3.他殺の証明
その場にいた一課の三人はふんと鼻で笑った。
「いいだろう。言ってみろ。事件の証拠とやらを」
一課の連中は、イリスと俺を見てにやにやとしながら言った。
なぜ俺まで見るんだ。俺は一課の意見に賛成だぞ。
「おいイリス。なんてことを言うんだ。勝手な真似は許さないぞ。」
「大丈夫ですよ!絶対にこれは事件です!そして私たちで解決しましょう!一課の皆さんも聞いてくれるみたいですし!」
頭が痛い・・・。こんなやつ現場に連れてくるんじゃなかった。
後悔しているうちにイリスが話し始めた。
「では説明しましょう。これは自殺というには不自然な点がいくつもあります。まず一つ目、遺書がないことです。」
「遺書は今捜索中だ。そのうち出てくるかもしれない。」
板倉が言った。
「それはおかしいですね。遺書というのは自殺者がこの世に残す最後の言葉です。読んでもらうために書くんです。探さなきゃ見つからない遺書なんてものはおかしいです。」
そういうイリスに俺は反論した。
「だが、遺書を書かずに自殺するものもいるぞ。」
「そうですね。その可能性があるので、次の不自然な点です。机の上に睡眠薬を飲んだ形跡がありますよね?」
「ああ、身体からもその反応は出ているし、テーブルの上に薬の袋があるな。それがどうした?」
「処方箋も置かれていましたね?昨日の日付で。でもおかしくないですか?」
「何がだ?もったいぶるな」
「薬を飲んだのなら、それを個装していたパッケージのごみが出ているはずですが、あるのは薬の残りと、それをまとめて入れていたと思われる紙の袋と処方箋のみ、正確に言うと、処方された形跡はあるけど飲んだ形跡が怪しいのです。台所の水切りにおいてあるコップだって、薬を飲んだコップかどうかも怪しいですね。仮に自殺であった場合、身辺整理もせず、部屋が散らかったまま自殺するような人が、使ったコップだけを丁寧に洗うのでしょうか?」
なるほど。一理ある。
「だが、遺体から睡眠薬を飲んだ形跡はあるぞ?つまり飲んだんじゃないのか?」
「そうですね。これだけではまだ何とも言えないので、ここで不自然なところの三つ目です。」
回りくどい・・・。そう思っているのは俺だけじゃないだろうな。
「ずばり台の足跡です。」
「この首を吊るときに台にしたこれか?台には毛足の長い布がついていたから足跡がくっきり見えるが、つま先部分の足跡が残っているな。この台を蹴って首を吊ったんだろう、つま先に力がかかるからこうなるだろ。特に不自然とは思わないが。」
「これは、つま先部分の足跡しか残っていないことがおかしいんです。人は台に乗るとき、つま先だけで乗りますか?踵もしっかりつけるんじゃないですか?最終的につま先に力がかかるのはわかりますが、普通にこの台に上っているのなら、足跡はつま先だけではなくかかと部分まであるはずなんです。これは、誰かがこの女性を吊るしたあと、自殺に見せかけるために台につま先の足跡を残したと考えられます。」
うーん。確かに、他殺をこいつの妄想と決めつけるのは早計かもしれない。
しかし、一課の3人はまじめに聴いていないようだ。
「お前らはあんまり聴いていないと思うが、というか聴かなくていいが、隣に第一発見者がいただろ?あの人が、この部屋から死の気配がする。でもカギがかかっていて開けられないし、何回インターホンを押しても反応がないから心配だと思って、朝早くにこのマンションの管理人をたたき起こして、合鍵で開けさせたら遺体を発見したんだとさ。お前は殺人だと言っているが、そもそも密室だったんだよ。殺人は不可能だ。足跡だって、たまたまそうなったんだろう。」
そうだったのか。正確にはこのマンションの管理人と隣の女性が第一発見者だったのか。密室なら殺人の可能性はかなり低くなる。
「第一発見者である隣の女性。川村さんですが、能力のウラは取ってあるんですか?」
「ああ、最近、近所の公園で野良猫が何者かによって殺された事件があり、その死体を見つけたのが川村という女性だ。彼女の能力は本物だろうな。」
イリスは黙ってしまった。しかしまだ諦めていないようだ。
「わかりました!じゃあ私たちは殺人の線で調べてみます!あらゆる可能性から事件をみるのは大切ですしね!さあ行きましょう!先輩!」
そういって部屋から出てしまった。
「おい!ちょっと!」
俺は板倉の方を見て
「いいのか?こんなこと・・・。」
「好きにしろ。ただ、あいつが問題起こしたらお前も責任取ることになるからな。」
「え・・・。」
冗談じゃない。俺があいつを見張らなければいけないのか。そう思った瞬間、反射的俺も部屋を出た。イリスについていなくては!
幸い、イリスは部屋を出てすぐの廊下にいた。別の警官に話を聴くところのようだ。
「おい、余計なことはするなよ!」
「いいじゃないですか~。自殺と決めるのもまだ早いことは先輩も納得でしょ?」
さっき一課の連中と話していたときのまじめなトーンはどこかへ行き、ゆるい口調に戻っている。
「たしかに。それはそうだが、余計なことを聴くなよ!俺が迷惑だと思ったらすぐに連れて帰るからな!」
「は~い!じゃあ、そこの刑事さんに聞きたいんですけど。」
そういって、さっきイリスがつかまえた警官を指さした。
「亡くなった山下さんの交友関係とか知っていますか?」
「・・・。さっきマンションの住人に色々当たったんだが、山下さんの会社の後輩が203号室に住んでいた。その人によると、山下さんは仕事はできるが、周りへの当たりが強く、上司からはあまり好かれていないようだ。そして、元彼がこのマンションの裏のアパートに住んでいるんだと。あとはまだ聞き込み中だ。」
「ありがとうございます!じゃあ先輩行きましょう!」
「今度はどこに行くんだ?」
「次は管理人さんに話を聴きに行きましょう。そして会社の後輩さんと元彼です。今のところ容疑者候補ですね!」
もうイリスの中では殺人で決まっているようだ。不自然な点に気が付くところは鋭いと思ったが、性格が厄介すぎる。頼むから問題を起こさないでくれ。そう願うしかなかった。