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だって嫌なんです 1

 彼は、隣で眠っている妻の寝息に、小さく微笑む。

 自らに、これほどの幸せが与えられるとは思っていなかったからだ。

 人ならざる者としての力を持って生まれた自分が、ずっと疎ましかった。

 けれど、彼女といると、孤独を感じない。

 彼女との間には息子もいて、今は、家族と穏やかな生活を営んでいる。

 

(た、大公様……あのう……)

 

 彼は、目をすうっと細めた。

 突然、頭に響いた声が、不愉快だったのだ。

 即言葉(そくことば)と呼ばれる、特定の相手と会話のできる魔術だが、使える者は多くない。

 王宮魔術師でも、即言葉の下位魔術である早言葉(はやことば)しか使えない者がほとんどだ。

 

(国王陛下からのお声掛けとあれば、答えないわけにはいかないだろうね)

 

 おずおずとした口調に、誰だかは、すぐに察しがついた。

 現国王であるところの、ザカリー・ガルベリー。

 が、しかし。

 

(きみの兄上が、私を呼んでいる、とでも言うつもりかい?)

 

 ザカリーは滅多なことでは、彼に連絡をしてきたりはしない。

 そもそも「国王は魔術が使えない」という建前がある。

 魔術を発動すれば、周りにいる魔術師に気づかれる恐れがあるのだ。

 それなりに手は打ってあるのだろうが、まったく危険がないとは言えない。

 

(さようにございます……大公様……少々、問題が……あっ! あ、兄上が、た、大公様がいらしてくださらないのなら、兄上のほうから行くと……)

 

 ふう…と、彼は大きく息をつく。

 ユージーンが、言い出したら聞かない性格だと知っていた。

 ちらっと、横目で妻を見る。

 ぐっすり眠っている彼女の睡眠を邪魔されたくない。

 ユージーンが屋敷に来ると、たいていは「穏やか」ではなくなるので。

 

(きみの兄に、厄介事を引き寄せる体質を直せ、と伝えてくれ)

 

 彼は、魔術を切った。

 通常、即言葉は応じた時点で、かけた術者からしか切れない。

 さりとて、彼は特別なのだ。

 王族との契約に縛られてもいないし、魔力も魔術も自由自在。

 だいたいは、彼の思い通りにできる。

 サッと着替えて、パッと転移した。 


「きみが、私を、きみの従僕だと勘違いしていないか、確かめようじゃないか」

「大公! 軽口を叩いている場合ではない!」

 

 ユージーンが、バタバタと彼に走り寄って来た。

 腕の中には、見覚えのある女の子がいる。

 

「きみは、また人(さら)いの真似事をするようになったのか」

「攫っておらんから問題なのだ!」

「人攫いのほうが良かったという口ぶりだねえ」

「当然だ! そのほうが、説明がつく!」

 

 ユージーンは、良くも悪くも真面目なのだ。

 わからないことを、わからないままにしておけない。

 

「ルーナが、どうしてここにいるのか、きみにもわからないわけだ」

「気がついたら膝の上にいた。まるで……」

「転移でもしたみたいに、かい?」

 

 彼は、ユージーンに抱かれているルーナを見てみる。

 そして、少しだけ眉をひそめた。

 その一瞬を、ユージーンは見とがめたらしい。

 

「なんだ? どうした? ルーナは、どうなのだ?!」

 

 ユージーンの表情に、焦りが漂っている。

 彼の反応を、悪いほうに受け止めたのだろう。

 そう思う気持ちは、理解できた。

 

 ロズウェルドの子供は、5歳になるまで魔力耐性を持たない。

 魔力顕現するのも、早くて8歳だ。

 それより早く顕現した例を、彼ですらも知らなかった。

 しかし、ルーナは、まだ3歳になったばかり。

 

「体は大丈夫なのか? 危険があるのではないか? なにか異変が……」

「落ち着きたまえ。きみが慌てても、どうにもならないだろう」

「それはそうだが……」

 

 ルーナは、ユージーンの腕の中で、きょろきょろしている。

 大人たちに囲まれて、戸惑っているようだ。

 

 妻の友人と言っても差し支えないメイド長のサリー。

 そのサリーの姪の娘が、ルーナだった。

 妻もルーナを可愛がっている。

 息子とも仲がいい。

 すなわち、彼にとっても、ルーナは無関係とは言えない存在なのだ。

 

「この子は、魔力顕現(けんげん)しているよ」

「なんだとっ?! ルーナは、まだ3歳なのだぞ! もしや……」

 

 命に関わるのではないか。

 瞳に、不安と焦燥があふれている。

 ユージーンは、王宮に戻った今でも、ウィリュアートン公爵家に出入りしては、ルーナの様子を気にかけていた。

 命を失うかもしれないと、本気で心配している。

 

「その心配は不要だ。ルーナの魔力は、とても小さい。暴走する気配もないくらいにね。体の成長とともに大きくなりはするだろうが」

「それでは、この先が危ういではないか!」

「きみは、人の話を最後まで聞くことを覚えたらどうかね?」

 

 ザカリーに対してもだが、ユージーンは庇護欲がとても強く、過保護。

 歩く道の先々にある塵ですら綺麗にはらってから歩かせようとするのだ。

 すべての危険を取り除くことなどできはしないのに。

 

「ルーナの成長に合わせて魔力量も大きくなるのだから、問題はないよ。少しずつ扱いに慣れさせていけば、抑制もできるようになるはずだ」

「だが、ルーナは転移を使った。今夜は俺のところであったから事なきを得たが、わけのわからぬところに転移したらどうする? 下手をすれば怪我ではすまんぞ」

「それなのだがね。ルーナは、たまたま、きみのところに転移したわけではない。きみに会うために転移をした」

 

 ユージーンが、顔をしかめた。

 おそらく、思い当たる節があったのだろう。

 

「ルーナの魔力量からすると、転移1回分が限度だ。この先も、8歳くらいになるまでは、たいして変わらないだろうね」

「それでも、どこに転移するかは、ルーナ次第ではないか」

 

 彼は、ルーナの眠たげな瞳を見つめて微笑む。

 面識があるからか、ルーナは、彼に怯えた様子は見せない。

 

「ルーナは、ユージーンのところに来たかったのかい?」

「そう……ルーナ、ジーンに会いたかったの……」

「ほかに行きたいところはあるかな?」

「んーん……ジーンは、いつも、お外から来るの……あんまり会えない」

「それが寂しいのだね?」

 

 こくんと、ルーナがうなずいた。

 それで確信する。

 ルーナが会いたいのは「ジーン」だけなのだ。

 だから、頭に浮かんだのだろうし、転移もできた。

 誰でも、どこでも良かったのならローエルハイドの屋敷に来ていてもおかしくはないのだから。

 

「ほらね。彼女は大丈夫だ。転移するなら、きみのところだと決めている」

 

 ルーナの魔力量では、ユージーンのところに転移するのが精一杯。

 しかも、片道だ。

 

「私は、彼女より、きみが、人攫いの罪で罰せられはしないかと、そちらのほうが心配だがね」

「人攫いだと?」

 

 彼は、ユージーンに肩をすくめてみせる。

 ルーナの姿を確認した際、彼はウィリュアートン公爵家にいるおかかえ魔術師に連絡を取っていた。

 

「ウィリュアートン公爵家では1人娘がいないと、大騒ぎになっているよ」


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