種の納得感がある。
自分の好きな相手が、ほかの女性と関係を持つなんて耐え難いからだ。
仲良くすることに無理がある、と思った。
が、その時だ。
『道は、いくらでもある。1本道じゃねーんだぜ、ルーナ』
ジークの言葉が、頭に蘇る。
瞬間、ハッとなった。
答えは、ルーナの心の中にあったのだ。
(そっか……私の覚悟……そういう、こと……)
愛し愛される婚姻を願っている。
それでも、ユージーンが側室を迎えなければならないのなら、それを受け入れるという選択肢もあったのだ。
つらくて悲しい選択だし、傷つく覚悟も必要だろう。
ユージーンが別の女性の元に通うのを見送らなければならないのだから。
「ルーナ?」
城に足を踏み入れたところで、ルーナは立ち止まっていた。
レオナルドが首をかしげている。
彼は、いい人だ。
けれど、やはり「しっくり」こない。
レオナルドの隣で笑っている自分を、想像できなかった。
「ごめんなさい、レニー……」
簡単ではないと、わかっている。
絶対に苦しむと、わかりきっている。
ほかの、どんな覚悟よりも、覚悟が必要だ。
それでも、ルーナは恋をしている。
初めて、あの「きらきら」を感じた時から、ずっと。




