こんなことになろうとは 4
ザカリーに、説教をしたいのはやまやまだったが、時間がないのでやめた。
ともかくも、事がおさまるまでは、保留にしておくことにする。
「ザカリー、俺は、今すぐルーナを探さねばならん」
「ルーナが、どうかしたのですか?」
「どうやら舞踏会に行ったらしいのだ」
「舞踏会っ?! そのような危険な場所に! それでは王宮魔術師総出で……」
「いや、そのような大袈裟なことをすれば、トラヴィスの立場がなくなる」
舞踏会は、法により禁止されているものではない。
16歳であれば、己の意思で、行くも行かざるも決められる。
よって、そこで「何か」あったとしても、本人の責任とされるのだ。
騒ぎを起こすと、逆に、ルーナの責が問われかねない。
同時に、ウィリュアートン公爵家も責められる恐れがあった。
大派閥のウィリュアートンは、周囲の貴族から妬まれている。
なにかあれば、足を引っ張ろうとする者も少なくなかった。
そういう者たちに口実を与えるわけにはいかない。
「では、どうするのです?」
「ルーナの居所はわからんか?」
聞くと、ザカリーが困った顔をする。
兄であるユージーンの頼みを聞きたいが、できないのだろう。
いかに優秀な魔術師であっても「個」を特定する魔力感知はできない。
たった1人を除いて。
ユージーンは、渋い顔をした。
背に腹は代えられない。
「大公に連絡いたせ」
「かしこまりました」
ザカリーも、それができるのは、大公だけだと知っている。
ユージーンの言葉に、神妙な顔でうなずいた。
「兄上、ルーナは、ラシュビー伯爵家のダンスホールにいるそうです」
ザカリーと大公は、即言葉で話しているので、会話の内容は、ユージーンには聞こえない。
だとしても、長いやりとりがあったようには感じられなかった。
なのに、瞬時といってもいい速さで、答えが返ってきたのだ。
(さすがは大公と言うべきか……たいしたものだ)
ユージーンは、何度も大公の力を目の当たりにしている。
その大きさ、恐ろしさも知ってはいるが、毎回、つくづくと思っていた。
ジョシュア・ローエルハイドは、人ならざる者なのだと。
「大公様が、自ら赴かれようかと、お訊ねにございます」
「よせ! 屋敷ごと吹き飛ばされては困るのだ! ラシュビーは、たいした家ではないが、領民にまで被害が及ぶ!」
「手出しは無用ということでいいのかね、と仰っておられます」
「そうだ! 俺がカタをつける! 大公は寝ておれ!と伝えろ!」
ザカリーは、そのまま伝えたようだ。
そして、顔色を蒼褪めさせる。
ユージーンには、大公の返事がわかる気がした。
「あの、兄上……」
「わかっている、と言っておけ」
大公の妻は、ルーナのことを可愛がっている。
ジークとも幼馴染みであり、家族ぐるみで懇意な間柄だった。
もし、ルーナの身に万が一のことがあれば、大公は、ルーナを傷つけた相手を、許しはしない。
妻を悲しませる真似をした者に、手加減したりもしないのだ。
本気で、ラシュビー伯爵家を消し飛ばすかもしれない。
「ルーナに手出しはさせん。俺が、必ず無事に連れ帰る」
「あ、あに、兄上……」
「なんだ? 大公は、なんと言ったのだ」
「兄上が間に合わないと判断したら、大公様のやりかたでカタをつける、と。それから……兄上を見ている、と仰っておられました」
会話は、そこで断ち切れたらしい。
ザカリーが、ぷるぷると震えていた。
未だに、大公には慣れることができないのだろう。
それは、ザカリーの魔術師としての優秀さによる。
魔術の使えないユージーンですら、大公の恐ろしさは感じていた。
自然の脅威に似た、抗いようのない絶対的な力。
それを、大公は己の意思でもって行使する。
魔術師であれば、なおのこと身に迫る脅威を感じるに違いない。
「大公め、遠眼鏡で見物としゃれこむつもりだな」
「遠眼鏡……大公様だけが、お使いになれる魔術ですね」
「お前は、見たことがなかったか?」
「ございません。1度は見てみたいものですが……」
ユージーンも、実際に見たのは1度だけだった。
ただし、大公は、ユージーンに見せたのではない。
大公が、妻に両親の様子を見せているところに、たまたま居合わせたのだ。
ユージーンは宰相となった折、前任であった大公の息子を首馘にしている。
さりとて、元宰相は、常日頃から、その任を離れたがっていた。
首馘になったあと、夫婦で、意気揚々と旅行に出発。
その旅先での様子を見るために、大公は遠眼鏡を使ったのだ。
「兄上、遠眼鏡は、どのような……」
「その話はあとだ。急ぎ、ラシュビー伯爵家に行かねばならん」
ルーナを危険な目に合わせたくない。
怖い思いをする前に、連れ帰りたかった。
宰相としては、ラシュビー伯爵家を、大公に消し飛ばさせないようにすることも大事だ。
けれど、それより、なによりルーナが心配だった。
「兄上、私が点門を開きます」
点門は、特定の場所を点とし、その2点を繋ぐことで、移動ができる。
転移とは違い、魔力影響をほどんど受けないため、魔術師ではないユージーンにとっては都合がいい。
人の転移に便乗して長距離を移動すると、魔力影響により意識を失うからだ。
「ラシュビーの屋敷に、門が開けるのか?」
「たいていの貴族屋敷には“点”を作ってありますので、お任せを」
いつ、どうやって、というところは、後で聞くことにした。
おそらく、即位するよりも、ずっと前の話だろう。
元々、ザカリーは第2王子であり、即位する予定ではなかったのだ。
よくお忍びで街に出ていたことも知っている。
「む。俺も、お忍びで行かねばならんな。服を着替える。先に俺の私室に繋げ」
「かしこまりました」
いったん私室に戻り、服を着替えた。
夜会用の略式なタキシードだ。
街に出る際には民服を着るのだが、それでは貴族屋敷に入れない。
少し目立つかもしれないと思いつつ、最も質素なものを選んでいる。
王族が身につける服なので、たいして質素でもないけれど、それはともかく。
「お前は門を開くだけで良い。非公式の舞踏会に、国王は連れてゆけぬのでな」
ザカリーは不満そうだったが、渋々といった様子でうなずいた。
そして、点門を開く。
人気のない庭が見えた。
「ここから道なりに行けば、屋敷の裏門に着くことができます。勤め人の出入りがあるため、鍵はかかっておりません」
ザカリーにうなずいてから、ユージーンは門を抜ける。
振り向かず、すぐに駆け出した。
今、この瞬間にもルーナの身に危険が及んでいるかもしれないと思うと、自然に体が動いていたのだ。




