本命代行 3
「なんで婚姻したくねーのに、しようとしてるんだ?」
またもや、ジークが、ズバっと訊いてくる。
トマスも心配そうに、ルーナを見ていた。
2人には、わかっているのだ。
ルーナの「婚姻」が、本意ではない、ということを。
「ジーンのことは?」
今度は、トマスに訊かれ、どきっとする。
ジークより、よほど核心を突かれていた。
もしかすると、ジークは、少しばかり気を遣っていたのかもしれない。
あえて、ユージーンの名を出さなかったのだから。
「ルーナ、6歳の頃から、ジーンと婚姻するって言っていたよね?」
「だよな。この間まで、ジーンに婚姻してくれーって、迫ってたしな」
ルーナだって、本当に、そう思っていた。
ほかの誰かと婚姻する自分なんて、未だに想像できずにいる。
とはいえ、2人に詳しい事情を話すことは躊躇われた。
ユージーンの「男子を成す」件は、盗み聞きした結果なのだ。
軽々しく口にしていいこととも思えなかったし。
(私の血筋のことも、話さなきゃいけなくなるもんね……)
それは、やはり話したくない。
アンジェラが知っていたほどなので、わりと有名な話なのかもしれないが、自分の口からは言いたくなかった。
事実ではあっても、言葉にするには、重い内容だ。
少なくとも、ルーナにとって、簡単ではない。
「相手にしてもらえないってわかったから諦めたの。ジーンは私を育ての子としか見てくれないのよ。いくら待ってもね」
2人は、納得していない様子だ。
それでも、深追いはせずにいてくれた。
なにかしら言えない理由があるのだと、察しているのだろう。
気心の知れた幼馴染みであっても、話せないことはある。
「ていうか、それなら、トマスと婚姻すりゃあいいんじゃねーか?」
「え? 絶対、嫌」
「絶対って……酷い言われよう……でも、ボクだって、絶対に嫌だね」
「どういう意味? なによ、絶対って」
「ルーナは、暴れん坊だから」
「それなんだよなぁ」
ジークが、トマスに同調していた。
ルーナは、ムっと口をとがらせる。
「はっきり言うけど、それくらいでなきゃ、あなたたちとつきあってなんかいられないんだからね」
とくに、ジーク。
どうしたら、あの落ち着きのある大公と優しいレティシアの間から、こんな子が生まれるのか、と不思議に思っていた。
とにかくジークは「やんちゃ」なのだ。
常に、やりたいことをやる、といったふう。
ただ、ジークの「やんちゃ」は、ウォーレンのような「髪を引っ張る」といった類のものではない。
ジークなりの「正しさ」の上に成立している「やんちゃ」だった。
たとえば、ジェラード・キースリーにしたことのように。
「ま、オレらは、お互い知り過ぎてるから、無理だろ」
ルーナの「つきあっていられない」が、己の身に降りかかって来ないうちに、とばかりに、ジークが話題を戻す。
3人で話していると、いつの間にか話がズレていることも少なくないのだ。
「それには賛成だよ、ジーク。でも、それなら、誰ならいいってことになるの?」
「そりゃあ……えーと……ルーナをよく知ってて、傍で守ってやれて、不逞なことはしなくて、暴れん坊でも嫌がらない、ヤツ……?」
「それ、ジーンじゃないか」
「あ~……まぁ、そうなる」
最後の「暴れん坊でも嫌がらない」には引っ掛かるところだが、我慢した。
2人の意見は、ルーナの願望と繋がっているからだ。
「だからあ! ジーンとは婚姻できないの! 諦めたって言ったでしょ?!」
大声を出しても、2人は、へっちゃら。
慣れているので、首をすくめもしない。
悪気はないのだろうが、傷口を抉ってくる2人を、ルーナは睨みつける。
「心配しなくても、ジーンが、候補を見繕ってくれてるから、大丈夫。その中で、いい感じの人を選ぶつもり」
「いいカンジって?」
「相性が良さそうな人」
ふーん、とジークが気のない返事をしてきた。
なにか言いたいことがあるらしい。
「なに? その、気に入らないって態度」
「“本命”がNGだから妥協すんだなって、思っただけサ」
その言い草に、腹が立つ。
ジークは、なにも知らないので「妥協」などと口に出せるのだ。
当事者であるルーナが、1番わかっている事実だというのに。
「確かに、私の本命はジーンよ? けど、最初は本命の代わりで婚姻したとしても時間が経てば、そっちが本命になるかもしれないじゃない」
「どうだかな」
「ボクは、ルーナの言うことにも理があると思う」
トマスの同意を得られて、ホッとする。
正直、ルーナも、自分で言いつつ、半信半疑。
そういうものだろう、という一般的な印象を、言葉にしたに過ぎなかった。
「母上は、父上のことを、いい人だと思ってはいたけれど、好いていたっていうのとは少し違っていた、と言っていたからね」
「そうなの?」
「この人には自分がついていてあげなければ、と思って婚姻を承諾したらしいよ」
「へえ、そういうのもアリなのか」
わかる気がする。
ものすごく、わかる気がする。
(ザカリーおじさんって、そういうとこあるよね……ジョーおばさんは、しっかりしてるし、母性本能?がくすぐられたのかも……)
「だけど、今は“らぶらぶ”だもの」
「そうよね。相性が良ければ、そういうこともあるわよね」
「ジョーおばさんに、本命はいなかったけどな」
せっかく前向きになっていた気持ちにに、ジークが水を差す。
ここにきて、ようやくルーナは「おかしい」と感じた。
ジークは「やんちゃ」ではあるものの、意地悪ではない。
いや、意地悪かもしれないけれど、ルーナに意地悪はしないのだ。
なのに、今日は「意地悪」ばかり言っている気がする。
ルーナの婚姻を阻止しようとするかのごとく。
(もお! ジークってば、本当に、わかってないんだから! 私もジーンを諦めたくて、諦めるんじゃないのに!)
言いたくなるが、言ってしまえば、理由も話すことになる。
ともあれ、ユージーンとの婚姻を諦める決意はしているのだ。
あまり、心を乱させないでほしかった。
いっそ追い返してしまおうか、と思った時。
「あ。オレ、ちょっと用事できた。じゃあな」
言いたいことだけ言い、ジークが、ひょいっと姿を消す。
2人を置き去りに、どこかへ転移したらしい。
だいたい、ジークは、いつも、こんな調子なのだ。




