ぷんすかしてるので 2
どうやったら、ユージーンの意識を変えられるのか。
ルーナは、部屋にこもって、もとい、ベッドに寝転がって考えている。
(女として見てないって、ジーンは言ってた……私って、そんなに“イケて”ないのかなぁ……誰かに聞くのも……)
ほかの男性に、自分は女性として魅力があるのかどうかを訊いてみたい。
が、ルーナの周りには訊ける相手がいないのだ。
父は「可愛い」と言うに決まっているし、ジークはアテにならないし。
「大公様は、レティ様しか見てないもんね」
おそらく悪い評価はせずにいてくれる、とは思う。
とはいえ、本音かどうかは不明。
大公は、掴みどころのない人なのだ。
それに、評価の方法が、父と似たり寄ったりという気もする。
大公の娘とは、たいして歳も違わないので。
「うーん……」
気は進まないが、ひとつだけ考えがあった。
身近な男性をアテにできないのなら、身近でない男性に訊くしかない。
それも、歳が近いことが条件となる。
年上過ぎると、儀礼的な返答しかもらえない可能性が高いからだ。
「夜会には、お父さまの知り合いも、大勢いらっしゃるから駄目だわ」
だいたい、夜会は貴族の公の社交場。
子息たちも来ていることは多いが、本音を口にはしない。
言葉を飾り、なんでも遠回しにして、意味さえぼやかせる。
それが「礼儀」らしいが、ルーナの目的は果たせそうになかった。
ルーナは自分がどう見えるのか、本音が訊きたいのだから。
「すっごく嫌だけど……ジーンとの婚姻のためだと思えば……」
ルーナは立ち上がり、書き物机の上に置いていた封筒を手にする。
封蝋に押されている印璽を見て、顔をしかめた。
この手の封書は、7日に1度の割合で届く。
いつもは、破り捨てていた。
舞踏会の招待状。
舞踏会といっても、正式なものではない。
若い貴族たちで集まる、言うなれば「娯楽」のパーティ。
舞踏会という名を借りた「サロン」だと知っている。
男性は女性が目当てだし、女性も誘われることが目当てなのだ。
公の夜会でも、知り合ったその場で体の関係を結ぶことはあるらしい。
とはいえ、人目を忍び、ひっそりとホールから消えるのが定番とされている。
対して、招待状に記載の舞踏会は、礼節を重んじたりはしないのだそうだ。
大っぴらに誘ったり誘われたり、人目もおかまいなしに、明らかにベッドのある部屋に向かう者も少なくないと聞く。
ルーナは、そうした舞踏会には、まったく興味がなかった。
ユージーン以外に、心を惹かれる相手もいなかったので、わざわざ「誘われ」に行く必要を感じずにいたからだ。
むしろ、親たちの目を盗み、馬鹿騒ぎをしている者たちを、嫌っている。
ユージーンに育てられたと言っても過言ではないルーナにも、似た真面目さと、細かさが身についていた。
勉強に関しても、貴族学校に行くより、ずっと知識を得ている。
試験をすれば、オールAで卒業できることは間違いない。
ただ、ルーナは、それがあたり前だと思っていて、自分が、特別に頭がいいとか真面目だとか、思ったことはない。
ユージーンには、どうしたって勝てないのだから、自身に対する評価を低くしてしまうのもしかたがないことだった。
「トリシーやウィンも来てるんだろうなぁ……」
考えると、いよいよ憂鬱にはなってくる。
ベアトリクスには、貴族学校のことでも、社交界デビューの時も意地悪をされている。
なにかと目の敵にしてくる理由が、ルーナにはわからない。
それが家柄によるものだなんて、想像もせずにいる。
「でも、そうも言ってられないよね」
ひとまず、招待状を机の上に戻した。
それから、パッと転移する。
ユージーンの執務室だ。
(一応……ジーンの気が変わってるかもしれないし……)
舞踏会に乗り気ではなかったため、なにか「口実」がほしかったのだ。
自分の気持ちを奮い立たせる必要もあった。
ユージーンの考えが変わっていないかを確認する。
そして、変わっていなければ舞踏会に出席してみる。
「どうした、ルーナ」
ルーナの緊張感が、伝わったらしい。
ユージーンは、いつもと違い、書き物をやめ、顔を上げた。
「私は、ジーンと婚姻したいの。ジーンがいい」
「お前のそれは、刷り込みだ」
「刷り込み?」
「鳥など1部の生き物は、生まれ落ちた際、最初に見たものを、親だと思い込む」
ユージーンの言葉に、ルーナはムッとする。
つまり、ユージーンは、ルーナが「勘違い」をしていると言いたいのだ。
もしくは「親離れ」できない子供のように考えている。
「ジーン、カッコウという鳥を知ってる?」
「むろんだ」
「なら、カッコウが托卵をするのも知ってるわよね? 仮親は、自分よりもヒナが大きくなっていることに、いつまでも気づかないのよ?」
自分は大人になったのだ。
そのことに気づいてほしい、という意味をこめていた。
「それは、仮親にとって、どんなに大きくなろうが、子は子だと認識しているからであろう。成長に気づいていても、変わらぬ、ということだ」
むかあっと、本気で腹が立つ。
言葉でも、理屈でも、ユージーンには勝てない。
そしてルーナが何を言おうが、大人だとも女性だとも、認めてもらえないのだ。
腹が立って、頭にきて。
悲しかった。
だから、勢いに任せて言う。
「私は大人の女性よ! 舞踏会で、それを証明してみせるから!」
「舞踏会だと? やめておけ。あのような、くだらん馬鹿騒ぎに行ったとて、碌なことにはならんぞ」
ルーナだって、行きたくて行こうとしているのではない。
自分の「魅力」について明確にしておきたいだけなのだ。
「碌なことにならないなんて、わかんないでしょっ?! それに、ジーンには関係ないじゃない! ジーンは、私を女性として見てないんだから!」
「ルーナ!」
ユージーンの声を振り切って、転移で屋敷に戻る。
ルーナは、肝心なことに気づいていなかった。
ユージーン以外の男性に「魅力的」だと判断されても意味がないということに。