表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/80

ぷんすかしてるので 1

 

「いいじゃねーか、婚姻くらいしてやったって」

「婚姻くらいとは、なんだ。そのような簡単な話ではないのだぞ、ジーク」

「彼の言う通り、としか言えないのが残念だね」

 

 ユージーンは、ローエルハイドの屋敷に来ている。

 ルーナのことを相談するためではなかった。

 ルーナの言った「おたんこなすび」の意味を聞き取りに、レティシアに、会いに来たのだ。

 

鈍間(のろま)や出来損ないという意味であったか。ならば、俺は、おたんこなすび、ではない。ルーナにも誤解を正しておかねばならん)

 

 すでに聞き取りは終わっているのだが、帰り際にジークに呼び止められている。

 結果、小ホールで、大公とも顔をつきあわせるはめになった。

 大公は、ユージーンから初恋の相手であるレティシアを奪った相手だ。

 

 大公さえいなければ、おそらく彼女は自分と婚姻していた。

 とユージーンは思っている。

 

 さりとて、ユージーンの初恋は終わっていた。

 振り切るのに十年ばかりかかったのだが、それはともかく。

 

 今ではレティシアを「遠縁の者」として扱っている。

 まったくの赤の他人というわけでもないからだ。

 気軽な話し相手でもあり、しばしば「新語」の聞き取りをするため、会いに来ていた。

 ユージーンは「民言葉の字引き」を編纂中なのだ。

 

 マジ、ヤバい、ウザい。

 これは、ユージーンがローエルハイドの屋敷で覚えた言葉だった。

 ロズウェルドにはない言葉で、屋敷ではレティシア語として認識されている。

 字引きを作ることで、貴族言葉にはない表現の豊かさを国にもたらすだろうと、ユージーンは考えていた。

 

「でもサ、四六時中、一緒にいるんだぜ? 婚姻してるも同然じゃねーの?」

 

 ジークの言葉に、ユージーンは首を横に振る。

 大公も、少し苦笑いを浮かべていた。

 ジークは、2人の反応の意味がわかっていないのか、首をかしげている。

 その仕草に、ユージーンの中で、いつかの光景が蘇った。

 

 『子ができたらって話か?』

 『できちゃいけねーの? オレ、ちょっと見てみたい』

 

 従兄弟であった少年の、無邪気な言葉。

 その時も、ユージーンは同じ返事をしたのだ。

 

 簡単ではないのだ、と。

 

 あの時は、大公とレティシアの話をしていた。

 今は、自分とルーナだ。

 どのような巡りあわせか、と思う。

 

(あの折は、俺が大公に業を煮やしていたが……俺も変わらんな)

 

 ユージーンにも、かかえているものがあった。

 そこから逃げることはできない。

 そして、逃げるつもりもなかった。

 生まれながらに背負ってきたし、自分は「そういう者」だと自覚している。

 

 ユージーンは、王なのだ。

 

 たった1人、その事実と向き合ってきた。

 王であるがため、大事に想ってきた者の手すら放している。

 それほどまでして、守ってきたものがあった。

 いずれ責任は果たさなければならない。

 

(初めて、この屋敷を訪れた頃は、俺も簡単に考えていられたのだが)

 

 体は大人になっていても、心は、まだ幼かったのだ。

 すべて自分の思う通りになると、先々のことに不安のひとつもいだかずにいた。

 けれど、実際には、なにも思う通りにはならなかった。

 1人では着替えもできず、道に迷い、自分で考えることもせずにいたからだ。

 

 自分の愚かさを、ユージーンは、未だに悔いている。

 

 忘れてはいけないと思っていた。

 覚えていなければ過ちを繰り返し、大事な者を失う。

 

 したいことと、できることは違う。

 できることと、すべきことも違う。

 やりたくないことと、すべきことも、また違うのだ。

 

「以前、私がした提案について覚えているかい?」

「覚えている」

 

 16年前から、ユージーンが、かかえている悩み。

 その解決策として、大公は、ひとつの案を提示している。

 とはいえ、大公から率先して示してきたのではない。

 ユージーンが、無理に訊いたのだ。

 

「俺も、ひとしきり考えてみたのだがな」

「なにもかもが丸くおさまる結果は得られない」

「そうだ。どの道を辿っても、行き止まりにしかならん」

 

 大公から訊いた際、ユージーンは散々に頭を悩ませている。

 が、結果は、大公の言う通りだった。

 誰もが納得する答えには辿り着けない。

 

「そもそも、ルーナのことを、きみは、どう思っているのだね?」

「好きなんじゃねーのか? 嫌いなら(そば)に置いとかねーだろ?」

「ああ、そういう意味ではないよ。私が訊いているのは女性として、彼女を、どう思っているか、ということさ。きみだって、女性として見ていない相手とベッドをともにはできないだろう?」

 

 とたん、ジークが、うえっと声を上げる。

 なにやら気まずげに、肩をすくめていた。

 

「父上には、なんでもお見通しかー。オレだって、もう15なんだしサ……」

(とが)めてはいないから、安心おし」

「まぁね。わかってんだけどね」

 

 そうか、と思う。

 ジークは、従兄弟の歳に近づいていた。

 来年には追い付き、そこから先は追い越していくばかりだ。

 従兄弟に女性経験があったかはともかく、今のジークにはあるのだろう。

 

「あ! そこか! そーいうこと」

「そうだよ」

 

 ユージーンも、形だけの婚姻をするつもりはない。

 なにもなく、ただベッドで眠るだけなら、1人でかまわないのだ。

 

あれ(ルーナ)のことは、大事に思っている。可愛いとも思うが、女としては見ておらん」

「へえ、そうかい」

 

 大公が、ひょこんと眉を上げる。

 なにか意味有りげではあったが、ユージーンは、問い(ただ)さなかった。

 どうせ訊いても返事などしやしないと、わかっている。

 大公は、常に、どっちともとれるような言いかたをするのだ。

 言葉だけを投げつけて、あとは相手が判断すればいいと考えているらしい。

 

「ルーナが可愛いってのは、オレも同感」

「ジークは、彼女と婚姻したいのかな?」

「それはナシ。幼馴染みだし、可愛いってのは認めるけど、オレの好みじゃねーんだよ。あいつ、すげえ暴れん坊だからな」

 

 今度は、ユージーンが深くうなずく。

 ルーナが暴れん坊だというのは確かだと、誰よりも知っていた。

 つい最近、歴史書を、ぶん投げられたばかりだったので。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ