一刀両断 4
「婚姻してってば!!」
「断る!!」
ユージーンは、顔を上げもしない。
しっかりと返事をしながらも、書き物机で、仕事をしている。
こんなやりとりが、すでに7日は続いていた。
が、ルーナが、どんなに縋っても、ユージーンは首を縦にしてくれない。
かと言って、ルーナだって諦められないのだ。
物心つく前から、ルーナの心は、ユージーンでいっぱい。
ほかの誰にも目移りしたことなんてなかった。
父が連れてくる貴族の子息にも、興味は示さずにいる。
実際、興味がなかったし。
ロズウェルドでは、14歳になると大人として扱われる。
それでも、16歳になるまでは、なにかにつけ親の承諾が必要だった。
自分の意思で判断できると認められるのは、16歳からだ。
逆に言えば、16になれば、なんでも自分で決められる、はず。
仮に、父が反対をしたとしても、ユージーンさえうなずいてくれれば、いつでもルーナは婚姻できる。
そのためにこそ、16になるまで、ひたすら待った。
反対されることはないだろうと思ったが、万が一を考えたからだ。
なのに。
「私のどこが駄目なのっ?! 不満があるなら言って!!」
「不満などない」
「だったら……」
「だが、断る!」
ユージーンの意思は固い。
が、ルーナの意思も固い。
互いに、一歩も譲らずにいる。
「俺は、折れんぞ。何百年待っても無駄と知れ」
「私だって諦めない。何千年でも待つわよ。ジーンが骨になってもね!」
「ならば、骨は砕いて粉にする。その粉はサハシーの湖にでも投げ捨てるよう遺言しておく」
ユージーンに教育されたルーナは、あらゆる分野に精通していた。
言語能力にも長けており、父などは、まるきり相手にならないほどだ。
ルーナに口で勝てる者は、とても少ない。
さりとて、ユージーンには、勝てた試しがなかった。
これ以上の「返し」はないだろうと思っても、その上を行かれてしまう。
もとより、ユージーンの細かさが、ルーナを育てているのだから、当然なのだけれど、それはともかく。
どうして、ここまで拒絶されなければならないのかが、ルーナにはわからない。
貴族学校の時も、社交界デビューの時も、ほかのどんなことも、ユージーンは、ルーナの望みを叶えてくれた。
思い返す限り、拒絶されたり、受け入れてもらえなかったりしたことは、1度もないのだ。
(そりゃあ、婚姻が、普通のお願いとは意味が違うことくらい、わかってる)
大きなクマのぬいぐるみが欲しいとねだるのと、同列では語れない。
ちゃんと、人生における大きな決断だという自覚がある。
婚姻をすれば、今まで生きてきた時間より長い時間を、その相手と、ともにすることになるのだ。
(私は16年間ずっとジーンの傍にいたもの。ジーンだって、嫌がってなかった)
言われるまでもなく、ユージーンには大事にされていると思っていた。
なにしろ、ルーナは、これまでユージーンに叱られたことがない。
面倒そうにされたり、鬱陶しがられたりもしなかった。
諭される場合はあるにしても、声を荒げるユージーンなど見たことがないのだ。
自分が傍にいるのを嫌だと感じていない証拠ではないか。
それに、と思う。
(ジーンは、人にさわったり、さわられたりするのが嫌い。でも、私は別だもん)
いつからかは、わからない。
ただ、ユージーンの行動を見ていて気づいたのだ。
ユージーンは、人にふれたり、ふれられたりするのを好まない。
親密かどうかに関わらず、嫌がっている節がある。
けれど、ルーナだけは別だった。
ユージーンからも言われているように、湯に入れてくれたり、着替えを手伝ってくれたりする。
子供だったから平気、というのでもないようだ。
去年、ロズウェルドの一大観光地であるサハシーに旅行に行った。
ルーナは、15歳であり、とても子供というような歳ではない。
それでも、ユージーンは、着替えを手伝ってくれたのだ。
未だに、抱っこをせがめば、いつだって抱き上げてくれるし。
(もお! なんで、婚姻だけ駄目なのっ?! 意味わかんない!)
ユージーンは、ルーナを「女として見られない」と言っている。
さりとて、そんなものは、どうにかなる気もしなくもない。
嫌われているというのならともかく、好意はあるに違いないのだ。
正直、ユージーンの言う「女として見られない」の言葉に実感がなかった。
ルーナのほうは、ユージーンを男性として見ている。
「ジーン! 口づけして!」
ユージーンが、ようやく顔を上げた。
目を少し細めて、ルーナを見ている。
「昨日も一昨日も、その前もしたであろう。よいか? お前の、その口くっつけ癖は、今に始まったことではない。3歳の頃から変わらん」
「私、もう16よ!」
「したければ、すればよかろう。何を今さら。いつも、俺に許しなど得ず、勝手にしているではないか」
「そ、それは、その……そ、そうじゃなくて……」
ルーナとしても、さすがに具体的に注文をつけるのは恥ずかしかった。
そこは察してほしいところだ。
ルーナは「口づけ」がしたいのであって、単に、口をくっつけるだけのものでは、意味がない。
「どうした? すればよいと言っている。いくらでもするがいい。だが、俺を懐柔することはできんぞ」
年頃の女性の気も知らず、平然と言い放つユージーンに腹が立った。
ローエルハイドの屋敷で、ユージーンの女性受けが悪いのもうなずける。
ユージーンを男性として見ていなかった頃は、不思議に思っていたけれども。
「ジーンの馬鹿! わからず屋! 石頭っ! あんぽんたんっ!」
ルーナは幼い頃から大叔母のいるローエルハイド公爵家によく出入りしていた。
屋敷の主である大公の妻、レティシアとも懇意にしている。
そのため、ロズウェルドでは一般的でない言葉も数多く知っているのだ。
「朴念仁! おたんこなすびッ!!」
がたっと、ユージーンが立ち上がる。
勢いで言い過ぎてしまったと、ルーナは少しだけ後悔した。
ユージーンのことは大好きだし、婚姻も本気だ。
それを、わかってほしいだけだった。
ユージーンに怒られないからと、何を言ってもいいとは思っていない。
だから、謝ろうとしたのだが。
「ルーナ、今のはなんだ? おたんこなすびとは、どういう意味だ? 茄子というのは野菜のことであったか? 野菜と俺と、どのような関係がある?」
イラっとした。
ユージーンには、こういうところがある。
わからないことがあると、相手の歳に関わらず、食いついてくるのだ。
「知らない! レティ様に聞いて!!」
ルーナは、そう言い捨てて、パッと転移で姿を消した。