本命代行 2
ユージーンは仕事中、もとい、婚姻一覧の作り直しをしている最中だ。
魔術師には、もっと「詳しく」と、厳しく言いつけてあった。
報告書を読んでは、これはどういうことだ、ここは確認したか、など問い質している。
ユージーンの細かさは、魔術師にとっては、いい迷惑だろう。
さりとて、ユージーンが気にすることはない。
あらゆる事態に備える。
この間のような失態はしたくなかった。
結果として、ルーナを傷つけることになるからだ。
(奴に恋人がおらず、ルーナとメレディスのどちらを選ぶか、という話であれば、ルーナを選ぶのはわかる)
メレディスは誰もが認めるであろう美人ではあったが、可愛らしさには欠ける。
だが、ルーナは、美しくもあり、可愛らしさもあり。
(む。これは、欲目ではないぞ。客観的な意見だ)
執務室には、ユージーン1人。
そして、頭の中を覗く魔術はない。
ユージーンは、自分で自分に言い訳をしている。
子離れできていない、と思っているからだ。
ルーナを手放し難くなっていると、自覚していた。
さりとて、それは、望むべくもない。
ルーナに相応しい相手は、ほかにいる。
自分の血を厭わしいと感じるのは、これで2度目だ。
長らく棚上げにしていたのも、考えたくなかったからかもしれない。
どうせ逃げられはしないのに。
またしても、ユージーンらしくもなく、憂鬱になっていた。
そこに、またしても扉を叩く音。
「今度は、なんだ?! いいかげんにせんか! 俺は、忙しいのだぞ! とっとと入って用件を申せ!!」
怒っていても、とりあえず、用件は聞く。
ユージーンは、細かくてしつこくて、はなはだ面倒な男だが、真面目なのだ。
侍従が震えながら入ってくる。
ユージーンに睨まれ、体を小さくしていた。
視線も即座にそらせ、うつむいている。
「え、謁見の申し入れがございまして……」
かぼそい小声にも、苛々した。
ユージーンは、本当に忙しいのだ。
婚姻相手の候補一覧の修正で。
「どこのどいつだ、この忙しい時に」
「レオナルド・ルノーヴァと申しております」
「ルノーヴァ? 伯爵家ではないか」
「さようにございます、殿下」
これだから王宮は窮屈だ、と思う。
侍従は執事とは違い、なんら判断というものをしない。
屋敷の執事であれば、来客が相応しい者かどうかの判断をするものだ。
相応しくない場合には、執事の一存で追いはらう。
こんなふうに、いちいち指図を求めてきたりはしなかった。
(グレイに俺の侍従をやらせたいところだが、絶対に断られるであろうな)
サリーの夫グレイは、ローエルハイドの有能執事なのだ。
その有能さは、ユージーンも認めている。
記憶力に関して言えば、ユージーンに勝るとも劣らない。
ローエルハイドで勤め人をしていた頃、ユージーンは、あらゆることをグレイに教わっていた。
なにしろ「先輩後輩」の仲だったので。
「追い返……ルノーヴァ……キャラックの下位貴族であったか……」
追い返そうとして思い止まる。
今さらではあるが、舞踏会の一件についての話だと、察したからだ。
「とりあえず、謁見室に通しておけ」
ササっと、侍従が逃げるように退室する。
その背中を、目を細めて見送った。
脅されたかのような態度を取られるのは、不本意だったのだ。
ほとんど脅したようなものだけれども、それはともかく。
ユージーンは、大きく息を吐く。
ひとまず落ち着いて対処をする必要があった。
最近、またぞろ思うようにならないことが増え始めていて、苛々している。
とんとん、と候補一覧を指で叩いて。
それから、ゆっくりと立ち上がった。
謁見室に行き、話を聞く気になっている。
ともあれ、アンジェラ・ラシュビーがしたような「くだらない」話でないのは、確かなのだ。
謁見室の扉を開き、前回と同じく茶だけ出したら下がるよう、侍女には申しつけておく。
レオナルド・ルノーヴァは、ソファに座ることなく、立って待っていた。
腰をかがめようとするのを、手で制する。
身分を考えれば跪いて挨拶するのが礼儀ではあるが、ユージーンは、それより時間を惜しむのだ。
「挨拶はよい。そこに座って、用件を申せ」
言いながら、さっさとソファに座る。
ユージーンが座らなければ、相手も座れないからだ。
「それでは、失礼いたします」
ユージーンの斜め向かいに、レオナルドが座る。
向かい側に座り、正面から相手を見るのは、これまた身分的に失礼にあたる、という理由。
少なくともレオナルドは「きちんと」は、しているようだ。
「この間のキャラックの一件であろう」
「仰る通りにございます、宰相様。僕は、彼らが何をするつもりか、事前に存じておりました」
「ほう。その上で、黙っていたと言うか」
レオナルドの薄茶色の瞳が、小さく揺れる。
動揺というより後悔といった雰囲気が漂っていた。
「立場上、ウィリュアートン公爵様に、お伝えすることはできかねたのです」
「で、あろう」
ルノーヴァは、キャラックの下位貴族だ。
告げ口したなどということになれば、確実に報復を受ける。
考えれば、黙っていたのもしかたがない、ということにはなるのだが。
「お前だと露見せぬ手は打てなかったと申すか」
「あの件を知っていたのは、彼らと僕の3人だけでした」
「それで言い訳をしに来たというのであれば、不快だな」
「いいえ……言い訳ではなく……」
レオナルドが、ユージーンと視線を合わせる。
本来、これも無礼なことにはなるのだが、レオナルドの瞳には決意のようなものが感じられた。
「彼女に……直接、謝罪をしたく、宰相様にお許しを得に参りました」




