金色救世主 2
ルーナは、あらかじめ確認しておいた「逃走経路」を使い、裏庭に出る。
まだ、ウォーレンとコンラッドは気づいていないようだ。
とはいえ、転移を見られると面倒なことになる。
ルーナが魔力持ちだと知っているのは、限られた者だけだった。
それに、ルーナの魔力は、こっそりザカリーから与えられている。
本来、王宮に属さず、魔術師として存在することはできない。
魔術師の力は大きく、野放しするのは危険だからだ。
契約で縛り、王宮で管理しているからこそ、魔力が与えられる。
にもかかわらず、ルーナは、王宮には属していない。
この歳まで魔力維持していること自体おかしいと勘繰られでもすれば、連鎖的に、国王との契約が露見する可能性がある。
なので、転移している姿を人に見られたくなかった。
ルーナは、ひとまず奥まった場所まで、移動することにする。
足早に、木々の間の細い道を歩いた。
「ここまで来れば……」
転移するため、目を伏せようとした時だ。
後ろから足音が聞こえる。
しかも、走っていると、わかった。
「ヤバい! あいつらだわ!」
最初は、ウォーレンとコンラッドの言葉に、気を良くしていたルーナだったが、途中から嫌な雰囲気を感じ始めた。
言葉にばかり向いていた意識が、彼らの動きに向いたからだ。
目つきや仕草に、無意識の不快感をいだいた。
2人が、なにか目配せをしているのも気になったし。
そこで、ルーナは、ふと気づいた。
周囲には、大勢の子息や令嬢がいる。
たいていは、4,5人で、ひとかたまりになっていた。
が、女性と男性が複数といった取り合わせ。
ルーナのように、1人で男性に囲まれている令嬢はいない。
ユージーンを見習い、ルーナも理屈で物ごとを考える。
勘のみで動いているようであっても、実は意識下に根拠があるのだ。
本人は自覚していないが、そうした理屈に基づいた勘が、危険を告げていた。
だから、逃げ出したのだけれども。
「ああ、やっぱり! あいつら、また嫌がらせをするつもりなのね!」
ドレスの裾を持ち上げ、駆け出す。
後ろからの足音が近づいていた。
走りながらだと、意識を集中できないため、転移は無理だ。
そうでなくとも、追われていることで、ルーナは動揺している。
いつものように、一瞬で集中して、パッと転移することはできなかった。
「見つけたぞ、コート! こっちだ」
声に、ますます心に動揺が広がる。
駆けているからというだけでなく、心臓が波打っていた。
男性2人に追いかけられるなんて初めてのことだ。
しかも、2人は「悪意」を持っている。
ジークやトマスとしていた「追いかけごっこ」とは違うと、わかっていた。
(どうしよう……攻撃系の魔術は使えないし、姿を隠すのも覚えてないし……)
ルーナは、それほど魔術に長けていない。
顕現したのは早かったものの、魔力量自体は中級魔術師程度なのだ。
それに、ユージーンの元に転移さえできれば良かったので、あまり多くは学んでいなかった。
覚えているものも、防御系統のものを少しだけ。
(怖い……どうしよう……ジーン……助けて……ジーン……怖い……)
恐怖に体がこわばって、足がからまりそうだ。
それでも、捕まりたくなくて、必死で走る。
(今夜、舞踏会が開かれてるのは、ここだけじゃない……私、ジーンに、行き先を言ってない……)
場所もわからないのに、助けに来られるわけがない。
もとより「行くな」と言われていた。
それを、振り切って出てきたのは、ルーナなのだ。
自分の浅はかさを思い知る。
(ジーンの言った通りだった……碌なことにはならないって……)
こういうことも起こりうると知っていたから、ユージーンは止めたに違いない。
なのに、聞く耳を持たなかった。
ユージーンに「女性」として認めてほしくて、後先を考えずにいた。
世間知らずで無謀だったと反省しても、今さら遅い。
「きゃ……っ……!」
ぐんっと、体が後ろに引っ張られた。
ついで、すぐに前へと突き飛ばされる。
ルーナの体が、地面に転がった。
横倒しになり、ドレスもぐしゃぐしゃになっている。
「わざわざ人目のないところに来たってことは、誘っていたということだな」
「逃げて見せたのも、駆け引きのひとつだったのだろうね」
コンラッドと、ウォーレンの声だ。
そんなつもりはないと、ルーナは体を起こそうとした。
外套を着ていなかったので、剥き出しの腕が擦り剝けて血が滲んでいる。
痛かったが、早く体勢を立て直さなければと、焦った。
「わ、私、誘ってなんか……」
声が震える。
恐怖で、思うように体は動かないし、声も出せない。
2人は、そんなルーナを見て、にやにやと笑っていた。
「どうだろう。少なくとも、僕らは誘われていると思った、ってことだよ」
「舞踏会に来ておいて、誘っていないと言われてもなぁ」
思考回路も働いておらず、簡単だったはずの転移もできずにいる。
人前で転移するのはまずいのだが、できるものなら、やっていた。
できないから、逃げられないのだ。
「コート、腕を押さえていてくれ」
「もちろん、順番は守るさ」
頭のほうに回りこんできたコンラッドが、ルーナの両腕を掴む。
まるで服を脱ぐ時の格好のように、上げられた腕が地面に押さえつけらけた。
それから、ウォーレンが、ルーナに覆いかぶさってくる。
ドレスの裾を持ち上げられ、太腿を掴まれる感触に、喉の奥で悲鳴がもれた。
「お前の初めてを奪ってやったと言えば、トリシーも、さぞ大笑いするだろうな」
ウォーレンが、足の間に体を割り込ませてくる。
ハッとなって、足をばたつかせても、身動きが取れない。
足先が地面を掻いては滑るだけだ。
「赤毛は好みじゃないが、この際、我慢するさ。お前が、トリシーほどでなくとも金髪だったら、もっと気分が乗ったのにな」
金髪、という言葉が、ルーナの頭にユージーンの姿を、思い起こさせる。
もうずっと、ルーナが、たった1人、恋をしてきた相手だ。
(ジーン……助けて……ジーン……っ……)
この場所を知らないユージーンが助けに来ることはない。
そう思いながらも、ルーナは心の中で、ユージーンを呼び続けた。




