金色救世主 3
むんず、と、その男の襟首を引っ掴み、後ろに投げ飛ばす。
べしゃんっという音が聞こえたが、気にしない。
「ルーナから離れよ」
ユージーンは、低い声で言った。
明かりの灯っていない裏庭になっている場所だ。
月も雲に隠されていて、ルーナの姿は、よく見えない。
地面に引き倒されているのだけは、わかる。
ドレスもめくれているのだろう。
ぼうっと、白くL字型に折れ曲がっているのは足だ。
両腕も持ち上げられ、押さえつけられているらしい。
そちらも肌が、白く浮かびあがっている。
ルーナを押さえていた男の、立ち上がる気配がした。
ユージーンと、少し距離を取りつつ、回り込んでいる。
はっきりと見えているわけではないが、視線を男に向けた。
注意をはらいつつ、ルーナの前に立つ。
「わ、私が誰だか……」
「そのようなことは知らん! お前が誰であろうが、どうでもよい!」
最初に投げ飛ばした男のようだ。
仲間が近くに来たので、安心したらしい。
急に、威勢が良くなっている。
「コート」
「わかっているさ、ウィン。俺が追いはらってやる」
1人目、ルーナに覆いかぶさっていた男は、ウォーレン・キャラック。
そして、2人目は、その下位貴族にあたる、コンラッド・ラスキン。
本当にどうでもいいのだが、自然と情報が頭に浮かんだ。
そのユージーンの目に、きらりと光るものが映る。
コンラッドが剣を抜いたのだ。
暗い中でも、それがわかる。
「抜いたな」
「痛い目をみたくなきゃ、とっとと消えろ!」
「手袋も投げずに剣を抜くとは、無礼であろう! 騎士の風上にもおけん!」
「お前ごときを相手に、決闘など申し込む必要はない!」
ユージーンの中に、ふつふつと怒りがわきあがった。
ルーナに乱暴を働こうとしていたことだけでも、相当に腹を立てていたのだ。
そこに、礼に則りもせず、剣を抜き放ったのだから、頭にもくる。
「よかろう」
ユージーンも、念のために身につけていた剣を抜いた。
本来、夜会に武器は携行しないのだが、もとよりダンスをしに来たのではない。
コンラッドが武器を身につけていたのも、ウォーレンの護衛をするためだったのだろう。
とはいえ、目立つものは避けていた。
ユージーンは、スモールソードだ。
ロングソードやレイピアが1メートル前後。
それに対し、スモールソードは、その名のごとく短くて軽い。
ユージーンの持っている物は60センチほど。
重さも2キロ前後あるレイピアの4分の1。
おそらく、コンラッドも同じものに違いない。
ぼんやりと見えている刀身の長さや細さから、そう判断している。
ユージーンの勘は、常に理屈に裏打ちされていた。
なんとなく、なんていうことは、ユージーンに限っては、あり得ない。
なんであれ、わからないままにはしておけない性格なのだから。
「殺さないとは、約束できないからな!」
「かまわん。さっさと、かかって来い」
ユージーンは、コンラッドの口上に、苛々する。
後ろで震えているルーナに、早く声をかけてやりたかったからだ。
本当には、ルーナを最優先にしたかった。
だから、彼らが逃げ去るのであれば、追う気はなかったのだけれども。
「やってしまえ、コート!」
「こいつを片づけてから、ゆっくり遊ぼうぜ!」
ふざけたことを、と顔をしかめる。
剣を抜いた相手でもあるし、叩きのめすことにした。
ここは、しっかり思い知らせておくべきだ、今後のためにも。
「俺たちに絡んできたことを後悔させてやる!」
言うなり、コンラッドが突っかけてきた。
剣先を軽く弾く。
剣が浮いたところに、すぐさま踏み込んだ。
剣を握ったまま腕を曲げ、肘でコンラッドの胸元を突く。
喉を狙うつもりだったが、首の骨を折りかねないのでやめた。
かなり手加減したはずなのに、足元をふらつかせたコンラッドの腹を真正面から蹴り飛ばす。
ザザッと、コンラッドが地面に落ちながら、後ろへ滑っていた。
すでに呻き声を上げている。
立ち上がることはできるだろうが、戦意が残っているかは疑わしい。
すぐに立ち上がらないのは、逃げ腰になっているからだ。
「き、汚いぞ! け、剣での勝負をしろ!」
「剣のみで戦えば、お前を殺すことになるが、それでもよいのか?」
もちろん手加減できなくはない。
が、ユージーンは、さっさとカタをつけたいと思っている。
であれば、手加減などせず、一撃で殺したほうが、手っ取り早いのだ。
これでも、一応は「殺さない」ように気を遣っていた。
後ろでルーナが見ている。
人殺しを目の当たりにはさせたくなかった。
ユージーンが、コンラッドを殺さないのには、そういう意味しかない。
ふわり。
不意に、ユージーンの髪が風に揺れる。
月明りが、その姿を浮かび上がらせていた。
金色の髪が、月に照らされ、よりいっそう輝いている。
ユージーンの目にも、2人の姿がはっきりと見えた。
寄り添うようにして立ち、茫然とユージーンに視線をそそいでいる。
「さ、さ、宰相、様……」
ユージーンは、顔をしかめた。
心の中では首をかしげている。
(なぜ、わかったのだ。俺は、お忍びで来ているのだが……)
ユージーンの風貌は、とても特徴的なのだ。
濃い金色の髪に、翡翠色をした瞳。
服を着替えたくらいで「忍べる」ものではない。
(道理で、女たちにまとわりつかれたわけだ……露見していたとはな)
が、それは今さらなことだと「お忍び」は諦めることにする。
先に、片づけるべき相手がいるのだし、くよくよ考えている暇はないのだ。
「立ち上がったのであれば、かかって来い。剣を抜いたからには、決着がつくまで試合うのが、騎……」
「も、申し訳ございませんっ!」
「宰相様とは知らず……っ……」
「いや、俺は、お忍びできている。気にせず、かかって来……」
「お許しください!!」
「どうかお許しをっ!!」
バッと頭を下げるや、2人が脱兎のごとく駆け出す。
ユージーンを振り返りもしない。
「これ! 待て! 待たんか! まだ話の途中だぞ! 人の話は、最後まで聞いてゆけ、この無礼者どもっ!!」
怒鳴っても、2人は戻って来なかった。
もう背中も見えなくなっている。
「なんという無礼な連中だ。自ら、剣を抜いておきながら……」
ぶつくさ文句を言うユージーンの背中に、暖かいものがふれた。
ルーナが、背中に抱き着いていた。




