いつもいつも 2
長ソファに、ルーナと並んで座っている。
ユージーンは、ルーナの表情を窺っていた。
婚姻候補の一覧を、真剣に読んでいるようだ。
(本気で、会うつもりはあるようだな)
ユージーンへの「あてつけ」でないのは、間違いない。
もとより、ルーナは、そういう駆け引きを嫌っている。
どんなに腹を立てていたとしても、他人を巻き込むことはしないだろう。
「誰か、気になる者はいたか?」
書類は、ユージーンが思うところの「完璧」なものではなかった。
魔術師を使い、調べさせてはいる。
が、ユージーンからすると「ざっくり」した内容に思えた。
ほかの誰が見ても「詳細」だと判断するだろうが、それはともかく。
「うーん……もうちょっと考える。最初の1人だから、緊張しそうだし」
ルーナは、何人か会ってみる、と言っている。
ユージーンも、そのほうがいいと考えていた。
政略的な婚姻では、たいてい相手は決められている。
そして、相手との相性は、婚姻してみてからでなければわからない。
婚姻後に、相性の悪さに気づいても遅いのだ。
さりとて、今回のルーナの場合は、政略的な婚姻ではないため、選びしろがあるほうがいい。
将来を見据えて、より良い相手を選ぶ。
ユージーンが一覧を作ったのも、そうした理由からだ。
ルーナに選択肢を与えたかった。
この先も、彼女が笑って過ごせるように。
「この人って、どうかな?」
「ジェラード・キースリーか」
キースリーは侯爵家であり、上位貴族はシャートレー公爵家だ。
シャートレーは、ウィリュアートンには及ばないまでも、大派閥の1つ。
真面目な者が多く、重臣の中では、まだしも信頼できる家でもある。
その下についているキースリーも悪くはない。
目立ったところはないが、悪評も聞かなかった。
「外見は、金髪に薄茶の目、背が高く体格良し? 性格は温厚で紳士的だって」
ルーナは、家柄になど興味はないようだ。
見た目と性格を重視している。
そのことに、ユージーンは微笑ましくなった。
(貴族の令嬢は、己に、より高値をつけたがる。だが、ルーナには、そのような、計算高さがないのだ)
見た目だけではなく、心根の良い女性に育っている。
自分が育てたからではない、とユージーンは思った。
おそらく、あのトラヴィスとサンジェリナの資質を受け継いでいるのだ。
2人には、派閥の長である貴族にありがちな、人を見下すところがない。
「ねえ、ジーン、もし、この人を気に入ったら、私が嫁ぐことになるの?」
「それは、どちらでもかまわん。ジェラード・キースリーは、第1子ではないゆえ養子に迎えることもできるぞ」
「そうなんだ」
考え深げにしているルーナの様子で、気づく。
「屋敷を離れたくないのだな」
ルーナの母サンジェリナは、体が弱い。
トラヴィスがいるとはいえ、2人を残して屋敷を離れたくないのだろう。
嫁ぎ先への連絡が遅れ、死に目に会えない女性も少なくなかった。
どこの屋敷にも、おかかえ魔術師がいるわけではない。
いたとしても、早言葉を使える者とは限らないのだ。
ともあれ、魔術師を雇うには、かなりの経済力を必要とするので。
「案ずることはない。お前は、転移ができるのだからな。もし、気に入った者が、次期当主であり、嫁がねばならんとしても、すぐに帰って来られるであろう?」
「でも、私がいなくなったら2人だけになっちゃうでしょ? お母さまにさみしい思いはさせたくないの」
「そうか」
ユージーンは、ルーナの頭を撫でる。
いよいよ、本格的に「心の準備」が必要だと感じた。
言葉の端々に、ルーナが、本気で婚姻に臨もうとしているのを察している。
こうして2人きりでいられるのも、あとわすかなのだ。
(いくら育ての親でも他人は他人だ。人妻と2人にはなれん)
ローエルハイドの屋敷で、レティシアと会う際にも気をつけている。
レティシアは気にしないだろうが、ユージーンは、2人きりにはならないようにしていた。
たいていは、サリーか、その夫のグレイと一緒だ。
そもそもレティシアと2人になったりしたら、大公に丸焦げにされかねないし。
(あれで、大公は、なかなかに“やきもち”妬きなのだ)
そうでなくとも、疑われるようなことはすべきでない。
悪評は、あっという間に広がる。
ルーナに、不要な「傷」はつけたくなかった。
たとえ、人妻になったとしても。
「この人を選ぶかはわかんないけど、とりあえず、最初の1人にする」
「わかった。ならば、夜会の手配をするとしよう」
「いつぐらいになりそう?」
「そうだな……5日後ではどうか?」
「えっ?! そんなに早く?!」
「案ずるな。招待状が届けば、みな、予定を変えてでも出席するはずだ」
ユージーンの頭の中では、すでに夜会の段取りができている。
王宮内で行うことに決めていた。
ルーナの「婚姻相手選び」だと周囲に知れると、ルーナが恥をかくからだ。
あくまでも、夜会はユージーンが主催する。
王族であり、宰相でもあるユージーンの誘いを断れる者などいない。
がたがた文句を言う者がいそうならば、国王であるザカリーの名を出すことすら考えていた。
ザカリーには「栗鼠」の貸しがある。
その程度の協力は、弟とて惜しまないだろう。
未だかつて、ザカリーが、ユージーンの「指図」を断った試しなどないのだが、それはともかく。
「招待状の到着を考えると、5日は待たねばならん」
「私も……準備があるから、ちょうどいいかも」
「そうであったな」
うむ、と鷹揚にうなずく。
それから、はたと思い立った。
「ドレスはあるか? 王宮の仕立師に作らせてもよいぞ?」
「それは、大叔母様に相談するから大丈夫」
「では、当日は、俺もローエルハイドに行くとしよう」
「ジーンがエスコートしてくれるの?」
訊かれて、首をかしげる。
今までも、ルーナのエスコート役は、トラヴィスかユージーンだった。
それが、当然と思っている。
「婚姻相手が決まるまでは、俺が務めるのが道理であろう」
頭を撫でると、ルーナが、ようやく真面目な表情を崩した。
にっこりする姿に、なぜか、胸の奥が、きゅっと痛む。




