ぷんすかしてるので 4
なぜこんなことになった。
いや、理由はわかっている。
わかってはいるのだけれども。
ユージーンは、国王であるザカリーに会いに来た。
正式な謁見ではない。
本来、国王と会うには、たとえ兄弟でも手続きというものが必要になる。
さりとて。
ザカリーは、ユージーンを兄として慕っている。
今でこそ立派な国王として、民からも慕われているが、即位直後は、なかなかに大変だった。
なにしろザカリーは王位継承者としての教育をまったく受けていなかったのだ。
そのため、事あるごとにユージーンに泣きついてきた。
文字通り「泣きついて」きたのだ。
『兄上、私には、土台、無理だったのです! 国王の器ではなかったのです!』
などと、涙を、だーだーと流し、訴えてくるザカリーを、なんとか宥めすかし、王位に留まらせ続けた。
それでも、ユージーンに、よそよそしくされるのは耐えられないと、泣く。
それはもう、泣く。
ハンカチ1枚では足りないくらいには、泣く。
だから、しかたなくユージーンが折れたのだ。
ザカリーの私室に「お忍び」で、こっそり出入りをすることにした。
とはいえ、ザカリーとは違い、ユージーンは魔術を使えない。
姿を消すこともできないので、お忍びと言っても、まるで忍べてはいないのだが、それはともかく。
ザカリーの私室付近には、警護のための魔術師だらけ。
どんなにユージーンが「お忍び」していても、見つからないはずがない。
しかも、魔術師たちのほうは、姿を消している。
見られているかどうかも、ユージーンにはわからないのだ。
が、そんなことを、ユージーンは気にしない。
ザカリーが納得するのであれば、それでよかった。
ほかの者に、とやかく言わせるつもりもない。
言われたら、百倍にして返すくらいの口実も考えてある。
「きゃっ! えっ? なんでっ?!」
声に、ユージーンは、びっくりして振り返った。
そして、固まる。
(ああ、まずい……このような時に……)
ルーナが、転移してきたようだ。
しかし、ここはザカリーの私室。
いつものユージーンの執務室ではない。
ただ、ルーナがザカリーの私室にいることが問題なのではなかった。
幼いルーナを抱き、ザカリーの私室に来ることもあったからだ。
ルーナと、ザカリーの息子トマスも、幼馴染みで、よく遊んでいる。
「ここって、ザカリーおじさまの、お部屋よね? なんで、ここに転移しちゃったのかなぁ……ジーンのところに転移したはずなのに……」
ルーナは、転移にだけは長けていた。
失敗などしたことはないはずだ。
本人も不思議そうに首をかしげている。
そんなルーナの目を盗み、机の影から、ユージーンは、そろりそろりと。
「あれっ?!」
しまった、と思う暇もない。
ユージーンの眼前に、ルーナの顔がある。
「どうしたの、栗鼠ちゃん? こんなところで迷子?」
今のユージーンの身長もとい体長、約30センチ
なぜこんな姿なのか。
もちろん理由はあった。
ザカリーの私室を訪れた際、ザカリーは不在。
代わりに、湯気の上がる紅茶が置いてあったのだ。
待たせるのだから茶くらい出しておこう、とザカリーは考えたに違いない。
と、ユージーンは思った。
ユージーンには、物事を自分中心に考える癖があったので。
そして、紅茶を飲んだ。
とたん変化。
真っっ茶っ茶の、ふっさふさした尻尾を持つ栗鼠になっていた。
気づいても、魔術の使えないユージーンには、どうにもできない。
ザカリーが戻るまで待つよりしかたがなかったのだ。
「可愛い~! ふさふさ~」
あっという間に、両手で掴まれてしまう。
こういう時の女性の動きは、なぜか素早い。
(ルーナ……お前もか……なぜ女というのは、こういう生き物を好む……)
「ちっちゃくて、すごく可愛い!」
(俺は、この手のことには耐性がある。もはや、慣れているのだ)
女性というのは、小動物を好むと知っている。
そして、やわらかくてフサフサしている生き物にも弱い。
ルーナが頬を、すり寄せてくる。
ユージーンからすれば「案の定」だ。
以前、薬でウサギに変化した時の経験則がある。
どうせ、次には。
うちゅ。
(やはりな……そうくるであろうと思った。だが、お前の口くっつけ癖には慣れている。慌てはせぬ)
ユージーンは、ルーナの好きにさせている。
繰り返し、ちゅちゅとされても、所詮は栗鼠。
そして、実際、ルーナの「口くっつけ癖」は、いつものことなのだ。
が、次を予測して、ハッとなった。
したぱたしたぱた。
動物の生態に興味を持つのは悪いことではない。
が、ルーナに下半身を覗き込まれ、性別を確認されることには抵抗がある。
ものすごく。
ウサギよりも体が小さいのが幸いだった。
ルーナの手から、するんっと、ユージーンは飛び出すことに成功する。
相手をしてやりたい気持ちがなくはないが、下半身の見分は、ごめんだ。
ササッと調度品の隙間に入り込む。
「あ~……逃げちゃった……強く掴み過ぎて、びっくりさせたのかも……」
落胆した声に罪悪感がわいてくるが、ザカリーが帰ってくると、栗鼠が自分だと露見してしまう。
ルーナの諦めた様子に安堵した。
が、次の言葉に、栗鼠であることも忘れ、飛び出しかける。
「舞踏会に行くって、ジーンに宣言しようと思ったけど、忙しそうだよね……」
(それはやめておけと言ったであろう!)
たしたしたし。
勝手に、足が床を、たしたし、している。
苛立ちが仕草に出ているようだが、ユージーンに自覚はない。
「遅れちゃうから、もう行かないと」
(行ってはならん! ルーナ!)
悲しいかな、今のユージーンは栗鼠だった。
体長30センチの。
言葉だって通じない。
というか、栗鼠に言葉は話せない。
そのため、ユージーンの制止は、ルーナにはとどかなった。
パッと、ルーナが姿を消す。
栗鼠であることも忘れ、追いかけようとしたのだが。
(む)
隙間に体が挟まって、抜けられ、なかった。