2.事件現場
現場はマンションの5階。各階に10部屋ずつあり、亡くなった女性の部屋は505号室であった。部屋の中はあまり掃除がされていないようであった。飲みかけのペットボトルや脱ぎっぱなしの服が散乱している。
「今から鑑識に話を聴くが、余計なことは言うなよ。」
「はーい!」
一番話をしてくれそうな、俺よりも年下であろう鑑識に話を聴いた。
現場に駆け付けた当初の写真を見せながら言った。
亡くなった女性の名前は山下あおい、27歳。一人暮らしで独身。この部屋で首を吊っていたらしい。死亡推定時刻は午前2時。すでに女性の遺体は降ろされているが、確かに首には紐のあとがあり、うっ血している。衣服は乱れている(正確にはしわが寄っている)が、締まるロープをかきむしった跡(吉川線)はない。髪も乱れていなく、暴れた形跡はない。周りにも他人の毛髪や皮膚片などはなく、自殺でほぼ間違いなさそうだ。
首を吊っていた場所は玄関と部屋のしきりになっている襖の梁であり、まだ紐はかかっていた。近くには、毛足の長い布が貼ってある小さめのローテーブルが無造作に横に倒れており、つま先部分の足跡が残っていることから、自殺ではないかと考えられている。現在遺書は見つかっておらず、捜索中だそうだ。また、部屋のテーブルの上には睡眠薬と思われる薬があり、身体からも睡眠薬を飲んだとみられる反応があったため、眠るような意識で首を吊ったのではないかと考えられている。睡眠薬を飲んだとされるコップが台所の水切り場に置かれている。
テーブルの上には睡眠薬が多く残っている。医者からの処方箋もあり、昨日その睡眠薬を処方されたようだ。薬のパッケージごみは見当たらないが、この散乱した部屋では見つけるのも一苦労だろうな。
第一発見者は隣の住人らしい。若い鑑識は、第一発見者がどうやって発見したかまではわからないと言っていた。
隣の住人に話を聴くことにした。
「今度は第一発見者に話を聴いてみよう。」
「・・・。」
イリスはじっと、テーブル、台、紐を見ていた。
「おい!どうした?」
「あ!いや、大丈夫です!えへへ。」
「笑うな。不謹慎だ。」
そう言ってイリスを連れて隣の住人に話を聴きに行った。
第一発見者:506号室の川村聡美、30歳。派手な髪に派手なメイクをしている。水商売の人なのだろうか。
玄関先で話を聴くことになった。ちらっと見えた部屋はずいぶんと整理整頓がされている。亡くなった人とは正反対だ。
「あなたが第一発見者ですね?」
「はい・・・。」
その返事には元気こそないものの、怯えや混乱は見えない。
「あなたはどうやって山下さんの遺体を発見したんですか?深夜でしたし、何より山下さんは部屋で亡くなられていた。」
「私、動物の死体の気配を感じる能力を持っているんです。大体15m以内に動物の死体があるとその気配が伝わってきます。」
第一発見者は能力持ちなのか・・・。その能力の裏付けが無いと面倒なことになるな。
「深夜に発見できたのは、私が繁華街で働いていて、帰りが深夜だったからなんです。」
「そうですか。わかりました。今まで山下さんとの交流はありましたか?」
「隣人というだけで、あまり交流はありませんでした。働く時間もまるで違ったみたいなので。」
これ以上は聴いても手掛かりはなさそうだな。なによりほぼ自殺で間違いないとの見解だ。
イリスの方を見ると、ドア越しに川村さんの部屋の中をじっと見ていた。
「おい、ジロジロ見るな。失礼だ。」
「はーい!」
と返事をしているものの、止める素振りを見せないので
「ではお邪魔しました。また話を聴くかもしれません。その時はよろしくお願いしま…」
そう言おうとした瞬間
「すみません!死体なら何でも察知できるんですか?」
イリスが川村さんに聞いた。
「おい・・・」
「だって気になるじゃないですかー」
「・・・」
「私が気配を感じ取れる死体は動物に限ります。虫とかは感じません。そして、体長も10cm以上の動物みたいです。ハムスターとかは感じ取れないみたいです。」
「へえー!便利ですね!動物でもなんでも死体を察知できたら事件を発見しやすい!刑事に欲しい能力ですね!」
「意外とそうでもないですよ。気配が分かるといっても、死体が近くにある時にとてつもない頭痛に襲われるだけで、便利な能力ではありません。ない方がいいんです。」
「それは大変ですねー」
「おい、もうそれくらいにしよう。すみません。失礼します。」
そう言ってイリスを無理やり連れて、現場の部屋に戻った。
現場にはさっきまでいなかった。捜査一課の刑事が3人ほどいた。板倉と野口と松山だ。
「ん?窓際部署の二人がなんでいるんだ?」
「あぁ、いや、一応課長の方に許可はもらっているんで・・・。」
「ふーん。まあ意味ないけどな。これは自殺で決まりだ。お前らは帰っていいぞ。後の処理は俺らの仕事だ。」
「それはどうでしょうか!これは事件です!殺人事件です!」
イリスが大声で言った。
さっきといい今といい、どうして厄介なことばかり言うんだ。
「どうして殺人なんて言えるんだ?俺も自殺だと思うがな。」
首には吉川線もなかったし、特に不自然な点はないと思ったため、俺も一課の意見には賛成だ。
「では私がこれから、これが事件であることを証明しましょう!」
笑顔でこちらを見ながら、イリスはそう言った。