理屈は抜きで 1
きらきら。
景色などは、ほとんど見えていない。
けれど、彼女は「それ」を見ていた。
そして、とても興味を持っている。
きらきらと輝くもの。
それがなにかなど、生後まもない彼女の知る由もない。
なのに、ひどく気になった。
視力は発達していなくても、体感はあるのだ。
感覚が、心地良いものとして、捉えている。
きらきらとしたものが、近づいてきた。
とても綺麗で、嬉しくなってくる。
彼女の中に、初めて明確な「感情」が生まれた瞬間だ。
心地いいとか悪いとか。
今までも、そうした感覚はあった。
心地良ければ笑顔を見せ、悪ければ泣く。
とはいえ、笑うとか泣くとかに伴う「感情」はなかったのだ。
もっと近くに。
彼女は、そのきらきらに手を伸ばした。
感情の訪れとともに「さわりたい」との想いも生まれている。
勝手にふれてくるものを握ったことはあった。
それが両親の指だなんて知らず、単なる反射だ。
が、これは違う。
彼女の意思だった。
きらきらが手にふれ、彼女は反射ではなく、握りこむ。
はっきりしたものではなかったけれど、離したくないと感じたのだ。
(あいたっ! これ、なにをする!)
声が響いたが、彼女にはわからない。
まだ言葉を理解できなかった。
ただの音として伝わってくるだけだ。
そして。
ぺんっ!
手に、なにかが当たってくる。
痛いというほどではなく、ふれるよりも少し強い程度の感触だった。
なのに、ひどく嫌な感じがする。
彼女の心に、またひとつ、感情が生まれていた。
悲しい。
突き放されたような、拒絶されたような感覚が、とても嫌だったのだ。
それが、感情になっている。
「あ……あ……ぁあああーんッ!」
大きな声で泣いた。
悲しい、ということを伝えるために、彼女は泣く。
きらきらが遠ざかってしまうのも、悲しかった。
(泣いたぞ?)
(泣いたんじゃないよ。ユージーンが、泣かせたんだよ)
(俺が? いや、しかし……)
(ぺんって、したじゃん)
(……それほど、力は入れておらん……)
(びっくりさせたんだって)
また「音」が聞こえる。
今度は2つ。
さりとて、彼女には関係がない。
ただただ、悲しかった。
その感情にとらわれ、泣き続ける。
悲しみを訴える彼女の体が、ふわっと浮いた。
これは、よくある感覚だ。
体にある感触が、固くなったり柔らかくなったりする。
抱きかかえる者が変わるからなのだが、もちろん彼女にはわからない。
(軽い……それに、ふにゃふにゃだ)
(赤ちゃんだもん)
(だが、泣きやまんぞ?)
音には、興味がなかった。
初めて生まれた感情で、彼女の心は、いっぱいになっている。
その彼女の体が、大きく揺れた。
びっくりして、一瞬、感情の流れが止まる。
きらきら。
それが、近づいたり遠ざかったりを繰り返していた。
ぼんやりとした視界にある輝きを、彼女は目で追う。
(お。泣き止んだぞ)
その時に、気づいた。
この音は「きらきら」が出している。
とたんに嬉しくなった。
悲しいという感情は消え、喜びが満ちてくる。
楽しくなって、彼女は笑った。
(そうか、お前は、これが好きなのだな)
きらきらは、音もきれい。
なにもかもが、彼女にとっては輝いている。
やがて、体の揺れが止まった。
彼女は、きらきらを、じいっと見つめる。
きらきらした中に、別の色が見えたからだ。
それも、やっぱり綺麗だった。
深みのある緑。
見つめていると、なんだかとても安心する。
ずっと見ていたかった。
彼女の心は、すっかり「きらきら」の虜。
(しかしな、髪をつかんではいかん。あれは、痛いのだぞ?)
音も心地良くて、なおさらに彼女の心をつかんで離さない。
いつまでも傍にいたくなる。
さりとて、彼女は生後間もない赤ん坊だ。
安心感に、眠くなってくる。
もっと、きらきらや緑を見ていたいのに。
瞼が勝手に落ちてきた。
口からは、欠伸がひとつ。
目を閉じたくはなかったが、抗うすべはない。
すでに、半分、眠りに落ちている。
その中で、また新たな感情が生まれた。
自分は、この「きらきら」が好きなのだ。
嬉しい、悲しい、楽しい。
そして、好き。
この4つの彼女の感情は「きらきら」から生まれた。
起きた時、きらきらがいなくなっていて、大泣きするくらいには、彼女の心に、くっきりと刻まれたのだ。
以降、彼女の感情は、その「きらきら」に基づくものになる。