単純明快 3
父には、あまり手を出さないように、と言われている。
ジークだって、本当は、口も手も出したくない。
が、しかし。
「それって、かなりヤバいんじゃねーのか?」
「だから、お前を呼んだのだ」
「ていうか、なんで引き留めなかったんだよ」
「……引き留める前に、叱り飛ばしてしまったのでな」
ジークは、一瞬、言葉を失った。
ユージーンがルーナを叱り飛ばした、なんて話は聞いたことがない。
周りからも、ルーナからも。
(あーあ)
気持ちは、わかる。
けれど「あーあ」だ。
ジークは、基本、面倒なことはしない主義だ。
だから、女性の機嫌を取ったりもしない。
相手が、ジークの奔放さを嫌うのであれば、さっさと手を引く。
引き留めたり、追いかけたり、当然に、縋ったりしたこともなかった。
さりとて、女性の扱いかたを知らないわけではないし、女心とやらも、わかる。
なにしろ、両親が「あれ」なので。
ジークの父は、国の英雄と謳われている偉大な魔術師。
実際に、魔術の腕が桁違いだと知っている。
ジークの母は、明るく優しく、けれど、芯の強い女性。
さらに、この国にない言葉や文化に精通している。
2人は、ジークの歳と同じ年数「夫婦」だ。
が、今も、とにかく仲がいい。
母の言葉で言うところの「らぶらぶ」というやつだった。
喧嘩どころか、母が、ちょっぴり拗ねたりするところさえ見たことがない。
もちろん、それは母が、父に「めろめろ」だから、ではある。
とはいえ、理由は、それだけではないのだろう。
父は、常に母を最優先に物事を考える。
むしろ、それ以外は考えていないのではないか、と感じることさえあった。
そのため、母が拗ねそうなことにもすぐ気づいて、先手を取っているのではなかろうか。
そんな気がする。
ジークは、15年も、そういう2人を、見せつけられているのだ。
女性に対しての「正しい」振る舞いが、どのようなものか、知らずにいるほうが難しいくらいだった。
少なくとも、38歳のユージーンより、15歳の自分のほうがマシ、だと思う。
ほかのことはどうあれ、ユージーンは女性のことには、からきしだ。
いや、ことルーナに関しては、からきしなのだ。
ルーナ以外の女性をあしらうのは、上手いのだろうけれども。
「そりゃあ、見張ってやってもいいけどサ」
ユージーンは執務室にいるというのに、仕事をしていた気配がなかった。
ルーナが気がかりで、なにも手につかないらしい。
(そんなに気になるんなら、縋りついてでも止めりゃよかったんだ。あ、そっか。その前に叱っちまったから、転移で逃げられたんだな)
縋ろうにも縋りつけなかったユージーンに、ちょっぴり同情する。
さりとて、ジークも「タダ」で頼みを聞くつもりはないのだ。
もし、ルーナに、見張っているのがバレたら、ただではすまないのだし。
「ジーンは、ルーナのこと、どう思ってんだ?」
そこを、明確にしておきたかった。
ユージーンが、まだ「育ての子」などと言うのなら、手は貸さない。
育ての子ならば、とやかく言う筋ではないからだ。
なにしろルーナは「育って」いる。
もう自分で判断のできる歳だった。
(まぁ……見てりゃわかるけどな……ひしゃげたナスのヘタみたいな顔してサ)
これで、恋をしていない、なんて言われたって。
ユージーンは、ひしゃげたナスのヘタみたいな顔のまま、口を開く。
そして、わずかな逡巡も見せずに答えた。
「俺は、あれを好いている」
「女として?」
「そうだ」
「婚姻したいってくらい?」
「そうだ」
「ベッドをともに……」
「そうだ!!」
ジークは、ニっと口元に笑みを浮かべる。
ようやく、ユージーンも自覚したのだ。
傍目から見れば、明らかだったが、それはともかく。
(そー言えば、父上の言ってた確固とした根拠って、なんだったんだ? あとで、聞いとくか。ジーンが“ゲロ”ったって言えば、教えてくれるだろ)
もちろん、父の前で「ゲロ」なんて言葉は使わない。
母にも、固く禁じられていた。
ついうっかり、といった様子で、母が口にした言葉だ。
白状する、という意味らしい。
「そんで? ルーナは、どこに行くって?」
「わからん。どこか古い城のある領地だとは思うがな」
「古い城……サハシーかな」
「かもしれん。あそこには遺跡が多くある」
サハシーというのは、ロズウェルド随一の観光地だった。
いろんな娯楽場もあり、旅行に出かけるのなら最適な領地だと言える。
「でもさ、ルノーヴァの財力で、サハシーは無理だろ?」
「ルーナが出せばよいではないか」
「婚姻してたら、それもアリだと思うけど」
「む。そうか」
「そーだよ」
ルノーヴァは、ルーナと婚姻目前。
そんな大事な時期に「財産目当てです」と言わんばかりの態度は取らない。
ユージーンは王族だし、ルーナは大派閥の令嬢。
そのせいで、旅行の代金程度は「はした金」だと思っている。
けれど、伯爵家にとっては違うのだ。
サハシーの宿は、格上の上級貴族でも、手痛い出費にになるくらい高額で、宿泊せずに帰る者も少なくない。
とても伯爵家の、しかも当主でもない次男が用立てられるとは思えなかった。
「ていうか、なんで古い城?」
「奴の趣味だそうだ。いや、違うな。古い城に興味があって、元は古城学者になりたかったらしい。そのように、ルーナから聞いている」
「ふぅん。つまんねー趣味だな」
「そうでもないぞ、ジーク。古い城には、まだ様々な……」
ジークは手を軽く振って、ユージーンの「ご高説」を遮る。
今は、それどころではない。
「誰かに聞けば、わかるだろ。オレ、ちょいとウィリュアートンに行ってくる」
「ジーク、くれぐれもルーナのこと、頼んだぞ」
心配そうなユージーンに、軽くうなずいてみせた。
烏姿になり、飛び立つ前に、ユージーンに言う。
「ジーンって、本当に間が抜けてるぜ」
ユージーンが、一瞬、ハッとした表情を見せたが、ジークは気づかない。
そのまま、空へと飛び立っていたからだ。




