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一刀両断 2

 

「だが、断る!」

 

 きっぱりと、ユージーンは、ルーナの求婚を却下する。

 泣くかと思ったが、ルーナは泣かなかった。

 ぷっと頬をふくらませ、怒った顔をしている。

 

「なんでっ?! ジーン、独り身でしょっ? もう38なのに婚姻してないし!」

「そうだ。俺は、好きで独り身をやっている。まだ婚姻など考えておらん」

 

 ルーナが大人になったのは、わかっていた。

 間近で成長を見てきたのだ。

 気づかないはずもない。

 14歳の頃に比べれば、見違えるほど女性らしくなっている。

 

 さりとて。

 

「そもそも、俺は、生まれた頃から、お前の世話をしてきたのだぞ。トラヴィスに負けぬほど、お前の父親と言ってもいいほどだ」

「ジーンを、父親だと思ったことなんてないもんっ!」

「だが、現に、俺は、お前の育ての親であろう? 食事をさせ、寝かしつけ、本を読んでやり、着替えさせ、教育もした」

 

 ユージーンは、ルーナを、16年間、見守ってきた。

 大事に思ってはいる。

 だからこそ、ルーナの気持ちには応えられない。

 ルーナは、ユージーンにとって、育ての子であり続けるべきのだ。

 

「私、もう大人になったのよ?」

「だから、なんだ?」

「お、男の人と、ベッドをともにすることだって、できるんだから!」

「それが、どうした?」

 

 むうっと、ルーナが顔をしかめる。

 これで大人と言われても、と思った。

 ルーナは、5歳の頃と同じ顔をしている。

 ご機嫌斜めの時に見せる表情だ。

 

「ジーンとだって、できる!」

「できん」

「できるもんっ! ジーンとなら……」

「俺ができん!」

 

 ルーナのこれは、勘違いに過ぎない。

 命に関わらない流行り病のようなもので、時期を過ぎれば落ち着く。

 1番身近な男に、恋をしていると思い込んでいるだけなのだ。

 本物の恋を知れば、間違いだったと気づくだろう。

 

「私、そんなに魅力ないっ? 胸だって、そこそこあるし、背中だって、すべすべよっ?!」

 

 いやに肌を露出した服を着ているとは思っていた。

 これは、そういうことだったのかと、頭が痛くなる。

 ルーナは、ユージーンを「誘惑」しようとしていたのだ。

 額を押さえ、ふう…と、ユージーンは溜め息をつく。

 

「ルーナ……俺が、いったい、いつからお前を湯に浸からせていると思っている。お前の裸なんぞ見慣れて……いいや、隅から隅まで、知っているのだぞ。今さら、どこを見ろと言うか」

「お風呂に入れてもらってたのは、十歳までよ! それに、私がどれだけ変わったかは、知らないでしょっ?」

 

 ルーナが転移してくるのを日常のこととして、13年を過ごしてきた。

 3歳から、この執務室には、いつもルーナがいたのだ。

 歴史や文化に芸術、ダンスに、馬の乗りかたから釣りまで、すべてユージーンが教えている。

 はっきり言って、ルーナのことで知らないことなど、なにもない。

 

「お前のドレスを、俺は、いつも正しくあつらえているだろ? それがなぜかを、考えてみよ。お前の背丈、肩幅、胸の大きさから、腰の細さ、足の大きさまで、みな、知っているからだ」

 

 ユージーンは、ある意味、とても真面目。

 ルーナの転移を止められないのなら、自分が世話をすると決めた。

 そして、決めたからには、とことんやるのが、ユージーンなのだ。

 執務室の家具は、今でも、すべての角に弾力性のある布が巻かれている。

 幼いルーナが怪我をしないようにとの配慮した名残だった。

 

 特注で作らせた湯船までもがある。

 確かに、湯に浸からせていたのは十歳までだが、未だに着替えさせてやることも少なくなかった。

 

「去年の夏、サハシーに行った時も、そうだ。お前の代わりに服のボタンを留めてやったのは、俺だ。お前とて、俺の前で、平気で服を抜いでいたではないか」

「そ、それは……久しぶりに、ジーンと一緒のお出かけだったから、つい……」

「お前が、俺を男と見做(みな)しておらん証拠だ」

「そんなことない! 私は、ジーンのこと大好きだもん!」

 

 好きにも、種類が色々ある。

 ユージーンも、昔は知らなかった。

 家族、友人、仲間に対する「好き」と恋愛のそれは、決定的に違うのだ。

 体は成長しても、ルーナは、まだ心が子供で、わかっていない。

 家族に向けるのと似た「好き」を、恋愛の「好き」と取り違えている。

 

(実際に、あればかりは経験してみねば、わからぬものではあるが)

 

 初恋を経験するまで、ユージーンは恋なんていう感情とは無縁でいた。

 くだらないと思っていたし、自分には関係がないとも感じていた。

 が、意図せずして、ユージーンは恋に落ちたのだ。

 知らぬ間に心を奪われ、とらわれ続けた。

 

 恋というのは、楽しいことばかりではない。

 つらいことも、苦しいこともたくさんある。

 それでも諦められず、どんなにみっともなくても、(すが)らずにいられなかった。

 振り向いてほしくて必死になって、なのに、やはり相手の幸せを願ってしまう。

 

 ルーナが、そんな恋心を、自分にいだいているとは思えない。

 外を知らないだけなのだ。

 

「お前のことは大事に思っている。だが、婚姻はできん」

「まだ、婚姻したくないから?」

「それもあるがな。それよりも、大きな理由がある」

 

 ルーナの目を見つめて言う。

 

「俺が、お前を、女として見ておらんからだ」

 

 見開かれた瞳に、胸が痛んだ。

 とはいえ、できないものはできない。

 ルーナには、ちゃんとした恋をして、幸せな婚姻をしてほしいと思っている。

 自分ではない誰かと。

 

「大人になったのであれば、わかるはずだ」

「……大人になったけど……わかんない……」

 

 ルーナの瞳に、涙はなかった。

 混乱して、戸惑っているのだろう。

 とはいえ、ユージーンも、ここは折れるわけにはいかない。

 ルーナにつらい思いをさせるのは本意ではないのだけれども。

 

「たいていの願いは叶えてやれるが、俺との婚姻は諦めよ」

 

 ルーナが、パッと体を返した。

 執務室の端にある本棚に駆けて行くや、中から歴史書を掴む。

 

 両手に。

 

「ジーンの馬鹿っ!!」

「あいたっ?! なにをする! ルーナ! これ! 痛いではないか!」

「馬鹿、馬鹿、馬鹿あッ! 私、絶対に諦めないから!! 絶対に、ジーンと婚姻するんだからっ!!」

「あいたっ! これ! ルーナっ! よせ!! 物は大事にと……あいたっ!! これ! やめぬか!」

 

 分厚い歴史書が、次々と降ってくる。

 腕で頭を庇いつつ、ユージーンは執務室の中を逃げ回った。

 傍目から見れば、なんとも間抜けな姿である。


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