表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/80

だって嫌なんです 2

  

ずし。

 

「ルーナ。膝に座るのはよいが、落ちぬように気をつけるのだぞ」

「慣れてるから大丈夫」

「しかしな。お前も、もう6歳だ。年々、体も大きくなっている。そのうち、俺が支えねば、落ちてしまうかもしれん」

「なら、ジーンが支えて」

「む。それもそうか」

 

 ユージーンは、いつものごとく執務室にいる。

 書き物の最中に、ルーナが現れるのも常となっていた。

 3歳で、初めて転移してきてからこっち、ルーナの転移はめずらしくなくなっている。

 ほとんどユージーンの部屋に入り浸りと言ってもいい。

 

 父親であるトラヴィス・ウィリュアートンも諦めていた。

 ルーナの転移は、意図的なものではないからだ。

 ふっと、ユージーンに会いたいと思うと、転移しているらしい。

 だから、止めようがなかった。

 

 ユージーンは、ほとんどルーナの子守りと化している。

 むしろ、トラヴィスは恐縮しているようだった。

 即位しなかったとはいえ、ユージーンは王族だ。

 しかも、今では宰相として王宮を仕切っている。

 本人がどう思っているかは無関係に、周囲からは「大物」扱いされていた。

 

「あのねえ、ジーン。私、学校に行きたくないの」

「貴族学校か?」

 

 ユージーンは、書類に目を通し、あれこれと書きつけながらも、ルーナの話を、ちゃんと聞いている。

 ルーナが転移してくるようになり、こうした器用さも身についたのだ。

 なにしろ、今より幼かったルーナは、ユージーンが仕事中でもおかまいなし。

 ちょっとでもユージーンが返事をしないと、機嫌を悪くして泣き出した。

 とはいえ、ユージーンとて仕事を投げ打つわけにもいかない。

 

 結果、ユージーンは仕事とルーナの相手を同時に行う「技」を手に入れたのだ。

 3年経った今では、もうあたり前になっている。

 ルーナの腰に軽く左手を回し、落ちないように気をつけているのは、当時と同じだけれども。

 

「6歳になると、貴族学校に行く子が多いんだって。でも、私は行きたくないの」

「行きたくないのであれば、行かねばよかろう。俺は、貴族学校になど、行ってはおらん。サイ……教えてくれる者がいたのでな」

 

 命の恩人であり、育ての親であり、教育係でもあった人物を思い出した。

 が、その名を口にはしない。

 口にすると胸が痛むからだ。

 首にかけたネックレスを、少しだけ意識する。

 ユージーンが、その人物のために買ったものだ。

 結局、渡せないままになったため、ユージーンが使っている。

 

「家庭教師を雇えば、学校に行く必要はないと思うがな」

「お父さまが、年頃の友人を作るために、学校に行けって言うんだもん」

「それは一理ある」

「もお! ジーンは、私の味方して!」

 

 ぐいぐい。

 ルーナが、ユージーンの服を引っ張った。

 シャツが、くしゃくしゃによれている。

 今日は、このあと議会に行く予定はないが、ルーナに服をくしゃくしゃにされ、服を着替えるはめになるのも、いつものことだ。

 もはや、慣れた。

 

「では、トラヴィスの理屈を覆す根拠を示せ」

「こんきょ?って、なに?」

「学校に行きたくない理由だ。それが、もっともだと思えば、味方をしてやる」

 

 傍目からは、ユージーンがルーナを甘やかしていると思われている。

 さりとて、ユージーンに、そんなつもりはない。

 ただ、ユージーンは、無自覚に庇護欲を振り回すところがあるのだ。

 

 子供なので、大人と同じようにできないことは多い。

 食事やら着替えやら、1人でできないことは手伝っている。

 つい最近まで、服のボタンだってユージーンが留めてやっていたくらいだ。

 それでも、ユージーンにとっては「世話をしている」意識しかない。

 甘やかしているなどとは、ついぞ思ったことがなかった。

 

「この間のパーティ、ジーンが来てくれなかったせい」

「この間のパーティ……ああ、あれか。リディッシュ公爵家の」

「そう。私、すごく嫌な目に合ったんだから」

「嫌な目とは、どういうことだ?」

 

 ユージーンは書き物をやめ、視線をルーナに向ける。

 膝の上で、ルーナは口をとがらせていた。

 その「嫌な目」を思い出しているらしい。

 

(確か、リディッシュには、ルーナと同じ年の子がいたな。名は、ベアトリクスであったか)

 

 ユージーンの頭には、貴族の情報が山積みになっている。

 王宮の重臣は、貴族で構成されているため、把握しておく必要があるのだ。

 主な家族構成や血筋、略歴くらいは頭に入れている。

 

「トリシーは、私の赤毛がみっともないって言って……一緒にいたウィンに、髪を引っ張らせたの」

「なんだとっ? それは、イジメではないか! そのようなことを、リディッシュでは許しておるのかっ!」

 

 ローエルハイドの屋敷で勤め人をしていた頃、イジメはしてはならないことだと教わっている。

 仲間外れにしたり、無意味に小突き回したりするのは、悪いことなのだ。

 とくに、強い者が弱い者を、理由もなしに虐げるとは言語道断。

 

「トリシーもウィンも行くみたい。パーティで、学校のこと、話してた」

「だから、行きたくないのだな」

 

 こくっと、ルーナがうなずく。

 本当に、嫌そうに顔をしかめていた。

 

「トラヴィスは、なんと言っている。話したのだろ?」

「話したけど……お父さまは、逃げても解決しないって……ちゃんと話して仲直りしろって言うの。でも、ルーナ、なんにもしてないんだよ? ケンカしたんなら、仲直りできるけど……そうじゃないもん……」

 

 逃げても解決はしない。

 それは、そうかもしれないが、果たしてルーナが歩み寄って「仲直り」ができるだろうか。

 

(できんだろうな。トラヴィスは、わかっておらんのだ)

 

 トリシーこと、ベアトリスは、おそらくルーナに悪意を持っている。

 ルーナに、というより、ウィリュアートン公爵家という、自分の家よりも格上の貴族の娘を妬んでいるに違いない。

 でなければ、むやみに嫌がらせをしてきたりはしなかったはずだ。

 

「そのようなところ、行く必要はない! 俺がトラヴィスに話をつけてやる!」

「ホント? 本当に、行かなくていい?」

「むろんだ。お前の勉強くらい、俺が見てやる。それで、文句はなかろう!」

 

 ルーナが、パッと顔を明るくして、ユージーンに抱きついてくる。

 寝る間もないほどユージーンは忙しいのだが、ルーナに暗い顔をさせておくのはしのびない。

 それに、自分の目のとどかないところでイジメられてはいないかと、四六時中、気になってしかたがないだろうし。

 

「あ~、安心したら眠くなってきたぁ。もう、今日は、こっちに泊まる~」

「では、寝間着に着替えねばな。着替える前に寝てはならんぞ」

「面倒くさい~、眠い~」

「しかたがない。手伝ってやるから、着替えるまで我慢いたせ」

 

 ルーナを抱っこしたまま、ベッドのほうに歩いていく。

 ここは執務室だが、ルーナ用のものも、かなり置かれていた。

 3歳からルーナは、ここで生活しているも同然だからだ。

 目をこするルーナを着替えさせつつ、ユージーンは考えている。

 

(明日の公務は早目に切り上げて、トラヴィスに話をつけに行くとしよう)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ