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こんなことになろうとは 1

 ルーナは、玄関ホールで外套をあずけ、案内役の後ろをついて歩く。

 あまりキョロキョロするのは、みっともない。

 なので、周囲に興味はあったが、横目で見るだけにしておいた。

 

 ユージーンの前で令嬢らしく振る舞ったりしないだけで、教育は受けている。

 しかも、教育係がユージーンだったため、かなりみっちりと叩き込まれていた。

 もちろん、学校もほかの教育係も知らないので、それが不要なほど「みっちり、ぎっちり」だったとは気づいていないのだけれども。

 

 生まれてこのかた、ルーナは、ユージーンしか見ていない。

 我儘はしていたものの、反抗したのは、これが初めてだ。

 覚えろと言われれば、なんでも覚えたし、山ほどの課題も、期限内にすべて終わらせていた。

 ユージーンのことを疑う気持ちなど、露ほどもない。

 

 ユージーンだけが、ルーナの世界の中心なのだ。

 

 ダンスホールかららしい、人のざわめきに、急に不安が押し寄せてくる。

 やはり、ユージーンに反抗するのは後ろめたかった。

 あとで叱られるかもしれないし。

 

 さりとて、女性として、どの程度「魅力」があるのか確かめたい、との気持ちも捨てきれずにいる。

 ユージーンとの婚姻を諦めたくないのだ。

 そのためには、女性として見てもらう必要がある。

 

 自分が「モテた」と言えば、ユージーンも焦ったりするのではなかろうか。

 ちょっとくらいは手放し難いと考えてくれるかもしれない。

 

 そんな気持ちから、ルーナは勇気を振り絞っていた。

 どの道、ここまで来たのだ。

 様子を見て、嫌になったら帰ればすむ。

 ベアトリクスたちが来ていない可能性だってあるのだから。

 

 今夜の舞踏会は、ラシュビー伯爵家の子息が主催していた。

 キャラック公爵家主催だったら、絶対に来ていなかっただろう。

 ベアトリクスの取り巻きであるウォーレンには、髪を引っ張られたことがある。

 

 その後も、なにかにつけ嫌がらせされていた。

 もっとも、社交界デビューの時以来、会ってはいない。

 ルーナは、あまり外には出ないからだ。

 始終、ユージーンの執務室に入り浸っている。

 

(ここがダンスホール……ウチの小ホールくらい……?)

 

 ホール内を見渡して、そう思った。

 おそらく、百人程度、集まるのが限界だろう。

 正面と左右に、大きなガラス戸がある。

 見た感じ、正面は、中庭に通じており、左側は裏庭、右はテラス席になっているようだ。

 

 『知らぬ屋敷に行った際には、必ず逃走経路を確認しておけ』

 

 まったく意味不明だが、ルーナはユージーンに、そう教えられていた。

 安全に見えていても、どこに危険が潜んでいるかわからないから、だそうだ。

 そして、ルーナがユージーンを疑うことはない。

 たとえ意味不明であろうが、言われた通りにする。

 

(裏庭に出てしまえば、あとは転移すればいいだけよね)

 

 無意識に発動している魔力感知で、王宮魔術師がいないのは確認済み。

 伯爵家では王宮魔術師を雇う経済力はない。

 とはいえ、ルーナのように魔力顕現(けんげん)している者もいる。

 近くに複数の魔力を感じた。

 

(でも……おっかしいなぁ……私は、内緒でザカリーおじさまと契約してるから、魔力が与えられてるけど……普通、この歳まで魔力維持はできないはずなのに)

 

 ロズウェルドの魔術師は、国王との契約により魔力が与えられていた。

 魔力顕現していても、魔力が与えられずにいると、やがては尽きる。

 そして、長期間、魔力が空の状態が続くと、最終的に顕現した力が消えるのだ。

 つまり、国王と契約せずにいれば、魔力維持ができなくなる、ということ。

 

(確か、次期当主になる男性は魔力顕現しても、王宮魔術師にはなれないのよね)

 

 基本的に、魔術師は爵位を持てない。

 魔術師になる際、爵位を捨てることが義務づけられている。

 だから、次期当主になることが決まっている者は、家の存続のため、爵位を優先しなければならないのだ。

 

(ということは、当主にならない男性、もしくは女性で魔力持ちがいるのかも)

 

 ルーナの魔力感知の能力では、ホール内に複数の魔力持ちがいることくらいしかわからない。

 もう少し輪の中に入れば、おおまかな場所は特定できるだろうけれども。

 

(まぁ、私も魔力持ちだし、ほかにもいたって、おかしくないのかな)

 

 自分が魔力持ちなので、深く考えないことにした。

 例外は、なににだってあるものだ。

 ルーナの身近にもいる。

 

 大公は、国王と契約をしていない。

 にもかかわらず、大きな魔力を持っていた。

 それもあって、ルーナは「そういう人」もいるのだと思っている。

 幼い頃から懇意にしていたため、大公を特別だとは感じていないのだ。

 

「ねえ、きみ」

 

 いきなり声をかけられ、ルーナは飛びあがるほど驚いた。

 が、表情を作り、内心の動揺を抑え込む。

 これもユージーンの教育の成果だ。

 やろうと思えば、貴族令嬢としての「澄まし顔」もできる。

 とはいえ、振り向いて、さらに驚いた。

 

(ウォーレン……それにコンラッドまで……やっぱり来てたのね……最悪……)

 

 また、なにか嫌がらせをされそうな気がして、心の中でだけ身構える。

 もう「大人」なのだし、軽くあしらってみせる、と気持ちを奮い立たせた。

 彼らも、ダンスホールで騒ぎを起こしたりはしないだろうし。

 

「やあ、きみか! ルーナ! 驚いたな、ちっとも気づかなかったよ」

「本当にね! すごく見違えたじゃないか」

 

 ウォーレン、それに続いてコンラッドまでもが、ルーナに笑顔を見せる。

 どういう風の吹き回しかと、首をかしげたくなった。

 彼らとは、2年前の社交界デビュー以来、会っていない。

 コンラッドの言った「見違えた」との言葉に、少しだけ嬉しくなる。

 自分は「大人」になったのだと確信が持てる気がしたからだ。

 

「あの頃は、申し訳なかったね。私たちも子供だったのだよ」

 

 ウォーレンに詫びられ、ますますルーナは胸が高鳴った。

 もちろん、ウォーレンに、ではない。

 このことを、今すぐにでもユージーンに話したくて、だ。

 

「いいのよ、ウォーレン。過去のことなんて気にしていないわ」

「そう言ってもらえると嬉しいね。それにしても、本当に綺麗になったなぁ」

「そうかしら? 自分のことは、わからないものなのよ」

 

 軽く受け流しつつも、気分が高揚してくる。

 少なくとも、ウォーレンの言葉は、客観的な意見だと言えるのだ。

 近くに居過ぎたので、ユージーンは気づいていないだけかもしれない。

 諦めずに、大人な女性として振る舞ってみせれば、考えを変えてくれる可能性も見えてきた。

 

「今度は、是非、私の主催する舞踏会に来てくれないか?」

「考えておくわ」

 

 行く気など、さらさらないが、当たり障りのない答えを返しておく。

 無駄に機嫌を損ねて、嫌がらせされたくなかったからだ。


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