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一刀両断 3

 

「僕は、乗らないよ」

 

 レオナルド・ルノーヴァは、公爵家の子息であるウォーレン・キャラックの提案を、にべもなく断る。

 ウォーレンが顔をしかめたが、気にしない。

 ルノーヴァは伯爵家で、キャラック公爵家の下位貴族だ。

 だからといって、なんでも従属する必要はないと、思っている。

 

 もとよりウォーレンは、レオナルドより2つ年下の20歳。

 貴族学校を、まともに卒業できたのは、レオナルドのおかげなのだ。

 課題を手伝ってやったり、試験に出そうなところを教えてやったりと、なにかにつけ「貸し」がある。

 この間も、賭けカードの負けを取り返してやったばかりだ。

 

「俺は乗る」

 

 コンラッド・ラスキンの言葉に、ウォーレンが青い瞳を輝かせた。

 コンラッドは、いつもウォーレンの調子に合わせる。

 ラスキンも伯爵家であり、レオナルドと同じキャラックの下位貴族だ。

 さりとて、レオナルドとは違い、ウォーレンには「貸し」がない。

 そのため、従属せざるを得ないのだろう。

 

(頭の悪い奴が、何人集まろうと、良い知恵が出るわけではないのにね)

 

 レオナルドは、2人を、冷めた目で見ている。

 薄茶色の髪と瞳は優しい雰囲気をまとっているが、内心は皮肉屋なのだ。

 ほとんどの貴族を蔑んでいると言っても過言ではない。

 爵位により、キャラックなんぞの下位貴族に甘んじていなければならないことを恥だと感じるほどだ

 

 この2人と同等に見られるのが、レオナルドにとっては屈辱だった。

 とくに、ウォーレンの従僕扱いされることに、大きな不満をいだいている。

 ウォーレンは勝手に勘違いをして「頼りになる友人」と思っているらしい。

 だが、レオナルドには、そんな気は毛頭ないのだ。

 しかたなく一緒にいるだけで、本音は真逆。

 金髪に碧眼という、いかにも「貴族」なウォーレンが大嫌いだった。

 

 川遊びに行けば、溺れ死ねばいいと思う。

 狩猟では、コンラッドに誤射されればいいと思う。

 夜会でも、痴話喧嘩に巻き込まれ、刺し殺されればいいのにと思う。

 

 すべてが万事、そういう方向で思考していた。

 レオナルドは、生まれにより定めが決まる、貴族社会の有りかたを、心の底から忌避(きひ)している。

 

(僕が、ローエルハイドに生まれていれば、違う生きかたができていたろうに)

 

 孤高にして、唯一無二の貴族。

 何者にも縛られず、自由かつ偉大な公爵家。

 レオナルドは、12年前、十歳になった年に、ただ1度だけ見た、その姿を思い出す。

 それは、偶然だった。

 屋敷を抜け出して街に行き、たまたま裏通りに入り、目にしている。

 

 黒髪、黒眼。

 

 遠目からでも、はっきりとわかった。

 あれが「そう」なのだと、頭ではなく、体で理解したのだ。

 史実で知ってはいても、現実感は乏しく、正直、ただの伝説だと思っていた。

 なのに、見た瞬間に、わかった。

 

 ジョシュア・ローエルハイド。

 

 ロズウェルドで、その名を知らない者などいない。

 国を救った英雄と(うた)われている。

 レオナルドは、その光景に、ただ目を奪われていた。

 

 ジョシュア・ローエルハイドこと、大公は、金髪の男性と一緒で、その男性は、腕に子供を抱いていた。

 2人は、なにか言い争っていたようだが、その関係が、悪くないものだと感じたことも覚えている。

 あの大公を相手に言い争える者なんて、そうはいない。

 

 のちに、その男性がロズウェルドの宰相、ユージーン・ガルベリーだと知った。

 腕に抱かれていた子供が誰であったのかも、今は知っている。

 

「あの赤毛に思い知らせてやれば、トリシーも私の求婚に応えてくれるのじゃないかと思うのだが」

 

 ウォーレンの視線が煩わしかった。

 彼が誰に求婚しようが、レオナルドには関係がない。

 レオナルドの知恵に(すが)ろうとする、ウォーレンの態度も癪に障る。

 なにより「あの赤毛」に「思い知らせる」つもりなど、なかった。

 

「レニー、ウィンの婚姻がかかっているのだし、助けるのが仲間ってものだ」

 

 淡い金髪を飛び跳ねさせている、うすのろのコンラッドも煩わしく苛立たしい。

 上位貴族に(へつら)うのは勝手だが、自分まで巻き込むのはやめろ、と言いたかった。

 コンラッドの赤茶色の瞳を、冷ややかに見つめて言う。

 

「いいかい、コート。仲間であるからこそ、したくないことは、はっきり言うことにしているんだ、僕はね」

 

 言いながら、ふと考えた。

 この2人は「あの赤毛」の後ろに誰がいるのかを、知らないのだろうか。

 教えて、止めてやるのが「仲間」ではあるのだろうが。

 

(彼らが殺されようが、痛めつけられようが、僕の知ったことじゃあないね)

 

 むしろ、いなくなってくれたほうが、清々する。

 それでも、自分に火の粉が降ってくるのは避けるべきだとも思った。

 レオナルドは、2人に忠告だけは与えておく。

 

「きみらもさ、か弱い女性を襲うだなんて野蛮な真似は、やめておくことだ」

 

 ウォーレンは、リディッシュ公爵家のベアトリクスに、昔から惚れている。

 あんな金髪だけが取り柄で、爵位を鼻にかけることしか能のない女のどこがいいのか、レオナルドには、わからない。

 確かに、外見はいいのだろう。

 夜会でも、常に、子息どもに、ちやほやされている。

 

(金髪の女性が、みんな、頭が空ってわけじゃない。トリシーが、頭も尻も軽い女というだけのことだ)

 

 ベアトリクス・リディッシュについても、レオナルドは、冷ややかだった。

 彼女が高慢で、気位の高い、鼻もちならない女だと知っている。

 爵位は同じだというのに「格上」であるのが気に入らないらしく「あの赤毛」をベアトリクスは大層に嫌っていた。

 

(あの女のせいで、結局、彼女は貴族学校に来なかった)

 

 当時「あの赤毛」は6歳で、レオナルドは、12歳。

 2年前、宰相に抱かれていた子供だと、すぐにわかった。

 

 ルーナティアーナ・ウィリュアートン。

 

 大派閥であり、由緒正しい公爵家の1人娘だ。

 貴族は多いが、他の追随を許さないくらい、その「格」は飛び抜けている。

 だからこそ、嫉妬と羨望に(さら)されずにはいられないのだけれども。

 

「私は、なんとしてもトリシーと婚姻したいのでね。お前がいなくても、やるさ」

 

 ウォーレンは、コンラッドを味方につけ、強気になっているらしい。

 ともあれ、コンラッドは、剣の腕だけは近衛騎士並みなのだ。

 レオナルドは、ウォーレンの私邸に呼びつけられていたのだが、もう用はないとばかりに、イスから立ち上がる。

 

「結構。好きにするがいいよ。ただし、僕は、友情から、きみらを止めた。それは、覚えておいてもらいたいね」

 

 もちろん、彼らのことなど、どうでもよかった。

 が、自らの立場を考えると、宰相に告げ口をするのもやめておくことにする。

 成り行き次第で、どう立ち回るかを考えればいいと思いながら、レオナルドは、部屋を出て行った。


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