どっちの方角に? 4
ルーナは、かなり、へそを曲げてしまったらしい。
ユージーンの元に姿を現さない日が、5日も続いている。
婚姻相手の候補者一覧を見られたのは、失敗だった。
ルーナの「熱」が覚めてから、とユージーンは思っていたのだけれども。
『なんで、わかんないのっ?! 私には、ジーンしかいないのに!』
目に涙をいっぱいに溜め、それでも泣かずにいたルーナの姿を思い出した。
胸が、きゅっと痛くなる。
ルーナの言葉を軽く受け止めているわけではない。
ただ、やはりルーナが思っている「恋」と、本物の恋は違うとも思っていた。
(結果的には、トラヴィスが正しかったのかもしれん)
貴族学校に行かせるとのトラヴィス判断を覆し、ルーナの教育係もかってでた。
ルーナが、イジメられていると知ったからだ。
学校でもイジメられるのでは、という心配もあったし。
とかく貴族は、爵位にこだわる者が多い。
ルーナの出自を考えれば、つまはじきにされることだって考えられた。
が、それは、本当に正しかったのか。
トラヴィスが言ったように、貴族学校に通わせていたら、外の世界を早い段階で経験できたのだ。
ユージーン以外の者を知る機会もあっただろう。
そうすれば、間違いなくルーナの世界は広がり、選択肢も増えていた。
(俺が、その機会を奪ったのだ。あれを、小さな世界に閉じ込めて、視野を狭めてしまった。本来、もっと多くの選べる道があったというのにな)
昔、大公は、レティシアから選択肢を奪うことを嫌い、身を引こうとしたことがある。
そういうこともあると知っていながら、自分はルーナから選択肢を奪った。
にもかかわらず、今になって、選択肢を与えたいと思うなど、ルーナが怒るのも理解できる。
過去は変えられないのだから。
さりとて、ユージーンの中にも、想いというものがあった。
今さらだろうが、ルーナに、広い世界があるのだと教えたい。
大人に成長したからこそ、見えるものもあるはずだ。
正しい選択をし、明るい将来へと続く道を歩んでほしいと思う。
「だが、このままではいかん。明日は、ウィリュアートンに出向くか」
13年間、ルーナは1日たりとも欠かさず、ユージーンの元に出向いていた。
熱が出た時ですら、姿を現している。
そして、ユージーンに看護をねだってきた。
熱が下がるまで、つききりでいたことを、忘れてはいない。
婚姻を断った時も、怒っていたくせに、毎日、執務室を訪れていた。
それが、もう5日。
昼間には、夜になれば姿を見せるだろうと思い。
夜になれば、翌日は来るだろうと思い。
そうこうしている間に5日が経っていたのだ。
ユージーンにとっても、1日が長く感じられる。
仕事に専念できるはずなのに、ちっとも身が入らなかった。
ルーナが、どうしているのか、気がかりで、集中できずにいる。
怒っているのであればともかく、泣いているかもしれない。
「……行かぬほうが、よいのかもしれんな」
ルーナは諦めようとしているのかもしれないのだ。
のこのこ顔を出せば、傷を深くする可能性がある。
それでも、ルーナの状況は知りたかった。
食事はしているのか、ちゃんと眠れているのか。
泣いてはいないか。
確認ができさえすればいい。
とはいえ、良い方法が思いつけずにいる。
考えあぐねているユージーンの耳に、扉の叩かれる音が聞こえた。
きゅっと眉をひそめる。
(呼ばれもせぬのに、ここに来るということは、禄でもないことに決まっている)
侍従は、滅多なことでは顔を出さない。
ユージーンが、ハンドベルを鳴らした時くらいだ。
ルーナを相手にしているのとは違い、本来、ユージーンは仕事を中断させられるのを、ひどく嫌う。
「なんだ? 用件があるならば、入ってきて、とっとと言え」
ぶっきらぼうに、扉の向こうにいるであろう侍従に声をかけた。
そろりと、侍従が部屋に入って来る。
ユージーンの不機嫌さに、びくついているのが、わかった。
「ユージーン殿下に、お客様でございます」
深々と頭を下げ、侍従が来客を告げてくる。
いよいよ、ユージーンの眉間の皺が深くなった。
「客? 誰だ?」
「ラシュビー伯爵夫人にございます」
「ラシュビーだと?」
覚えてはいる名だが、わざわざ会いたいとも思えない相手だ。
断ってしまおうと思ったところで、ユージーンの記憶から情報が引き出される。
(ルーナが襲われた舞踏会……主催していたのは、ラシュビーであったな)
その件について、なにか話があるのかもしれない。
ルーナが関わっているのだから、見過ごしにはできなかった。
少しでも、ルーナに「傷をつける」ことがあるのなら、許してはおけない。
キャラックの子息が、なにかよからぬ噂を流しているのかもしれないし。
「わかった。謁見室に通しておけ」
侍従が黙って、部屋から下がる。
が、ユージーンの関心は、すでに侍従にはない。
それを侍従もわかっているため、返事をせずに去ったのだろう。
ユージーンは、クローゼットを開き、中を覗き込んだ。
ユージーンの服より、ルーナの服のほうが多いくらいになっている。
「そうか……着替える必要が、ないではないか」
言って、クローゼットの扉を、ぱたんと閉じた。
ルーナが来ていないのだから、服をくしゃくしゃにされることもない。
ウィングカラーの白いシャツは、ぱりっとしている。
「ラシュビー相手に、正装もあるまい」
執務用の略式なタキシードで十分だ。
ユージーンは、大公とは違い、仕事中は身なりを整えている。
略式とはいえ、ボウタイもしていた。
「2度と会いたくなかったが、しかたがない」
ラシュビー伯爵夫人ことアンジェラ・ラシュビーは、ユージーンが初めてベッドをともにした女性だ。
ユージーンが選んだわけではなく、王太子の相手として、あてがわれている。
それなりに情を持ってはいたのだが、彼女から、ある種の裏切りを受けた。
そのせいで、ユージーンは、女性への期待を捨てていた時期がある。
不愉快さと嫌悪感につつまれながら、ユージーンは執務室を出た。
ともあれ、ルーナの件ではなく、くだらない話なら追い返すつもりではある。




