本命代行 1
ルーナは、部屋で話をしている。
あまり話したくないのだけれど、それはともかく。
「そりゃあもう、すげえ噂になってんだぞ」
「また盗み聞き?」
「まさか。単なる情報収集サ」
目を細めたルーナに、ジークが、大袈裟に肩をすくめてみせた。
きっと烏姿で、あちこち飛び回っていたに違いない。
夜会から3日が経っていた。
あの場には、大勢の「ご令嬢」がいたのだ。
彼女らは、たいてい退屈しているので、噂話を好む。
噂は噂に過ぎないからか、内容は脚色され、種は尽きない。
「真偽も確かめずに無責任な噂を流すのは、どうかと思うわ」
ルーナは、ちょっぴり、ぷんっとして答える。
ジークの隣で、トマスが笑っていた。
薄茶のゆるく巻いた髪に、丸っこい瞳は少し垂れ気味で、淡い紫色をしている。
髪は母親、瞳は父親に似ているのだ。
魔術師としての才能は父親譲り、らしい。
国王となった「ザカリーおじさん」は、今では魔術が使えなくなっている。
が、それまでは相当な腕を持っていたと、ユージーンが誇らしげに語っていた。
その力を、トマスは受け継いでいるのだとか。
ジークとは同い年だが、見た目も雰囲気も性格も、まるで違う。
もちろん他人なのだから、似ていないのは当然だった。
なのに、2人は、とても仲がいい。
もう少し外見が似ていれば、兄弟だと思われるだろう。
「でも、噂には真実も含まれているものだよ」
「そうそう。ジーンが、お前を抱っこして歩き回ってた、とか」
「あれは……足が痛くて歩けなかっただけだし……」
嘘だった。
確かに、少しは痛んでいたけれども、歩けないほどではなかったのだ。
メレディスを、ぽうっとさせたことに嫉妬し、ユージーンの視線を、自分に引き戻したかった。
その口実に過ぎない。
2人は、ルーナの歯切れの悪さに「言い訳」を感じ取っている。
ジークは、にやにや笑っているし、トマスは苦笑を浮かべているし。
これだから、2人に「事と次第」を話すのは嫌だったのだ。
どうせ面白がられるに決まっている。
それでも、2人はルーナの数少ない友人だった。
最終的に、味方してくれるともわかっている。
だから、こうして相手をしているのだ。
「ルーナ、本当に婚姻するの?」
「だって、私、16歳になったのよ、トマス」
「だからって、すぐに婚姻する必要ねーだろ?」
「あのねえ、男にはわからないでしょうけど、女性には時間ってものがあるの」
「子作りか?」
ジークの言葉に、トマスがポッと頬を赤く染める。
ずばずば物を言うジークとは違い、トマスは純情なのだ。
直接的な表現に恥じらっている。
その姿たるや乙女のよう。
ルーナよりも、ずっと。
「もうちょっと、遠回しな言いかたをしてって、言ってるじゃない」
「よせよ、面倒くせえ。どうせトマスしか恥じらわねーよ」
ユージーンも言葉を飾らないので、ルーナには耐性があった。
ロズウェルドでは、貴族でも平民でも、男女の関係について、家族で話すことも少なくない。
子を成すことが、その先の人生を大きく左右するからだ。
その子が、誰の子であるか。
それを、明確にしておく必要がある。
貴族であれば跡取りになるかもしれないし、民であっても、それが民の子なのか貴族の落胤なのかで、大きな差が出るのだ。
そのため、ジーク曰くの「子作り」に、しっかりとした知識を持っていなければならないとされる。
「そんで? いい奴はいそうなのかよ?」
「わかんない。まだ1人しか会ってないんだけど、その1人がねえ……」
ルーナの言葉に、ジークが、ひょこんと眉を上げた。
隣で、トマスも、もじもじしている。
なにか嫌な感じがした。
「ジーク、トマス?」
3人は、ルーナの部屋にいる。
床に円座して、話しているのだ。
ジークは5歳で変転できるようになり、この部屋を訪れるようになっている。
同時期、トマスも魔力顕現し、転移してくるようになった。
幼い3人は、よくこうして遊んでいたため、その名残だ。
「別に、たいしたことはしてねーぞ」
「うん……まぁ、ちょっと……キースリーには、気の毒をしたかもしれないけど」
「なに言ってんだ、トマス。あーいう不逞な奴は思い知らせとかねーと、同じこと繰り返すんだよ」
ぴくっと、ルーナの眉が吊り上がる。
2人はルーナとは違い、それなりに魔術に長けていた。
「なにしたの?」
ジークではなく、トマスに聞く。
大公の息子なだけはあり、ジークは口が達者なので、するりとかわされかねないからだ。
その点、トマスは、やはりザカリーの息子。
ルーナに問い詰められて隠し通せた試しはない。
「ええっと……市場に行って、ジークが、烏で、あいつの財布を取ったんだよ」
「それだけじゃないわよね?」
「そ、それを、民の女性の足元に、そっと置いて……」
「それから?」
「あいつが、財布を拾おうとしたところで……」
「トマスが、あいつを転ばせた」
状況を思い描いてみる。
財布を烏に取られ、ジェラードは、当然に追いかけただろう。
見つけて拾おうとするのも当然だ。
が、そこで転んだということは。
「まさか、女性に抱きついたの?!」
2人して同じ仕草。
視線を右斜め上にして、肩をすくめる。
「民にまで手を出す、とんだ“どすけべ”だって、もっぱらの評判だな」
「民の間でもね」
「ま、しばらく婚姻なんて無理じゃねーか?」
「お気の毒さま」
ルーナに話している間は、おどおどしていたくせに、結局のところ、トマスも、悪いことをしたとは思っていないのだ。
ルーナは「良くない」と思ってはいるが、やってしまったものはしかたがない。
それに、自分のためにしてくれたのだから、咎めるのはやめておく。
「で? 本当に婚姻すんの?」
2人は、好奇心から聞いているのではない。
心配されているとわかっていたので、ルーナは明確な答えが返せなかった。




