目隠し目線 4
執務室の扉を開け、ユージーンは、心底、安堵した。
ルーナ専用と化している長ソファに、ルーナが、ちょこんと座っていたからだ。
毎日、顔を合わせていたからか、とても長い5日に感じられている。
なにやら「久しぶりだな」と声をかけたくなるほどだった。
ユージーンは、無自覚に喜んでいる。
16年の間に、ルーナが傍にいるのが、あたり前になっていた。
嫌われるとか、嫌われたくないとか、考える必要もなく、日常としてルーナの姿は、そこにあったのだ。
ルーナが姿を見せなくなり、初めて「嫌われたかも」と、どこかで思っていた。
レティシアに恋をしていた頃は、嫌われたくないあまりに、いろんなことを我慢できたし、無理も無理にならなかった。
ただ、嫌われたくない、好かれるにはどうすればいいか、それだけに意識が向いていたのだ。
レティシアは、いつもそっけなくて、ちっとも振り向いてくれなかったので。
さりとて、ルーナは違う。
ユージーンがユージーンのままでも、嫌われる可能性について、ちらとも頭には浮かばなかった。
だから、我慢も無理もしたことがない。
言いたいことを言い、したいことをしてきている。
(俺は、ルーナの育ての親だが、赤の他人でもある。なぜ、嫌われぬと思っていたのかわからんな)
我ながら、呆れた。
実のところ、ルーナとの関係は、なにも確約されてはいないのだ。
もう「仮親」などいらないと、突き放されてしまえば、終わる。
ともあれ雛は巣から飛び立つものではあるのだし。
「なんだ、待っていたのなら、茶でも飲んでおればよかったであろう?」
ルーナは、手に何も持っていない。
執務室には、ルーナが扱うための茶器が揃っている。
侍従や侍女を呼んで持って来させればいいと言ったユージーンに、幼いルーナは言った。
『あの人たちは、ジーンのためにお勤めをする人たち。ルーナのことをさせるのは、ダメなの』
思えば、5歳の子供に、自分は諭されたのだ。
ユージーンには我儘放題だが、ほかの者に対しては「ちゃんと」している。
たいていの貴族が「ちゃんと」していないというのに。
「あのね、ジーン……この間は、ごめんなさい」
ユージーンは、執務室のイスに腰をおろしかけて、動きを止めた。
ルーナを見ると、視線を合わせようとはせず、うつむいている。
ひどく深刻そうな表情を浮かべていた。
もしかすると、ルーナも似たような思いをいだいているのかもしれない。
ユージーンに嫌われたかも、と。
「お前が詫びることはない。あれは、俺が……」
「ジーンは悪くないの」
ユージーンの言葉を遮って、ルーナが顔をしかめる。
これは重症かもしれない。
もっと早く屋敷を訪れるべきだったのだ。
5日も放ったらかしにしたせいで、ルーナに不要な心配をさせることになった。
「ルーナ、俺は怒ってはおらんぞ?」
「うん……それは、わかってる……でも、ジーンは悪くない」
どういうことだろうか。
ユージーンには、ルーナの詫びている意味がわからない。
ルーナの意思をないがしろにして、勝手に婚姻相手の一覧を作っていたのだ。
むしろ、ルーナは怒ってしかるべきで、詫びる理由がなかった。
「ジーンは私のこと考えてくれて……それで、婚姻相手を探してくれてたんだよね……なのに、私……聞き分けがなかった……」
この5日間、ルーナも考えていたらしい。
ユージーンが思っていたように、ユージーンとの婚姻を諦めようとしている。
そういう雰囲気を感じた。
(ならば、俺も……心の準備とやらをしておかねばならん……)
ルーナを手放すための。
ユージーンは、うつむいているルーナを見つめる。
なんでも知っていると思っていたが、知らない間に、ルーナは、すっかり女性らしくなっていた。
もう3歳でも5歳でも14歳でもない。
大人になったのだ、彼女は。
この先、婚姻もして幸せな家庭を築いてほしい、と思う。
アンジェラの言葉が、頭をよぎった。
トラヴィスの父ハロルドは、正妻のほかに3人の側室を娶っている。
好色だったからではない。
ウィリュアートンの血筋柄、そうせざるを得なかったのだ。
正妻は、第1子レイモンドを産んだため、その後、子はできなかった。
1人目の側室がトラヴィスを産んだが、やはり、その後、子はできていない。
2人目の側室は女子を3人産んだものの、男子は産まれなかった。
3人目の側室は女子を2人産んだのち、男子を1人産んでいる。
が、その後は子をもうけていない。
ウィリュアートンには、そうした血の縛りがあるのだ。
なぜなのかは不明だが、1人の女性に対し、男子は1人まで。
そして、男子を産むと、次の子は望めない。
そのため、正妻のみとするのは、とても危ういことなのだ。
もとより家を継ぐ気もなく、今も後継に欲のないトラヴィスだからこそ、妻を、サンジェリナだけとしている。
実際、トラヴィスの弟は、先ごろ、2人目の側室を娶ったと聞いていた。
トラヴィスが、ルーナに跡を継がせる気がないと知っているからだろう。
すでに後継ぎ問題を解消すべく動いているのだ。
こうしたウィリュアートンの血の縛りは、男系のみに現れるものではない。
女系、つまり、ルーナにも現れる。
男子を出産できても、2人目の子は授からず、子を大勢もうけられたとしても、それは女児ばかり、となるはずだ。
ハロルドの2人目の側室が証しているように男子が産まれにくい体質でもある。
ルーナが、男子をもうけるのは、かなり難しいと言えた。
とはいえ、相手がユージーンでなければ、男子にこだわらない者も大勢いる。
次期当主でもなければ、女の子ばかりであっても問題はないからだ。
ユージーンは、どうしても直系男子を成す必要がある。
ルーナは、男子を成すのが難しい体質。
この2つの要素を鑑みれば、いかに、自分がルーナに相応しくないかが、わかるというものだ。
ルーナの選択肢に入る余地はない。
男子を成せなければ側室を娶らざるを得ないのだから。
ルーナの周りには、トラヴィスしかり、大公しかり、愛し愛される婚姻を結んでいる者が多かった。
当然に、ルーナも、それを望んでいるはずだ。
だが、その望みを叶えてやると、ユージーンには保証ができない。
ユージーンは、ロズウェルドにおける、たった1人の「王」だから。
ルーナが、顔を上げ、ユージーンの目を、まっすぐに見つめ返してくる。
深刻そうな表情は残したままだった。
大人びた顔をして、ルーナは口を開く。
「ジーンが選んでくれた人なら……大丈夫だと思う……何人か、会ってみて、その中から……決めるね」




