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目隠し目線 2

 ユージーンは謁見室で、アンジェラ・ラシュビーと向き合って座っている。

 謁見室と言っても、国王との謁見の間のようなものではない。

 広くはあるが、簡素でもあった。

 扉の横の侍女が控える場所とは仕切りがあり、姿は見えないようになっている。

 が、念のため、侍女は下がらせていた。

 

 長居をさせる気はなかったし、話がルーナのことであれば、誰かに聞かれるのはまずいと思ったのだ。

 侍女は耳にしたことを内密にするよう言いつけられている。

 とはいえ、うっかり口を滑らせることもあり得た。

 わずかでも危険があるなら、()ける手を講じておくべきだろう。

 

 ユージーンは、王太子だった頃に比べ、用心深くなっている。

 人を信じていないわけではないが、信じきるのは危うい、との気持ちがあった。

 

 人は、己の利でもって動く。

 

 そして、それが互いに食い違うこともあった。

 利というのは、単純ではないのだ。

 損得も利であれば、感情も利と言える。

 実際的な、己の目的を叶えるためや、金儲けだけが利ではない。


 誰かが喜ぶ姿を見て、自分も嬉しいと感じる。

 それも、己にとっての利なのだ。

 

 誰かを守ろうとして、誰かを傷つける。

 誰かを救おうとして、誰かを陥れる。

 

 すべてが、自分の利にほかならない。

 結局は、自己満足に行きつく。

 

 人は守りたいものしか、守れないし、守らない。


 伴う結果は、自己責任。

 たとえ、しくじっても「誰か」を盾にして言い訳をするのは間違っている。

 自分の選択が間違いだったに過ぎない。

 

 少なくともユージーンは、そう思っていて、だからこそ用心深くなっていた。

 間違った選択をしたくないからだ。


「それで? 用件はなんだ」

 

 テーブルには紅茶が置かれていたが、手は伸ばさなかった。

 向かいの1人掛け用ソファに座るアンジェラを、無表情で見ている。

 ユージーンも同じく1人掛け用のソファだ。

 

 ここには、テーブルを挟み、1人掛けソファが2つずつ並べて置かれていた。

 外国からの客人であれば、もう少し広くて豪奢な謁見室を使う。

 ここは、国内の者や王宮内の者と会うための部屋だった。

 そのため簡素なのだ。

 

「私が16の頃、殿下は、それほどせっかちではございませんでした」

 

 アンジェラが紅茶に手を伸ばして、口元に運ぶ。

 2つ年上の彼女は、40になったはずだ。

 なのに、少しも衰えたところがない。

 むしろ、妖艶さは磨きを増していた。

 

 さりとて、ユージーンに、そういう魅力は通じないのだ。

 元々、アンジェラには興味もなくしている。

 ユージーンとの仲が終わると思い、彼女が別の男と関係を持ったと知って以来、どうでも良くなっていた。

 

 長く、女性に期待を持てずにいたのは、ユージーンが、ほんのわずかではあれ、アンジェラに情をかけていたからだ。

 王太子であったユージーンと、伯爵家という身分のアンジェラとの婚姻は有り得なかった。

 それでも、ユージーンは、彼女を愛妾として迎えようとする程度に、ほだされていたと言える。

 その気持ちが裏切られたため、どうでもよくなったのだ。

 

 だから、アンジェラが妖艶であろうと、男性を惹きつける外見をしていようと、ユージーンには、まるきり意味がない。

 ささやかな魅力すら感じることはなかった。

 

「夜会のような、くだらん世間話をするために来たのではなかろう」

 

 昔話に花を咲かせるつもりなら、夜会で会った時にすればいいことだ。

 ユージーンが応じるかはともかく、謁見を申し入れたりはしなかっただろう。

 ユージーンも、つまらない話を長引かせる気はない。

 今日は、ウィリュアートンの屋敷を訪れる予定にしている。

 アンジェラより、ルーナのほうが、よほど気がかりだった。

 

「先だっての、私の義理の息子が主催した舞踏会に、殿下はいらしていたそうですわね。ご令嬢がたが、殿下の噂をしておりました」

「厳密には、舞踏会に出席していたのではない。招待状も来ておらんのでな」

「お忍びでいらしていた、ということでしょう? もちろん、そうでなくては」

 

 アンジェラの含みを持った言いかたに、眉を、ついっと上げる。

 ユージーンは、言葉を飾ることを好まない。

 遠回しな言葉を使う駆け引きも嫌いだった。

 不愉快さを瞳にたたえ、アンジェラを見つめた。

 その目には、冷ややかさしか宿っていない。

 

「そうお怒りにならないでくださいませ、殿下」

「怒ってはおらん。お前の物言いが、不快なだけだ」

「あら。それは失礼いたしました。私が申し上げたかったのは、その夜会で、私の娘が殿下をお見かけしたということですの」

「娘……ヴァネッサであったか」

 

 ユージーンが名を出したからだろう、アンジェラの瞳が、きらりと光る。

 嫌な感じがした。

 

 アンジェラは、ユージーンとの関係が終わったあと、ラシュビー伯爵の後添(のちぞ)えとして迎え入れられている。

 アンジェラが17歳、ラシュビー伯爵が53歳。

 伯爵は、年若い妻を、ことのほか可愛がっていたようだ。

 

「私は子を成すつもりはなかったのですが、夫の望みを叶える義務があると考えたのです。ですが、いざとなると、なかなか子ができず、ヴェナは、私が24の時にようやく授かりました」

 

 アンジェラの歳から逆算しなくてもユージーンはヴァネッサの歳を知っていた。

 16歳、ルーナと同じ歳だ。

 14歳の社交界デビュー前、洋服屋でルーナをからかった、ベアトリクスの取り巻きの1人だったため、覚えている。

 

(下位貴族として、公爵家のベアトリクスに従属しているのだろうがな)

 

 だとしても、ユージーンの中では「ルーナを意味もなく虐げた」娘でしかない。

 そもそも、顔すら知らなかった。

 舞踏会で女性に囲まれた際、ルーナを追うことにユージーンの意識は向けられており、いちいち顔など確認していない。

 口々に名乗っていたようだが、耳を素通りしている。

 

「殿下、ヴェナは、殿下に夢中にございます。どうか正妻として迎えてはいただけないでしょうか」

 

 アンジェラの申し出に、ユージーンは眉をひそめた。

 即位はせずとも、ユージーンが王族なのは変わらない。

 伯爵家では身分が釣り合わないと、アンジェラにもわかっているはずだ。

 もちろん、ユージーンが望めば正妻とすることはできるのだけれども。

 

「名しか知らん娘と、婚姻などする気はない」

 

 ルーナを「イジメ」た娘となれば、なおさら婚姻する気にはなれない。

 というより、顔も見たくなかった。

 

「まぁ、殿下が、そのようなことを仰られるなんて驚きですわ。王族や貴族間での政略的な婚姻は、めずらしくはありませんし、許婚(いいなずけ)となってから名を知ることさえございますのに」

「それゆえ、俺は、そのような婚姻はせぬと言っているのだ」

 

 政略的な婚姻をする気があるなら、とっくに婚姻している。

 したくないから、今まで独り身で通してきた。

 アンジェラの申し出に乗ることはないとしつつも、嫌な感じがしてならない。

 アンジェラが、やけに自信ありげな表情を浮かべている。

 なにかユージーンを納得させる「根拠」でもあるかのように。


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