本命代行 4
ユージーンは、予想していなかった言葉に、ほんのわずか驚いた。
が、それだけで、レオナルドを判断することはできない。
貴族の「謝罪」ほど、アテにならないものもないからだ。
たいていは、口先だけのもので、腹では別のことを考えていたりする。
「ならば、ウィリュアートンに出向けばよかろう」
ルーナに謝罪がしたいのならば、ウィリュアートンの屋敷に行けばすむはずだ。
ユージーンに、謁見を申し入れる必要はない。
とはいえ、薄々、気づいてはいる。
レオナルドの意図がなにか、ユージーンの頭の中に答えはあった。
それでも、こちらから「解」を渡しては意味がない、とも考えている。
答えを導き出すための「式」は、いくらでもあるのだ。
ユージーンが「解」を渡せば、状況を都合良く捻じ曲げることも可能となる。
「宰相様は、彼女を大事になさっておられると、聞き及んでおります。ですから、先に宰相様のお許しを得る必要がある、と考えました」
レオナルドの言葉は、ユージーンの「解」と一致していた。
当然に、ユージーンには、そう察するだけの根拠もある。
理屈で、ちゃんと判断しているのだ。
夜会での出来事が、噂になっていないはずがない。
なにしろ、ユージーンは引っ叩かれている。
レオナルドの言った「大事にしている」は、そこからきているのだろう。
ユージーンとルーナが懇意であると、レオナルドは知っていた。
そして、筋を通そうとしている。
2人が、どういう関係かは知らなくても、いきなりウィリュアートンの屋敷に行くのは得策ではない。
すっ飛ばされたユージーンが、立場を失うからだ。
それを見越して、レオナルドは、ユージーンに会いに来た。
やはり、レオナルドは「きちんと」している。
ルーナを襲った2人とは、明らかに違う性質を持っていた。
「どうであろうな。あの件は、ルーナにとって良い記憶ではない。できれば、思い出させたくはないのだ」
「僕も、そう思います。ですが、僕も黙っているわけにはまいりませんので、こうして伺った次第なのです、宰相様」
「どういうことだ?」
レイモンドが、視線を外し、うつむく。
両手で、膝を握り締めていた。
「僕は……次の夜会で、彼女に会えたら、ダンスに誘いたいと……」
「なんだと? あのようなことをしでかした者どもと、お前はつきあいがあったのであろうが! その上、俺に忠告もせず、ルーナを危険に晒したのだぞ!」
「わかっております! ですから! ですから……謝罪がしたいのです……!」
一瞬、怒りにとらわれたが、なんとか気を取り直す。
レオナルドの言葉に、偽りがなさそうだと感じたからかもしれない。
「ルーナが、謝罪を受け入れるとは限らんぞ」
「承知しております……むしろ、許してもらえる可能性は低いでしょう」
「それでも、詫びたいと申すか」
「直接、彼女に謝罪できれば、たとえ受け入れてもらえずとも、諦めはつけられるでしょうから」
レオナルドが顔を上げて、ユージーンと視線を合わせた。
諂うような表情はない。
真剣で、深刻な顔をしていた。
「ルーナを好いているのか?」
瞬間、レオナルドの唇が、横に、きゅっと引き結ばれる。
ユージーンの単刀直入な言葉に、答えるべきか迷っているのだろう。
しくじれば、ルーナに謝罪させてもらえない、と考えているからこその迷いだ。
「夜会で……久しぶりに彼女を見ました。私は、彼女の社交界デビューの夜会には欠席しておりましたので、6歳の頃の彼女しか知らなかったのです」
ルーナが、貴族学校に行きたくないと言い出した理由になったパーティー。
そこにレオナルドもいたのだろう。
十年越しに見たルーナは、さぞ変わっていたに違いない。
彼女は、大人の女性に成長し、とても綺麗になったのだから。
「彼女は……美しく、愛らしい女性で……あれ以来、僕の心から消えないのです。ただ……僕はキャラックの下位貴族ですから、彼女に声をかけることはできない、とも思っておりました」
「状況が変わったのだな」
今度は「解」を、すぐに渡す。
レオナルドの話ぶりからすると、明白だった。
状況が変わり、レオナルドは、自らで動くことができるようになったのだ。
だからこそ、ここに来ている。
「こちらを……」
テーブルに、書類が置かれた。
手に取って、内容に目を走らせる。
「これは?」
「絶縁状です」
レオナルドは、少し苦笑しながら肩をすくめた。
書類には、レオナルドが、あの件に関わらなかったことが書かれている。
それにより「仲間ではない」「己の身だけを守った」と判断されて、ほかの2人から絶縁されたようだ。
「僕が言い出すことはできませんので、あちらが絶縁してくれるのであれば、異論はありませんでした」
ユージーンは、書類をテーブルに戻す。
なるほど、辻褄は合っていた。
絶縁されたレオナルドは、2人に気を遣う必要がなくなったのだ。
そして、ルーナに惹かれていることを隠さなくてもよくなった。
「返事は、しばし待て。考慮はしてやる」
「かしこまりました。彼女に謝罪ができるのなら、いつまででも待ちましょう」
いったん話を終わらせる。
ユージーンのほうも「考慮」しなければならない。
執務室ではなく、私室へと戻った。
「ジーク」
ザカリーの使う「遠呼」を、ジークも使えるようになっている。
ザカリーから教わったのだそうだ。
とはいえ、ザカリーのようにユージーン個人に魔術をかけているのではない。
この私室にかけている。
なににしろ「個」に、魔術をかけるのは難易度が高いのだ。
なので、それは、ザカリーにしか使えない。
声を認識したのだろう、パッと、ジークが転移してきた。
両腕を頭の後ろで組み、膝を交差させて立っている。
「父上に頼み事か?」
「いや、お前にだ」
「オレ? てことは、ルーナのことだな?」
うむ、と、うなずいてみせた。
大公に頼んだほうが早いのは、わかっている。
大公の知らない貴族などいないのだし。
さりとて、大公に頼むと、後が怖い。
「レオナルド・ルノーヴァ。こいつのことを調べろ」
ジークは、ひょこんと眉を上げたが、理由は聞いてこなかった。
理由もなくユージーンが頼み事をすることなどあり得ないと知っているのだ。
「わぁかった。ちょいと“念入り”に調べてみる」




