こんなことになろうとは 3
レオナルドは、ウォーレンがルーナに近づいているのを、ただ見ている。
その動きを目で追ってはいたが、あえて距離を取っていた。
ウォーレンやコンラッドと、行動をともにしようとは考えていない。
一緒にいて、いらぬとばっちりを食うのはごめんだ。
彼らは、ルーナの後ろ盾が誰なのかを知らずに、行動を起こそうとしている。
レオナルドにとって、それは愚かに過ぎた。
つきあいをする気にもならない。
課題を肩代わりするのとは、わけが違う。
代償の大きさを思えば、関わらないのが身のためなのだ。
舞踏会に出席しているだけでも危ういと感じている。
それでも、ここにいるのは、2人のためではない。
下位貴族としての義理でもなかった。
レオナルドは、興味があったのだ。
ルーナの身に「何か」が起きた際、どうなるのか。
その状況を見物したくて、危険な領域に足を踏み入れている。
(できれば、あの人が来てくれるといいのだけれど。それは、無理かな)
レオナルドが大公の姿を見たのは、あれきりだった。
もちろん、ローエルハイドの屋敷は王都にあるのだから、会いには行ける。
とはいえ、屋敷を訪ねる貴族は、ほとんどいないのだ。
貴族であっても、ローエルハイドは独立独歩。
ほかの貴族連中とは異なる法則の中にいる。
たとえ、それを苦々しく思っていたとしても、誰も何も言えない。
この国の平和は、ジョシュア・ローエルハイドによって保たれている。
それがロズウェルドという国の常識だった。
40年以上前に起きた隣国との戦争を、たった1人で終結させた英雄。
今もって近隣諸国への抑止力ともなっている存在。
それが、唯一、大公の地位を与えられている理由でもあった。
ロズウェルドで、大公と言えば、ジョシュア・ローエルハイド、その人なのである。
大公は、特別かつ大きな力を持っていた。
レオナルドは、戦後生まれのため、実際に見たことはない。
史実で知っているだけだ。
中には、その史実を疑わしく思う者もいるが、現実に、諸外国は、大公と、その妻を危険視している。
黒髪、黒眼は、この世界に、たった2人。
ロズウェルド内よりも外の国のほうが、2人が特別な力を持っていてもおかしくないと感じているのだろう。
そのため、戦後40年以上経っても、戦争をふっかけられていない。
結果、誰もローエルハイドに口出しはできずにいる。
もし「国替え」でもされたら、とんでもないことになるからだ。
民は、王宮も含め、貴族を、けして許さないとわかっている。
(縛られない生きかた、というのを、僕もしてみたいものだ)
レオナルドは、ルーナと話している2人の幼馴染みを見て、嫌な気分になった。
たいていの貴族は、爵位に縛られている。
下位貴族は、生まれながらに、上位貴族に従属する立場なのだ。
反抗すれば、報復を受ける。
対抗するだけの手段も力も、下位貴族は持たない。
だから、上位貴族がどれほど「愚か」であれ、つき従う者は多かった。
レオナルドにしても、ある程度のつきあいを余儀なくされている。
嫌で嫌でたまらないが、しかたがない。
自分が、つまはじきにされるくらいですめばいいが、報復は、家絡みでなされるのだ。
たちまち生活が困窮するのは目に見えていた。
(それにしても……もったいないな……ルーナは、僕の好みだ)
16歳にしては幼く可愛らしい風貌と、あどけなさの漂う雰囲気。
それでも体つきは年頃の女性らしく、ふくよかで肌も艶めいている。
肩にかかる赤味を帯びた髪もサラサラで、手触りが良さそうだ。
大きくて薄茶色い瞳は輝いていて、とても魅力的に感じられる。
あの2人がいなければ、間違いなく声をかけていた。
ダンスに誘い、次の約束を取りつけるくらいの熱心さで。
(彼女が、あんなふうに成長していると知っていたら、もっと強く、反対していたかもしれないね。だが、もう遅い)
彼らは、ルーナに「思い知らせる」つもりでいる。
今は、お追従に精を出しているようだが、ルーナを誘い出したとたん、本性を、露わにするだろう。
2人は、ルーナに乱暴をしようとしている。
レオナルドに持ちかけられた話では、そんなようなことを言っていたのだ。
(女性をベッドに誘うのではなく、力づくとは呆れるよ。僕は、そこまで野蛮ではない。奴らとは、嗜好が違うのさ)
2人も気づいているには違いない。
レオナルドにも、わかる。
ルーナは、まだ男性経験がない。
仕草や話しかけられた時のそぶりで、たいていは判断がつくものだ。
舞踏会に出て来たのも初めてだろう。
ウォーレンは、ほかの貴族主催の舞踏会にも、欠かさず出席している。
自身が、舞踏会を主催することも多い。
レオナルドも「しかたなく」出席していた。
そのすべてで、ルーナの姿を見た記憶はなかった。
だから、あの幼かった女の子が、どんなふうに成長したかを知らずにいたのだ。
社交界デビューの夜会に、レオナルドは出席していない。
ウォーレンが執着しているベアトリクスが、なぜだか、レオナルドに声をかけてきたからだ。
エスコート役を頼まれたものの、当然に断っている。
引き受けたが最後、ウォーレンに睨まれ、面倒なことになるとわかっていた。
(あの夜会のことで、いっとき彼女は噂になっていたっけ。トリシーなんて、話題にもなっていなかったのにね)
しばらくは、貴族の間で、その噂がもちきりになったほどの衝撃があったのだ。
ルーナは、エスコート役に大層な人物を連れて来た。
この国の宰相であり、王族でもあるユージーン・ガルベリー。
金色の髪と翡翠色の瞳を持つ彼に、大勢の貴族令嬢たちが憧れている。
婚姻したがっている女性も多く、ルーナは垂涎の的。
(トリシーは、彼女がウィリュアートンの権力を行使しただのと揶揄していたが)
たぶん、そうではない。
見る限り、ルーナには、ベアトリクスのような、計算高さの持ち合わせはなさそうだ。
それに、レオナルドは、2人が親しいことを知っていた。
幼い彼女を、宰相は大事そうに抱きかかえていたのだから。
(だとすると……やはり来るとすれば宰相様のほうかな)
彼女が、なぜ今さら舞踏会などに出る気になったかは、わからない。
が、宰相が放っておくとも思えなかった。
ここが、どんな場所だか、知らないはずもなし。
(状況次第では、まぁ、僕が彼女を助けてもいいか)
ウォーレンとコンラッドを切り捨てて、宰相に、恩を売るのもひとつの手だ。
後ろには大公もいる。
2人を裏切ることで生じる損と、その代わりに手にできる利を、天秤にかけてもいいような気分になっていた。