どっちの方角に? 2
ユージーンは執務室にいたが、仕事の手は止まっていた。
深夜であり、今日は、ルーナもいない。
少し前にあった湯殿の件が尾を引いているのか、泊まらずに帰ったのだ。
ルーナに婚姻を迫られるようになって、ユージーンは、先送りにしてきた問題について考えるようになっている。
ルーナの歳と同じ年月だけ棚上げにし、放置してきた問題だ。
けれど、そろそろ本気で考えなければならない、と思っている。
38になっても健康そのものだが、いつ病になるか、わからない。
(俺に、万が一のことがあれば、国が亡ぶかもしれんのだ)
ロズウェルドは魔術師の国だ。
国内のみならず諸外国からも、そう思われている。
それは事実であり、魔術師の存在がロズウェルドを支えていた。
その魔術師に魔力を与えているのが、ユージーンなのだ。
与える者。
ガルベリー1世の直系男子のみに、引き継がれてきた力だった。
現状、その血の後継者は、ユージーンだけとなっている。
現国王であるザカリーに、その資格はない。
ザカリーは、父の側近であった魔術師長と、父の側室との間にできた子なのだ。
つまり、父と正妃の子であるユージーンとは、いっさいの血の繋がりがない、ということ。
そして、父は正妃のみを愛し、生涯を閉じている。
ほかに子はおらず、ユージーンは、血という責を、1人で負うことになった。
国のため、ガルベリーの血を途絶えさせることはできない。
ユージーンは王なのだ。
王とは、国の平和と安寧のための存在だと教えられた。
ユージーンもまた、その通りだと思っている。
だからこそ、子を、もっと言えば、男子を成すことが、ユージーンに課せられた最大の責任だった。
(父上が、40になるまで婚姻せずにいた理由を、己の身で知るとはな)
父は、平民出の女性に恋をした。
周囲からの反対で婚姻に至れないまま、その女性は他界している。
その後、ユージーンの母と婚姻するまで、長く父は独り身でいたのだ。
おそらく、今の自分と同じ気持ちだったのではないか、と思う。
あれほどの想いを、ほかの誰かにいだけるだろうか。
すでにレティシアのことには諦めがついていた。
さりとて、同じくらい心を惹かれる相手が現れることなく16年が過ぎている。
このまま現れないのではないか、と、ユージーンは半ば諦めていた。
恋というのは、しようと思ってできるものではないと、知っている。
(仮に現れたとしても……俺の、この血の責を、その者にも負わすことになる)
母とも懇意にはしていなかったため、訊いたことはなかった。
だが、母は相当な重圧に耐えていたはずだ。
そういう中で、自分が産まれた。
(俺が死にかけた時、父上と母上は、どれほど苦しんだであろうか)
たった1人の息子。
たった1人の後継者。
その命が風前の灯火となり、誰でもいいから救ってくれと、両親があらゆる者に縋ったのもわかる気がする。
同じ立場になれば、ユージーンとて王宮の慣例など蹴飛ばすだろうから。
(1人の妻で良いと、いくら俺が思っていても、だ……男子が産まれねば、側室を娶らねばならん……)
昔とは違い、ユージーンは「愛し愛される婚姻」を願っていた。
さりとて、気持ちだけでは、どうにもならないことがある。
相手に男子が産まれないまま年月が過ぎれば、諦めざるを得なくなるからだ。
ロズウェルドでは、子を成すのに適した年齢とされるのが16歳から18歳。
その歳を過ぎても、25歳までは可能性が残されている。
出産までの期間が通常は半年のところ、長引いたり、苦痛が伴ったりはするが、命を失うことは少ない。
だが、25歳を過ぎると、出産時における死亡率が、ぐっと上がってくる。
母親か子のどちらか、または、その両方が命を落とすのだ。
(最年長は35歳……とは言っても、その者は、出産後すぐに他界している)
そうした事情から、ロズウェルドでは妻が25歳を迎えると、子を成さない予防措置を講じる者が多かった。
子を成すためではなく、愛を示す行為としてベッドをともにするために。
たとえ若い妻を迎えたとしても、時間的猶予は十年。
その間に男子が産まれなければ、男子をもうけるためだけに側室を迎える必要が出てくる。
愛し愛される婚姻を望むからこそ、それがユージーンには苦痛なのだ。
王太子だった頃には、好きでもない女性とベッドをともにすることもできた。
行為自体は苦痛でも、納得はしていたからだ。
けれど、今は、むしろ気持ちの上で納得ができずにいる。
好きでもない女性とベッドをともにすることに、抵抗感をいだいていた。
(俺と婚姻など……させられるはずがなかろう……)
ルーナの怒った顔が思い浮かぶ。
ユージーンが「与える者」だということを知っているのは、ザカリー以外、大公だけなのだ。
当然、ルーナにも話してはいない。
信用の問題ではなく、知れば、その時点で同じ責を負わせることになる。
そのせいだろう、大公もレティシアには話していないようだった。
ルーナの婚姻相手の選択肢に、自分は含まれていない。
ユージーン自身が除外している。
ルーナには、幸せになってほしいのだ。
自分のような者を選べば、将来、つらい想いをする可能性がある。
側室を迎えることになったら、彼女は、どれほど傷つくだろう。
ユージーンは、血に縛られていた。
そして、どこまでいっても「王」としての判断をする。
大事な者の手を放すことになろうとも。
「大人になったのだ、ルーナは……もう手を放さねばな」
ユージーンが「ふられた」夜会の日、ルーナを抱っこした。
泣かせて、高い高いをして泣き止ませ、寝かしつけた。
以来、ずっと見守り続けてきたが、ルーナは大人になったのだ。
「まったく……男の前で、服を脱ぐ奴があるか」
ユージーンは、苦笑いをもらす。
ルーナがドレスを脱ぎ落した際、ほんの少し、どきりとした。
女性らしい体つきに見惚れそうになったのだ。
が、あの時は「気の迷い」だと、どきりとした自分を追いはらっている。
「俺の許しもなく、勝手に、大きくなりおって……」
大きくしたのはユージーンなのだけれど、それはともかく。
ルーナには、血の縛りなどない男が相応しい。
思って、ユージーンは机に置いてある書類を手に取る。
貴族の情報が書かれているものだ。
「だが、おかしげな男では、俺も納得ができん。先に見極めておくとしよう」
とことん過保護である。




