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それでも嫉妬はするのです 4

 ルーナの心配そうな表情に、ユージーンは、我が身の不自由さを痛感していた。

 さほど痛くはなかったが、現に、ルーナを心配させている。

 

(俺に、大公のような力があれば、これ(ルーナ)に無用な心配をさせずにすんだのだ)

 

 昔にも、思ったことがあった。

 大公ほどとは言わないまでも、魔術が使えれば、と。

 

(俺は無力だ。魔力を与える立場でありながら、それを使えんのだからな)

 

 ザカリーの即位をもって、ユージーンは「与える者」となっている。

 そうなったが最後、魔術を使うことができなくなった。

 王太子の頃には、わずかなりと使えたものも、今では何ひとつ使えない。

 転移することすらできなかった。

 

 だから、走るしかないのだが、間に合わない時もある。

 舞踏会の際は、間に合ったからよかったが、毎回うまくいくとは限らない。

 現実に、夜会では間に合わなかったのだから。

 

 ルーナは「間に合った」と判断しているだろう。

 とはいえ、ユージーンは、自分の思うようにはならなかったと感じている。

 これが大公なら、パッと転移して、メレディスをうまく止めたに違いない。

 

 これまで、ユージーンは、人が聞けば驚くような危険な目に、合っている。

 そのたび、自分の無力さを感じずにはいられなかった。

 今回も、守るべき者に心配されている有り様だ。

 

 頬にふれているルーナの手を意識する。

 あんなにも小さかったのに、いつしか女性の手に変わっていた。

 ユージーンの指1本を握るのが精一杯というふうだったのに。

 

「案ずるな。俺は、平気だ。それより、お前は、どうなのだ?」

「私? 私は平気よ? 叩かれてないもん」

「そうではない。キースリーの次男のことは、もう良いのか?」

「いいもなにも。ジェリーとは、ほとんど話もできなかったし、あれじゃあね」

「ジェリー?」

 

 ほとんど話をしなかったという割に、愛称で呼んでいる。

 ロズウェルドでは、愛称で呼ぶことには意味があるのだ。

 名にまつわる慣例がある。

 

 親しさを誇示するために、周囲から愛称で呼ばれている者は正式名で、正式名で呼ばれている者は愛称で呼ぶ、というものだ。

 自分は、その他大勢とは違うのだ、という意味を含んでいる。

 たいてい、相手に「このように呼んでもよいか」と訊くのだが、相手の気持ちがわかっている場合やなんかには省略されることもあった。

 

 ルーナは、元々、周囲の者に愛称で呼ばれていた。

 特別な間柄だと知らしめるには、正式名で呼ぶ必要がある。

 さりとて、まだルーナに特別な相手はいないのだ。

 愛称で呼ぶのが「普通」だと思い、慣例を意識していないのかもしれない。

 

 ジェラード・キースリーが、周囲に、どう呼ばれているのか。

 確かめておいたほうがいいだろうか、と思う。

 万が一にも、勘違いさせないように。

 

「お前は、奴のことを愛称で呼んでいたのか」

「呼んでたのは、メレディスって人。あの人、彼女のことを、メリーって呼んでたから、2人は親密な関係なんじゃないかな」

 

 ユージーンは、この時点をもって、ジェラード・キースリーを一覧から消す。

 そして、安堵した。

 ルーナも、名についての慣例は、わかっていたのだ。

 

(俺も、以前、勘違いをしたことがある。迂闊に、愛称で呼ぶのは危険なのだ)

 

 慣例を知らないと、意図せずして「気がある」と勘違いされる。

 実際、勘違いした側のユージーンは、念押しをしておくことにした。

 

「ルーナ、よく知らぬ男を、愛称で呼んではならんぞ。まず周囲に、どう呼ばれているか確認しろ。それから、愛称か正式名かを選んで呼ぶようにいたせ」

「うん。慣例でしょ?」

「そうだ。相手に勘違いされてはかなわんからな」

「だから、私、すぐに愛称で呼んでって言ったの」

 

 ルーナが正式名で呼ばれるのを周囲の者が聞けば、それはそれで誤解を招く。

 勝手に、2人が「特別な関係」だと決めつけられかねないのだ。

 ルーナも意識的に、それは避けているらしい。

 

「婚姻相手が定まるまでは、慎重な行動を心がけねばな」

「わかってる……もう子供じゃないんだから」

 

 もそっと、ルーナが体を寄せてくる。

 ユージーンの胸に、こてんと頭をあずけ、膝を両腕で、軽くかかえた。

 

「次は、いつ? 立て続けに夜会を開くのは、不自然じゃない?」

「そこは考えてある。万事、俺に任せておけばよい」

 

 今夜はユージーンが主催したが、ウィリュアートン以外であれば、夜会を開くのはどこの家でもかまわない。

 ユージーンは王族であり、公爵家には知り合いも大勢いる。

 具体的な話なしでも、夜会を開くぐらいならば、依頼ひとつで片が付くのだ。

 

「だが、あの一覧は見直す必要がある。万が一にも間違いがあってはならんのだ。ひとまず、次の夜会は少し間を置くことになろう」

「ジーンが1人に絞ってくれたら楽なんだけどなぁ」

「そのようなことができるか。お前の婚姻相手だぞ。己で決めずして、どうする」

「私、ジーンを信用してるもん。おかしな人を選ぶはずないって思ってる」

 

 ルーナは、目を伏せ、くるんっと丸くなっている。

 唐突に、その体を、ぎゅっと抱き締めたくなった。

 が、やめておく。

 

(やはり、俺は、まだ心の準備ができておらんのだな)

 

 子離れが、これほど難しいとは知らなかった。

 大人になるよう育てたはずが、いざ大人になり、自分の手を離れていくと思うと、無性に手放し難くなる。

 ユージーンは、自分の心にある感情に、なかなか折り合いがつけられずにいた。

 

 ルーナがいなくなったら、この先の生活はどうなるのか。

 

 それが、まったく見えない。

 レティシアに「ふられた」あと、ユージーンの(そば)にはルーナがいたからだ。

 ローエルハイドの仕事に、宰相としての勉強、加えてルーナの世話と、毎日は、慌ただしくも、あっという間に過ぎていった。

 レティシアを振り切るのに十年かかったが、それでも吹っ切れたのは、そうした「日常」がユージーンの味方をしたからだ。

 

「足はどうか? まだ痛むか?」

 

 右手で、ルーナの足を、ゆるく揉みほぐす。

 男の足とは違い、やわらかかった。

 そして、暖かい。

 

「……ジーン……私……」

 

 ルーナが、目を、しぱしぱさせている。

 起きていようとしているのだろうが、すでに半分は眠りに落ちかけている。

 瞼が下がってきては、持ち上げる様子に、ユージーンは口元を緩ませた。

 

(こういうところは、相変わらずだ)

 

 足の痛みは、もうあまりないのだろう。

 というより、眠気のほうが勝っているに違いない。

 きっと、気を遣い、あげく、あんなことになり、疲れてしまったのだ。

 

「もうかまわぬから、寝ろ」

 

 声をかけた時には、すでにルーナは寝息を立てていた。

 ユージーンは、ルーナの額に軽く口づける。

 

「まぁ、良いさ。着替えは、俺に任せておけ」


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