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こんなことになろうとは 2

 かちゃりと、扉の開く音が聞こえた。

 足音も聞こえてくる。

 ユージーンは、踏ん張っていた。

 

 隙間に挟まったままで。

 

 やわらかい栗鼠(りす)の体であるにもかかわらず、咄嗟に飛び込んだ隙間が狭過ぎて、しかも、奥まで入り込み過ぎていて、なにせ体が動かない。

 あげく、栗鼠なので、非常に、か弱い。

 材質の良い調度品は重く、栗鼠ごときの力では、いかんともしがたかった。

 

「兄上? こちらにいらっしゃっていると聞いていたのだが……お待たせし過ぎたせいで、お帰りになられたか」

(ここだ、ザカリー! ここに、いる! ザカリー!)

 

 怒鳴ったところで、ユージーンは栗鼠だ。

 ぎゅぎゅぎゅ、という鳴き声しか出ない。

 それも、さほど大きな声にはならなかった。

 

「兄上は怒っておられるかもしれない! すぐに出向かなければ!」

(怒ってはおらん! いや、怒ってはいるが、それは別件だ! それよりも、俺を元に戻せ! いや、先に、ここから出せ! 見つけろ! ザカリー!)

 

 このままザカリーがユージーンの私室に転移でもしようものなら、ユージーンは長らく放置されるに決まっている。

 ザカリーは、ユージーンが「戻って」くるまで待つに違いないのだ。

 さりとて、隙間に挟まっているユージーンが戻ることはない。

 

 ザカリーが諦めるまで、いったい何時間を要することか。

 想像するだけで、ゾッとする。

 そして、焦る。

 

 ルーナが危ない目に合う可能性が高い。

 

 どこの舞踏会に行くつもりかはともかく、ルーナに危機感がないのは確かだ。

 若い貴族の子息は、分別を知らない者が多い。

 女性が拒絶しても「舞踏会に来ているくせに」と、取り合わないことも、少なくなかった。

 貴族特有の「駆け引き」だと勘違いし、己に都合良く解釈する。

 

 若かりし頃のユージーンにも、そういうところがなくはなかった。

 相手が目に涙を浮かべるまで「その気になっている」と勘違いをしたのだ。

 が、ユージーンは恋をしていたので、その涙に怯み、強行はできなかった。

 元々が、人にふれたり、ふれられたりするのを好まず、欲望だけに流される性質ではなかったというのもある。

 

 さりとて、わざわざ舞踏会に足を運ぶような子息たちは違うのだ。

 むしろ、欲望に流されているからこそ、そうした場を好む。

 ルーナが、嫌がっていることに気づいていてさえ、踏み(とど)まろうとはしない。

 

「しかし……すぐに行くと、叱られるだろうか……」

(叱ったりはせぬ! ザカリー! 俺は、それほど狭量ではない!)

 

 ザカリーは、室内を、うろうろしているのだろう。

 国王になっても、ザカリーはザカリーだった。

 相変わらず、兄に叱られるのを、なにより気にしている。

 もっと気にすべきことがたくさんあるのに。

 

 かりかりかり。

 

 ユージーンは、必死で調度品を小さな爪で引っ掻いた。

 声が、もとい、鳴き声がとどかないのであれば、物音を立てるしかない。

 今のところ、動かせるのは、手、いや、前足のみなのだ。

 

 かりかりかりかりかりかりかりかりかり。

 

 鳴き声よりは、多少、音が大きかった。

 ザカリーの足音が止まる。

 調度品は傷だらけになっているだろうが、気にしない。

 ユージーンは、必死で引っ掻き続けた。

 

「こ、これは……もしや………あ、兄上……ですか?」

(そうだ! 俺だ! 早く、なんとかいたせ!)

 

 言ったところで、という感じではある。

 それでも、ザカリーは、とにかく兄を助けねばと思ったようだ。

 魔術を使ったのだろう、調度品が勝手に、ザッと移動する。

 ようやくユージーンは隙間から解放され、ザカリーに駆け寄った。

 すぐさま、ザカリーが、ユージーンの、もとい、栗鼠の前に平伏する。

 

「申し訳ございません、兄上! 兄上を見上げるような真似はしたくないのですが、これが限界でございます!」

(そのようなことは、どうでもよい! 早く、俺を元に戻せ!)

「兄上、お(いか)りであることはわかっておりますが、これには理由ございまして」

(いや、だから、そのようなことは、どうでもよいのだ!)

 

 人と動物の間には、言語という名の大きな壁が立ちふさがっていた。

 ザカリーは平伏したまま、ひたすら「理由」を話し始める。

 

「兄上も、ご存知の通り、変化(へんげ)の薬は、強い魔術に(さら)されますと、たちまち解けてしまいます。そこで、解けない薬の調合ができないものかと、試しておりました。もちろん人で試したことはありませんが……」

(ザカリー……それでは、俺は、生涯、このままという……)

 

 なんという危険な薬を作ろうとしていたのか、我が弟は。

 そもそも、そんな薬に、どんな価値があるのか。

 娯楽用の薬を飲んで、一生、動物のままだなんて、誰も使わない。

 使うはずがない。

 

「もちろん一般に売り出すためのものではなく、諜報などの際に活用できるのではと考えていた次第です」

(まぁ……それならばアリかもしれんが……今は、それどころではなかろう!!)

 

 ていっ!

 

 小さな手で、それでも目一杯の力で、ザカリーの頬を叩いた。

 その感触にだろう、ザカリーが、ようやく顔を上げる。

 上げて、目を、うるうるっとさせた。

 

「な、なんという、おいたわしい姿に……」

(お前のせいであろうが! 怪しき薬を作りおって!!)

「お、怒っておられるのですね……」

(怒ってはおらん! 呆れているのだ!! 国王ともあろう者が(ろく)でもない!!)

 

 いつも、ザカリーには「威厳を持て」と教えている。

 が、ユージーンの前となると、これだ。

 まるきり威厳の欠片もなくなる。

 重臣や民の前では「それなり」になってきたことが、救いではあるけれど。

 

(どうなのだ? 俺は、元には戻れんのか?)

 

 たしたし。

 

 顔を上げたザカリーに、床を足で叩いてみせた。

 とたん、ザカリーがハッとした表情を浮かべる。

 

「かしこまりました、兄上! ただちに、元にお戻しいたします!」

(おお! 戻せるのか!)

 

 それなら、まず、そこに気づいてほしかったが、それはともかく。

 

 ザカリーの手が動く。

 魔術を発動するには動作が必要なため、ユージーンは、それが「強い治癒」だとすぐにわかった。

 緑色の光につつまれた瞬間、体が元に戻る。

 

「やはり失敗のようです」

「失敗ではなかろう。戻ったではないか」

「いえ、薬のほうが……」

「ザカリー! この薬の開発をすることは、断じて許さん! わかったな!!」

 

 ユージーンは、けして狭量ではない。

 が、弟がこんな調子では、一生、栗鼠で過ごすことになる者が出てくるかもしれないのだ。


 そして、それは、おそらく。


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