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覚悟を決めたら 3

 今夜は、ユージーンのところに行かなかった。

 怒っているわけでもないのに、だ。

 この前、5日間、ユージーンの元を訪れなかったのは、傷ついていたからだが、今夜は、それとも違っている。

 

 レオナルドのことを、考えていた。

 

 彼は、とても感じがいい。

 話していて楽しかったし、窮屈さもなかった。

 レオナルドは、貴族らしくないのだ。

 ルーナの周りにいる人たちと同じく、堅苦しいことを好まない。

 

「それに……正直だわ」

 

 貴族は、とかく言葉を飾りたがる。

 遠回しに言うだけならともかく、嘘を()いたり、都合良く言い繕ったりするのが、平気な者は多かった。

 レオナルドには、そうした「貴族らしさ」もない。

 そこに、ルーナは好感をいだいている。

 

 許してもらえないだろう、とレオナルドは思っていたそうだ。

 だから、本当に安堵したとも言っていた。

 彼が「告げ口しなかった」のを、ルーナが(とが)めなかったことに、しきりと感謝を告げてくる。

 

「真面目だよね。そこまで感謝しなくていいのに」

 

 ルーナは、ベッドに入っていた。

 今夜は、このまま眠るつもりだ。

 その前に、レオナルドのことを考えている。

 今後のことも含めて。

 

「レニーとなら、うまくやっていけるかも……」

 

 レオナルドは、いい人だ。

 優しくて、面白くて、貴族らしくなく、正直で真面目。

 ジェラードのような、不逞(ふてい)なことだってしそうにもない。

 きっと、いい夫になるだろう。

 

「……私のこと、女性として、見てくれてるし……」

 

 レオナルドは、ユージーンのように、ルーナを子供扱いはしなかった。

 女性に対する気遣いを見せてくれる。

 階段にしても、そうだった。

 

「あれ、ジーンだったら、即抱っこだっただろうなぁ」

 

 思って、ちょっぴり笑った。

 ユージーンは、ルーナが、両手を伸ばしさえすれば、抱っこしてくれる。

 人前だろうが、平気。

 ルーナが16歳でも、大人の女性であっても、気にせず「抱っこ」なのだ。

 

 何歳になっても、変わらない気がする。

 

 それが良かったけれど、それではいけない。

 そのままでは、いられなくなってしまった。

 時間は、有限なのだ。

 日常の中にいると気づけないが、刻々と時は流れている。

 

 毎日が「同じ」だと感じられるのは、なにも問題が起きていない証。

 

 ひとたび、なにかが起きれば、簡単にひっくり返ってしまう。

 そして、遅ればせながら、昨日と今日が別物だったことを、悟る。

 取り返しがつかなくなってからでしか、気づけないのだ。

 

 日常というのは、それほどに強い。

 その流れの中で、人は錯覚し、幻想を見る。

 

 明日も「同じ」1日がやってくるのだと。

 

 ルーナには、もう「同じ」明日は、やってこない。

 それを知っている。

 だから、ユージーンではなく、レオナルドのことを考えているのだ。

 一生懸命に、自分を納得させようとしていた。

 

「……ジーク、私、もう寝るところなんだけど?」

「オレが、お前を襲いに来るなんて思ってねーよな?」

「あるわけないでしょ。馬鹿なの?」

「それは、オレが、お前に言いたいってカンジ」

 

 がばっと、体を起こす。

 ジークがベッドの向こう、ルーナからすると正面に立っていた。

 少し距離があるが、声がとどかないほどではない。

 

「どういう意味?」

「お前、最近、ルノーヴァの奴と会ってんだって?」

「それが、どうしたって言うの?」

「あいつと婚姻する気か?」

「まだ決めてないけど……たぶんね」

 

 婚姻候補の一覧を、ユージーンは修正中。

 せっかく手をかけてくれているのだから、何人かと会ってみるつもりでいた。

 が、どうにも、レオナルド以上の相手は見込めない、と感じる。

 普通の「貴族らしい貴族」は、ルーナの好みではないので。

 

「馬っ鹿じゃねーの、って、オレが言いたい。そーいうカンジ」

「なんでよ? レニーは、すごく“まとも”で、いい人よっ?! 相性もいいし、私に、好意を持ってくれてるしね!」

 

 ジークが、皮肉っぽく、ついっと眉を吊り上げた。

 とたん、心のどこかが「ぎく」とする。

 自分を納得させるために、言い聞かせている台詞だったからかもしれない。

 

「お前の覚悟ができてねーだけだ」

 

 ジークの突き放すような言葉に、ルーナは動揺した。

 大公からも同じことを言われていたのを思い出す。

 

「私は……ジーン以外の人を選ぶ覚悟を……」

「そんな覚悟じゃねえ」

「だって、どうにもならないんだもん!!」

 

 たまらず、声を張り上げた。

 血筋なんて、自分の力では、どうにもならない。

 変えようがないのだ。

 

「どうにもならない? 笑わせんな。お前は、どうにかしようとしたのかよ」

「どうにかできることじゃないからでしょっ? できるもんならやってたわ!」

 

 ジークもルーナも、口を閉じる。

 しばしの間のあと、ジークが先に口を開いた。

 

「さんざんジーンに世話になってきて、このザマか。ジーンは、1度でも、お前にこうしろって、言ったことあるか? ねーだろ? それで? お前は、ジーンに、あれやって、これやって、って、言うばっかしてる」

 

 言われなくても、わかっていた。

 だからこそ、今回ばかりは、ユージーンの望みを優先させようとしているのではないか。

 その望みは「男子を成す」ことなのだ。

 可能性の薄い自分は身を引き、誰かと婚姻して、ユージーンを困らせずに、安心させる。

 

 ルーナの覚悟は、ユージーンを諦める覚悟だった。

 

「道は、いくらでもある。1本道じゃねーんだぜ、ルーナ」

 

 ジークが、パッと姿を消す。

 室内には、ルーナ1人。

 

「なによ……いつも、言いたいことだけ言って……」

 

 涙が、ぱたぱたっと、こぼれ落ちた。

 とっくに自覚している。

 

 レオナルドは、いい人だけれど、恋はしていない。

 

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