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それでも嫉妬はするのです 1

 ルーナは、ただただユージーンを見つめる。

 ルーナを庇うようにして立っているため、見えるのは、横顔だ。

 頬が赤くなっていた。

 痛くなかったわけがない。

 なのに、叩かれても、ユージーンは、声ひとつあげなかった。

 

 ルーナが、悲鳴を上げたのは、自分が叩かれたと思ったからだ。

 すぐに、ユージーンに庇われたと気づいている。

 だが、直前まで、なにが起きたのか、わからなかった。

 

「ジェラード・キースリー」

 

 ユージーンの声が、また冷たくなっている。

 アンジェラに話していた時と同じだ。

 まったく感情が見えない低い声に、ジェラードは震えあがっている。

 隣にいる女性も体を縮こまらせていた。

 

「お前は、このメレディス・アディソンと親密な関係なのであろう」

 

 ユージーンは、その女性を知っているらしい。

 ルーナも家の名くらいは聞いたことがあったが、家人までは知らなかった。

 メレディスの言動で、2人が「恋人」関係なのは、わかっている。

 しかも、ユージーンの言うように親密なつきあいをしているに違いない。

 

 メレディスは、ジェラードと婚姻を誓い合い、何年も待っていると言った。

 にもかかわらず、ジェラードは、ルーナに声をかけている。

 ユージーンにも、恋人がいることを打ち明けてはいなかったはずだ。

 もし知っていれば、ルーナの婚姻候補から、間違いなく外されている。

 

「このような不逞(ふてい)をする輩であったとはな。キースリーの家ぐるみであれば、ただではおかん」

「ち、違います、宰相様! わ、私は、そ、その、と、止めようと……」

「この期におよんで、くだらん言い訳するとは、見下げ果てた奴だ」

 

 ジェラードの言葉を、ユージーンが冷ややかに切り捨てる。

 声に感情もこもっていないし、無表情だったが、腹を立てていることが、ルーナには伝わってきた。

 

「さ、宰相様……も、申し訳……」

 

 メレディスが震え声で、詫びを言いかける。

 それを、ユージーンが片手で制した。

 

「お前が悪いのではない。この、おたんこなすびが悪いのだ」

 

 メレディスに「おたんこなすび」が通じるはずはない。

 さりとて、ジェラードをさす「悪態」だとは察したようだ。

 ほんの少しメレディスの顔に、安堵が広がる。

 

(確かにね。暴力はいけないけど、そもそも、この人が悪いんだもん)

 

 メレディスは、おそらく、ジェラードに長く待たされていた。

 ユージーンが「男子をもうける」ことを必要としていると知ってから、ルーナは女性にとっての時間が、どれほど重要か考えている。

 この国の女性が安全に子を成せるのは、たったの十年なのだ。

 ジェラードは、メレディスに、その時間を無駄にさせた。

 

(ずっと待ってた人が、ほかの女性を口説いてるなんて……焦っちゃうよね)

 

 ユージーンが庇ってくれていなければ、自分が叩かれていたと、わかっている。

 ユージーンが殴られたことに対し、許せない気持ちもあった。

 とはいえ、元を正せば、やはりメレディスのせいではないのだ。

 

「メレディス・アディソン」

 

 スッと、ユージーンが膝を折る。

 片膝をつき、メレディスの左手を取った。

 そして、その手の甲に唇を寄せる。

 

「俺の見込み違いにより、不快な思いをさせた」

「い、いえ……そ、そのような……」

 

 その一瞬で、メレディスの頬が赤く染まった。

 隣にいるジェラードなど視界から弾き出されてしまったようだ。

 彼女は、立ち上がったユージーンを、じっと見つめている。

 

「お前ほどの女、このような不逞な輩にはもったいない。もっと良き相手を探すがよい。時間は、有限なのだからな」

「は、はい……宰相様……」

 

 メレディスは、すっかりユージーンに「めろめろ」だった。

 心では、とっくにジェラードを捨てているだろう。

 きっと、いったん離れた心は、元には戻らないはずだ。

 

 に、しても。

 

 ルーナは、ものすごく面白くない。

 ジェラードのことは、今のメレディスが感じているのと同じくらいに、どうでもいいと思っている。

 まだ会話らしい会話もしていなかったし、早目に「おたんこなすび」だと、知ることができてよかったのだ。

 

(ジーンって……本当に、人から、どう思われるか、わかってないんだから!)

 

 ユージーンは、基本的に、人からの評価を気にしていない。

 というより、考えもしない。

 意識にあるかすら疑わしい限りだ。

 

「……ジーン……」

「どうした?」

「足が痛い!」

 

 むつ…と、唇を尖らせてみせる。

 メレディスを、ぽうっとさせているところなんて、見ていたくなかった。

 ユージーンが彼女の手を取っただけでも、イラっとしていたのだ。

 我ながら心が狭いのは自覚している。

 

「足が痛いの!!」

「やはり、そうか。俺も、気になっていたのだ。そこのぼんくらが、お前をずっと立たせっぱなしにしていたのでな」

 

 頼むまでもなく、ユージーンが、ルーナを抱き上げた。

 その首に、ぎゅうっとしがみつく。

 そして肩口へと顔をうずめた。

 

「まったく……イスを勧めもせず立たせておくとは、気が利かぬにもほどがある」

 

 ユージーンの手が、ルーナの頭を撫でている。

 長年、親しんできた仕草だ。

 ルーナは、わざと、ちょっぴりむずがるように顔を肩にすりつけた。

 

「ジェラード・キースリー、今後、2度とルーナに近づくな。声をかけることも、俺が許さん」

 

 ユージーンに、しっかりと抱きついていたので、ジェラードが、どんな顔をしていたかは、知らない。

 見るつもりもなかった。

 ともあれ、ジェラードとは「2度と」話すことはないのだから。

 

 そして、メレディスのことは、気の毒に思う。

 思ってはいるが、それでも。

 

 心の中でだけ「べえ」と、舌を出した。

 

 ユージーンに「めろめろ」になっても無駄なのだ。

 その心に、入り込めはしない。

 ユージーンは、いつだって、自分を優先してくれる。

 

 別の誰かと婚姻しなければ、と思っていても、ほかの女性と親しくすることは、気に入らない。

 どうしたって、嫉妬はするのだった。


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