もう大人なので 3
唐突に、ルーナが、すくっと立ち上がった。
ユージーンの前に回り込んで、立つ。
ユージーンは、ルーナの姿を眺めた。
(本当に、大きくなったものだ。子の成長というのが、これほどに早いとは)
自分を育ててくれた魔術師も、そんなふうに思っていただろうか。
ちょうどルーナと同じ3歳だった。
ユージーンは病となり、死にかけたことがある。
その際、命を救ってくれた魔術師がいた。
以来、ずっとユージーンは、彼に育てられたのだ。
19年もの間。
当時、ユージーンは両親に愛されていないと思っていた。
ザカリーが、父の息子ではないとも知らされておらず、父が愛しているのは、弟だけなのだと、愛情を欲するのをやめた。
ユージーンの傍には、魔術師の彼がいたし、不都合はなかったからだ。
ユージーンは、今もって、そそがれていた愛情は本物だったと信じている。
ルーナの世話をするようになり、よけいに強く感じていた。
幼い子の世話は、なまなかなことではできない。
辛抱強くなければならないし、常に注意を向けておく必要もある。
ほんのわずか目を離した隙に、ルーナは、ペン先で目を突きかけたのだ。
本当に、肝を冷やしたのを、はっきりと覚えている。
おそらく、彼も似たような経験をしていたに違いない。
じっとしていることのなかったユージーンは、ルーナより、もっと手がかかっただろう。
己の目的を果たすため、ユージーンを利用したのだと、彼は言っていた。
けれど、それだけで、あれほど手をかけられるはずはないと思える。
ユージーンは、育ての親である彼に思慕を寄せていた。
ユージーンの傍にいてくれたのは、彼だけだったからだ。
今のルーナと、状況は似ている。
(慕われるのはよい。俺も、これのことは大事に思っている)
だとしても、思慕は思慕だ。
恋にはならない。
その違いを、ルーナも、やがて気づく時が来る。
ユージーンが、レティシアに恋をして気づいたように。
本物の恋は、もっと感情を支配する。
そして、残酷なものでもあるのだ。
できれば、ルーナには傷ついてほしくない。
彼女の心を受け入れてくれる者を選んでほしかった。
「ジーン、私、決めたの」
「なにをだ?」
ルーナが、窮屈そうにしつつも、背中に腕を回している。
ごそごそと動いたあと。
ばさっ。
ドレスが足元に、落ちた。
体に、ぴったりしていても、少し締め付けを緩めれば、簡単に脱げる。
子供用のドレスを着替えさせていたのはユージーンなのだから、知っていた。
当然のことではあるが、ルーナは。
全裸。
首にネックレスはつけていても、体を覆うようなものは、なにもない。
白い肌を、ユージーンの目の前に晒している。
(先ほど、ルーナは、決めたと言っていた。そうか……そういうことであったか)
うむ、とユージーンは鷹揚にうなずいた。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
もとより、剣をふるっている時以外、ユージーンの動きはゆったりとしていた。
王族としての癖で、せかせかしていないのだ。
ルーナに近づき、剥き出しの両肩に手を置く。
ルーナの頬が赤く染まった。
今さらに恥ずかしくなったのかもしれない。
「ルーナ」
「な、なに……?」
「お前は、大きくなった」
「そ、そう! 私、大人になったのよ!」
「体も立派な大人に成長している」
まさに、今、目の前で、しっかりと見たのだ。
ルーナが大人の体になっているのは、わかっている。
そもそも、わかっていたのだけれど、それはともかく。
「ならば、わかるな?」
「わ、わか、わかる……」
「で、あろう」
うむ、とまた鷹揚にうなずいた。
そして、私室の端を指さした。
「あの湯船は小さ過ぎて、今のお前が入ることはできん」
「…………は……?」
ルーナの頭の上に、大量のハテナが飛んでいると、ユージーンは気づかない。
顎を手で支え、考えていたからだ。
ものすごく真面目に。
「サハシーの宿のように、室内に、湯殿を作らせるとしよう。だが、そうなると、ここは、ちと手狭だな。隣の侍従控え室を別の場所に移し、その壁をぶち抜けば、なんとかなろう」
隣にある侍従が控えている部屋は、それなりの広さがある。
ユージーンにハンドベルで呼ばれた時、すぐに来られるよう、常に4,5人が、詰めているのだ。
とはいえ、王宮は、かなりの大きさだ。
侍従の控え室を、さらに隣に、その隣にある近衛の控え室をさらに、というようにずらせていけば、部屋の確保くらいできる。
「しかし、今夜は間に合わん。改装が終わるまでは、王宮の湯殿で、辛抱いたせ。なに、案ずることはない。さほど時間はかからぬさ」
黙っているルーナに、ユージーンは、ハッとした。
急いで、クローゼットからガウンを取ってくる。
それを、いそいそとルーナに着せた。
「私室の外には近衛も魔術師もいるのでな。奴らの中には、邪な目でお前を見る者もいるのだ。湯殿まで、裸で行くのは危うい」
きっと、襲ってきた2人の男にふれられた感触が、気持ち悪いのだ。
ユージーンは、人にふれたり、ふれられたりするのを好まない。
もちろん、その感触を気持ちが悪いと思うことも、しばしばある。
だから、ルーナも似た感覚を持っていると推測していた。
なにしろ、ユージーンは、自分を中心に物事を考えるので。
「俺もついて行ってやる。お前は髪を洗うのが下手だからな。すぐ目に泡を入れて痛いと騒ぐであろう」
ばんっ!!
「あいたっ!! なにをするっ?! 素足でも、足を踏まれると痛いのだぞ!」
「湯殿くらい1人で行けるし、髪だって、自分で洗えるもんっ!!」
なにを怒っているのか知らないが、ルーナは、ぷんすかしている。
そして、足音も荒く、私室を出て行った。




