ぷんすかしてるので 3
ジークは、父と小ホールにいる。
ユージーンが帰ったあと、2人で、お茶を飲んでいた。
「父上は、どう思ってんの?」
「彼とルーナのことだね」
父は、紅茶を口にしてから、軽く肩をすくめてみせる。
明確な回答はない。
昔から、そうだった。
問いかけに、父が答えない時の「解」が、ジークには、なんとなく、わかる。
親子だから察することができる、というのとは違う気もするのだが、なぜわかるのかは、わからなかった。
2人の婚姻は難しい。
父は、そう考えている。
ということは、かなり難しい、もしくは無理。
父の正しさを、ジークは疑ったことがない。
これも、親だから無条件に信じている、というのではない気がしているのだが、とっくに考えるのはやめていた。
父と自分との関係は、親子との言葉では片づけられない。
妹のシンシアティニーとは、絶対的に何かが違うのだ。
だが、そうした感覚にジークは肯定的だったので、深く追求せずにいる。
父が大好きだったし、尊敬もしているからだった。
「でもサ、オレ、ジーンはルーナのこと、好きだと思うんだよな」
ふっと、父が笑う。
母といる時とは異なり、ジークといる際、父は多くを語らない。
それでも、必要なことは教えてくれる。
言葉ではなく、表情や仕草であることも少なくなかった。
とはいえ、ジークには「わかる」のだから、問題はない。
「女として見てねーってのも、どうだかなーってカンジ」
「彼自身、わかっていないのかもしれないね」
「自分のことなのに?」
「自分のことだからさ」
そういうものか、と思う。
ジークにとって、他人より自分の感情のほうが分かり易いものだった。
人は、何を考えているか、わからない。
けれど、自分が何を考え、思っているかは、明白だと感じるのだ。
今はまだ。
「ところで、きみは、なぜ彼がルーナを好きだと思ったのかな?」
「だって、ジーンは宰相だろ? 王族だし、王宮魔術師を、いくらでも使える」
「つまり、ルーナを本気で拒絶する気なら、転移疎外をかけているはずだと考えているのだね」
「そーいうこと」
ユージーンは、ルーナの転移を阻止しようとはしていない。
言葉で拒絶しているだけだ。
それも、話を聞いている限り、毎日のように律儀に「断って」いる。
父が言ったように、本気で拒絶するのなら、ルーナの転移そのものを、疎外してしまえば、手っ取り早いのに。
「間違いではないが、それは少し根拠に薄いよ、ジーク」
父が、穏やかに微笑んでいた。
ジークは、父に叱られたことはない。
いつも、こんなふうに穏やかに諭される。
「彼は、ルーナの世話をしてきたのだからね。娘のような愛情をいだいていても、おかしくはない。その気持ちから、拒絶しきれずにいる、ということも、ありうるだろう? 実際、彼はルーナを女性として見ていないと言っているからね」
「そっか。拒絶できねーってのは、惚れてるってのと同じじゃねーんだな」
「そうだよ」
言ってから「ん?」と思った。
ジークは、父に首をかしげてみせる。
「父上は、ジーンがルーナを好きなんじゃねーかって思ってるんだろ?」
「私には、確固とした根拠があるのさ」
ゆるく笑みを浮かべた口元に、ちょっと不貞腐れたくなった。
その「根拠」とやらを、父が教えてくれないと、わかっていたからだ。
簡単に答えは渡さず、ジーク自身に考えさせようとする。
ジークは深く物事を考えるのが苦手なので、ちょっぴり不満に感じるのだけれども。
「レティと散歩の時間だ。悪いね、ジーク」
父が、ティーカップを置いて立ち上がった。
こうなると、誰も父を引き留めることはできない。
父の最優先は、いつだって母なのだ。
扉の向こうに消える父を見送ってから、ジークも立ち上がった。
パッと、姿を変える。
真っ黒な烏。
ジークには、生まれながらに、特別な能力が備わっていた。
幼い頃は、無意識に使っていたが、今は意識的に使える。
変転というのだと、父から聞かされていた。
ジークの知る生き物であれば、どんなものにでも体を変化させられる力だ。
魔術とは違い、魔力は必要ない。
烏姿なのは、ジークの好みの問題。
昔は、蝶や鹿、蛙になったりすることもあった。
が、最近は、烏がお気に入りなのだ。
なんとなく「しっくり」くる。
烏姿で、ジークは、屋敷の扉も壁も、すり抜けた。
変転している間、ジークを遮ることのできるものはない。
ただ、ジークも魔力顕現しているため、魔術師に感知はされる。
だから、王宮には、あまり近づかないことにしていた。
ジーク自身、外にいる時は、常に魔力感知を行っている。
「ジーク、私、これから出かけるの」
「どうせジーンのとこだろ?」
烏姿で現れても、ルーナは、少しも驚かない。
慣れているからだ。
1歳上のルーナとは幼馴染みであり、ほとんど生まれた頃から知っている。
5歳くらいでジークは変転が使えるようになっており、ルーナの前でも、平気で姿を変えていた。
そのため、ルーナも、ジークの変化を、あたり前に受け止めている。
「また“ふられ”に行くのか?」
「まだ、ふられてないわよ! 私、諦めてないんだからね!」
「お前が諦めなくても、ジーンが振り向かなきゃ意味ねーだろ」
「だから、ジーンに会いに行く」
ルーナは、いつものシンプルな服とは違い、ドレスを着ていた。
どうやら夜会にでも行くらしい。
「ジーンと夜会に行って、どうすんだよ? 色仕掛け?」
「そんなんじゃないわ。ジーンが、私を女性として見られないって言うから……」
「やっぱり色仕掛けじゃねーか」
「違うって言ってるでしょっ!」
ふわっと、ジークは飛び上がる。
危うくルーナに、叩き落とされそうになっていた。
ルーナは「暴れん坊」なのだ。
「私が行くのは、夜会じゃなくて舞踏会! ジーンと一緒には行かないの!」
きょとんとなるジークの前で、パッとルーナが姿を消す。
ルーナは、あまり魔術を使えないが、転移だけは得意だった。
どんな些細な魔術でも、使う前には魔力が揺れるものなのだが、それがない。
だから、いつだって引き留める間もないのだ。
「ジーンと一緒じゃねーって……? ルーナの奴、なにする気なんだか」