いつもいつも 1
ウィリュアートンは男子の産まれにくい体質。
そして、ユージーンは男子を成す必要がある。
アンジェラ・ラシュビーの言葉を、ユージーンは否定しなかったのだ。
側室を迎えるのもやむなし、といった態度だった。
正妻に男子が産まれるかどうかは、わからない。
アンジェラの言った「遅きに失する」というのは、正妻に、男子が産まれるまで待っていては間に合わないとの意味だろう。
今すぐに、ルーナがユージーンと婚姻しても、時間的猶予は十年。
だが、わずかにでも命の危険があるとわかっていて、18歳を越えての出産を、ユージーンが求めるとは考えにくい。
だから、側室を迎えるのを、あたり前に想定しているに違いない。
(ジーンが、私の選択肢から外れたんじゃない。私が、ジーンの選択肢から外されたんだ……男の子が産めないかもしれないから……)
ユージーンは、ルーナをよく知っている。
側室を迎えることを、肯とはしないこともわかっていたはずだ。
思えば、選択肢から外されてもしかたがない。
どちらの我儘も通るはずがなかった。
男子をもうけられない可能性が高いにもかかわらず、側室も嫌がる。
後継を必要としているユージーンにとって、これほど、婚姻相手に相応しくない者もいない。
自分の血について知らなければ「頑張る」と言えた。
男子をもうけられるまで諦めない、と言えた。
どこまでも、食い下がることができた。
けれど、自分の血が特殊だと、ルーナは知ってしまったのだ。
アンジェラの言葉を鵜呑みにしたのではない。
謁見室から、すぐに転移で屋敷に戻り、調べている。
あまり入ることのなかった書庫に行き、家系図を探した。
祖父に側室が3人いたことは知っている。
が、ルーナが産まれた時、すでに祖父は他界していた。
詳しい状況は聞かされていない。
なので、ルーナには他人に近しく、その経歴にも、あまり興味がなかった。
父の兄は蟄居させられたとかで、当主の座を辞している。
どこに蟄居させられたのかは、知らなかった。
当時は、まだ独り身だったようだ。
その後、父がウィリュアートン公爵家の当主となっている。
父の弟にも側室が2人。
ウィリュアートンの広大な敷地の中にある、別の屋敷に住んでいた。
仲は悪くないらしいが、たいして懇意でもない。
年に、数回、顔を合わせるだけで、従兄弟とのつきあいも、ほとんどないのだ。
(お父さまが側室を迎えなかったのは、お母さまを愛してるからだけど、跡継ぎにこだわりがないっていうのも、理由のひとつよね)
そのため、父トラヴィスは側室を迎えなかった。
ルーナが嫁ぎ、跡継ぎがいなくても、困らないと考えているからだ。
父は、権力に興味がない。
欲もない。
だから、体の弱い母に無理をさせてまで、跡継ぎを求めなかった。
さりとて、ユージーンは違う。
跡継ぎを求めていることを、明確にしていた。
そして、家系図を何世代にもおよび遡って調べて、知ったのだ。
アンジェラの言葉は正しかった。
ウィリュアートンは、常に1人の女性が1人の男子しか出産していない。
しかも、それすら危うい時があり、血筋が途絶えかけたこともある。
その際、次の代では、必ず複数の側室を迎えていた。
直近で考えても、わかる。
仮に、祖父が正妻のみにこだわっていたなら、ウィリュアートンは、終わっていたかもしれないのだ。
父の兄を産んだ時点で、次の子はもうけられなくなる。
1人息子を不祥事で失えば、家督を継ぐ者はいなくなっていた。
そして、父の弟に男子が産まれているとはいえ、もとより祖父が、側室を迎えていなければ、その可能性も潰えていた。
家を存続させるため、ウィリュアートンの男性陣は、複数の側室を迎えている。
それぞれの気持ちがどうであったかはともかく、必要に迫られていたのだ。
ユージーンも、似た考えを持っている。
血筋を途絶えさせないことを、優先するのだろう。
ルーナよりも。
「だって……ジーンは王族だもん……私は相応しくない」
それを理解したので、ユージーンに婚姻を迫るのをやめた。
困らせるだけだとも、わかったからだ。
同時に、ユージーンを安心させたい、と思っている。
1つだけ、自分にできることがあった。
ユージーンが決めた相手と婚姻し「育ての親」から解放してあげること。
ユージーンに選んでもらったと思えば、納得できる気もする。
ルーナの相手に、おかしげな者を推薦するとは思えないので。
「嫌だけど……ジーンの“我儘”だって、1つくらいきいてあげなきゃ……」
ずっとルーナばかりが、我儘をしてきた。
ユージーンが、どうしたいのかなんて、正直、考えたことがない。
勉強を教わったり、諭されたりしていたものの、ユージーンは、ただの1度も、己の望みを言わなかった。
ルーナに「こうしてほしい」とは。
そのユージーンの望みが「男子をもうける」こと。
ならば、諦めるのが、自分のすべきことなのだ。
泣きたくなるのを、ぐっと堪える。
これから、ユージーンのところに行く予定だった。
ユージーンが見繕った相手の中から、次の夜会で顔合わせする子息を決める。
(ジーン……大変だっただろうな……仕事、忙しいのに……)
あの婚姻候補の一覧は、ザッと見ただけで、ルーナは放り出していた。
それでも、内容が詳細だったのは覚えている。
作るのは簡単ではなかったはずだ。
あの時は、傷つき、怒っていたので「自分との婚姻を回避するために別の男性をあてがおうとしている」と思った。
けれど、本当には「より良い婚姻」ができるよう、取り計らってくれようとしていたのだろう。
ユージーンは、過保護だから。
小さい頃からの、あれこれを思い出し、ルーナは小さく笑った。
様々な記憶が呼び起こされる。
外にいて寒いと言えば、手を握って息を吹きかけてくれ、暑いと言えば、人目を引くくらいの大きな日傘をさしてくれて。
嫌いな食べ物があると言えば、美味しく食べられる料理方法を、ウィリュアートンの料理長に教えたりして。
「髪も、よく洗ってもらったっけ……」
今は、湯に浸からせてもらってはいないので、髪も自分で洗っている。
なのに、未だに、それを覚えていて、心配しているようだった。
とてもとても優しい人なのだ、ユージーンという人は。




