いつもいつも 4
ユージーンは、2人が壁際へと移動して行くのを目で追っていた。
雰囲気は良さそうに見える。
ルーナも、まずは嫌がっていない様子。
とはいえ、顔を合わせてすぐなのだ。
まだ判断できる段階ではない。
(だが、不快感がない、というのは良い兆候だ)
不快感や嫌悪感があれば、ルーナは合図を送ってきただろう。
なにもなかったのは、悪くない印象だったと考えられる。
また、ユージーンの胸の奥が、ちくりとした。
大きく溜め息をつく。
(いかんな。これでは子離れできんザックのようではないか)
ザックこと、アイザック・ローエルハイドは、ユージーンの前任の宰相だ。
そして、レティシアの父でもある。
いい大人だというのに、まるきり子離れできていない。
ことあるごとに、レティシアを抱きしめて号泣している。
そのたび、大公に冷たくあしらわれているのだけれど、それはともかく。
ルーナが親離れをするのであれば、自分も子離れする必要があるのだ。
アイザックのようにはなりたくない。
絶対に。
「む。なんだ、あの娘は」
ホールに入ってきた令嬢の1人が、辺りを見回していた。
連れを探している様子なのは、見ればわかる。
けれど、彼女は、たった今、ホールに姿を現したのだ。
にもかかわらず、エスコート役がいない。
令嬢が夜会に1人で来るなど、ほとんどあり得なかった。
親しい男性がおらずとも、家族に頼み、その役を務めてもらうのが常識だ。
1人での夜会出席は、みっともないし、はしたないこととされている。
(あの顔……ルーナの社交界デビューの夜会で見たことがある)
2年も前のことだが、顔立ちは大きく変わっていない。
ユージーンの中に、するするっと記憶が蘇ってきた。
要不要を問わず、気になることがあると、即座に情報が脳から伝達される。
『解説は、求められた際にすればいいことなのだよ。少しばかり考えてみたまえ。今、それを口にすべきかどうか』
昔、大公に、そんなふうに言われたことがあった。
脳に伝達された情報を、当時のユージーンは、まんま口に出していたからだ。
取捨選択などしていなかった。
さりとて、今も、たいして違わないのだけれども。
(今夜は2人で話をさせねばならんというのに、メレディス・アディソンめ、邪魔をしおって)
3人で、というより、メレディスが、なにかジェラードに話しかけている。
ユージーンからは背中越しになっているため、表情は見えなかった。
頭の中で、魔術師に集めさせた情報を呼び出す。
ジェラードとメレディスが懇意であるような内容は見当たらない。
もとより、キースリーとアディソンは、別々の上位貴族に属している。
こうした場合、互いの上位貴族に配慮して、下位貴族は動くのだ。
アディソンはラウズワース公爵家に属し、キースリーの属するシャートレーとは折り合いが良くなかった。
ローエルハイドの執事であり、サリーの夫のグレイは、リドレイ伯爵家の者で、リドレイもシャートレーの下位貴族だ。
そのため、ラウズワースには、いい顔をしないところがある。
家同士の関係というのは、思いの外、根深い。
(しかし、3人で話をするのなら、テラス席でも移れば良いものを)
ルーナは、ずっと立ちっぱなし。
しかも、なにやら所在なげにしている。
俄然、イラッとしてきた。
(なにをやっているのだ、あの“ぼんくら”は! あれこそ、おたんこなすびではないか!)
鈍間、うすのろ、気の利かない出来損ない。
そう怒鳴ってやりたくなる。
心の中で、ひそかにユージーンは「ジェラード・キースリー」の項目に、×印をつけていた。
あんなことでは、とてもルーナを幸せにできるとは思えない。
それでも、選ぶのはルーナなので、ユージーンの勝手で、振り落とせないのだ。
やめておけ、と言いたくなりはするけれども。
「む。いかん!」
ユージーンは、人の波をかき分けながら、3人のほうへと走る。
メレディスが、剣呑な表情を浮かべ、ルーナを見ていた。
ルーナのほうは、きょとんとしている。
理由はともあれ、メレディスはルーナを害すに違いない。
「あなたが、ジェリーを誘惑したのね!」
声が聞こえた。
瞬間、ユージーンは理解する。
(魔術師どもめ! 詳細に調べよと申しつけたであろうが!)
ジェラードには、恋人がいたのだ。
両家の関係から、表立った行動は避けていたのだろう。
そのため、周囲にも知られてはいない。
だから、魔術師も見落とした。
「ジェリーは私と婚姻を誓い合っているのよ! 私は、何年も待ち続けているのに、横から、かっ攫おうなんて……この性悪女ッ!!」
メレディスは、今年で18歳ではなかったか。
すでに婚姻していてもおかしくない歳だ。
おそらく、ジェラードは引き伸ばしている。
メレディスと別れたくはないが、親に申し出る勇気もないというところ。
怒りに任せてだろう、メレディスが手を振り上げた。
ルーナを、引っ叩くつもりだ。
間に合わない、と判断する。
パンッ!!
「きゃっ?!」
悲鳴を上げたのは、ルーナだった。
が、殴られたのは、ユージーンだ。
「ジーンっ!!」
殴られ、横を向いていた顔を、ゆっくりと戻す。
それから、ルーナを背中に庇った。
2発目はないと思うが、念のためだ。
ユージーンは、過保護なのである。
殴ったメレディスは、真っ青になっていた。
自分が誰を引っ叩いたか、わかっているのだ。
唇も震わせており、言葉も出ないらしい。
その隣で「おたんこなすび」が、おろおろしている。
ユージーンは、メレディスよりも、むしろ、ジェラードに腹を立てていた。
恋人がいることを隠し、ルーナを手に入れようと目論んだと、わかっている。
アディソンとの婚姻より、ウィリュアートンのほうが「利」があるからだ。




