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A Cup of Coffee  作者: タイロン
5/9

Part3-3


 「おでん、これっ、なんっ、バレてた!?」


 「そうなるな!!」


 敵はIAMOの精鋭たちと、皇国の七十二帝騎、リリトゥバス王国騎士団からの応援を含む人魔混成部隊だ。空を飛んで、あるいは魔界から直接『門』を開いて、彼らはピンポイントにこの場所へとやって来た。

 既に攻撃は始まっている。特に魔族サイドの連中は酷い。施設のことなどお構いなしだ。所詮は人間界のものなどどうでも良いのだろう。最悪、一般人を盾にしても遠慮なく攻撃してくるはずだ。

 避難する人の波に流されて、仲間たちとはバラバラにはぐれてしまった。逃げるにしても、全員と無事に合流するというのは絶望的と言える。大体、これだけの人間の前でオドノイドだと言われれば逃げたところで安全な場所などどこにも残ってはいない。目撃者を全て殺害しても、映像は残るし、事態の重大さはさらにオドノイドへの反発を強めるだけだ。


 最悪の状況の中で、千影とおでんは、分厚い壁をも紙のように貫き、一直線に心臓を狙ってくる魔族の剣士と応戦していた。ここまで逃げの一手だった。避難させられた一般人の多い1階のロビーを飛び出して、1時間後には正規の手続きを踏んでやって来るはずだった待合室に土足で突入した。

 そこではナナシが相性の悪い遠距離攻撃主体の魔法士部隊と交戦しているようだった。ナナシの背には仲間が1人守られていた。


 「おでん、ボクらどうすれば良い!?このままじゃ・・・!」


 「やむを得まい、敵は全て潰せ!こんなところでくたばるワケにはいかないのら!」


 「分かった―――」


 敵の力は圧倒的だ。大した知能も持たないモンスターとは訳が違う。ギルバートやアルエルほどでなくとも、オドノイドを十分に殺しうるだけの実力者が、何十人と集まって、押し寄せてきた。

 もはや、手段を選んでいる余裕などなかった。終わった後のことは、そのとき改めて考えれば良い。千影は回避に集中していた足運びを切り返し、一気に敵の懐に踏み込んだ。


 例えどんなに強力な能力者でも、千影には敵わない。なぜなら、彼女は正真正銘の世界最速だから。発想力でも破壊力でもなく、戦場で最も重要な力とは、機動力である。速さを制するものが戦いを制するのだ。


 紅に輝く千影の刀が、魔族の剣士の胸を一突きにした。否。我々の目には一度にしか見えなくとも、千影の刃は既に5度その剣士の胴体を貫き、五芒星を描いていた。5つの光点は灼熱の光を噴き出し、千影の意志によって刻み込まれた術式が爆裂する。


 「『ファイブスターエクスプロージョン』!!」


 斬撃で簡易的な魔法陣を刻み込み、そこに魔力を流し込むことで魔法を発動する。剣技魔法の上級テクニックだ。なぜ上級かと言えば、敵は常に動いているからだ。少なくとも一度斬りつけられれば痛みと恐怖で飛び退く。だから、いくら簡易的とはいえ思い通りの図形を描くことは困難だ。しかし、それを千影は常套手段と言い、容易くやってのける。彼女にとって戦っている敵の腹に魔法陣を刻むのと壁に絵を描くことに、大した違いなどないのである。

 千影が敵を撃破するなり、おでんはナナシの加勢に向かった。敵が建物に遠慮をしないなら、こちらも遠慮する必要はない。


 「風遁妖術、風五月雨!!」


 まさしく五月雨の如く、おでんは空気の爆弾を降らせ、ナナシごと魔法士たちを絨毯爆撃に巻き込んだ。轟々と降りしきる目に見えない殺意の嵐は、やがて巻き込まれた者たちの血霧で赤く染まる。

 すぐに千影たちを追って待合室に魔法士の増援が駆け付けるが、文字通りの血の雨が降る凄惨な光景に絶句していた。その僅かな動揺の隙を突いて千影はその増援全員を瞬間の内に斬り伏せる。

 刀についた血を払い捨てて腰の後ろの鞘に戻し、千影は数秒で変わり果てた光景に疲れた顔をした。爆発や暴風で、一面にズラリと並んでいた座席は床から剥がれ吹き飛んで、柱はへし折れ、そこら中に血溜りが出来ている。


 「胸を痛めるのは後にしろ、千影。ナナシを回収して他の連中を助けに行くぞ!」


 「うん・・・!」


 おでんは自分の魔法の爆心地に駆け寄って、倒れているナナシの脇腹を蹴った。すると、そこらへんに転がっている魔法士たちの死体と大差ないレベルでボロボロのナナシがガバッと跳ね起きておでんに怒鳴り散らした。


 「酷い!?酷くない!?普通に巻き込みやがったな!?」


 「うるさいさっさと立って走れ!お前も無事らな!?」

 

 ナナシが守っていた仲間も、致命傷までは負っていないようだ。手足の1本や2本折れたくらいで床に蹲るほどオドノイドはヤワじゃない。


 既に戦闘は様々なところで起きている。音がそこら中から聞こえてくるから間違いない。千影はおでんの手の甲に軽くキスして先行した。今のキスは『トラスト』―――自分と対象者の位置をノータイムで交換する特殊な魔法を仕掛けるアクションだ。仲間の元に合流し次第、敵が居れば倒しておでんと交代し、彼女に指示を任せる寸法である。ただし術式には有効距離があるため、ある程度以内の距離を保つためにおでんたちも全力で走る必要があった。

 

 凄まじい速度で入り組んだ構内を移動する千影は、曲がり角という曲がり角を全て水泳のターンの如く蹴って方向転換を行う。その際、通常の人間がその速度で壁に激突したらそのまま壁の染みになるほどの速度なので、本人にそのつもりはなくても壁を蹴る度にかなり大きな音が出る。そして、音に気付いて振り返った敵の首を掻っ攫う。

 ヒトの首はそんなに簡単に取れるものなのだろうかと疑問に思うほど、千影は魔法士たちも魔族の騎士たちも、次々と刈り取った。・・・千影だって、本当はこんなことはしたくなかった。だけど、自分たちが生きていくには、もう、これ以外にどうしようもなくなっていて――――――だから、「こうするしかない」と敵の首を飛ばす度に何度も自分に言い聞かせ続けた。

 即殺を是とした彼女の前では命なんてそんなものだ。誰も、彼女が見せる逡巡と諦めの隙を認識出来ない。悲鳴も断末魔も慟哭も置き去りにして、ただ人を殺めるだけとなった千影にしか認識出来ない時間の停止した世界は、次第に、彼女自身にすら自分が一体なにをしているのかも分からなくさせ始めていた。


 仲間を1人助けてはおでんと入れ替わり、一度通ったはずの通路からリスタートする。その繰り返しだった。

 でも、そんな単調になりゆく作業から千影を引きずり戻す敵もまた、少数ながら存在した。


 例えば、ありとあらゆる攻撃が、攻撃の方から勝手に避けていくという、超常的な”特異魔術(インジェナム)”を持つ女騎士とか。


 その敵とは、3階にあるかなり狭い通路で遭遇した。 

 正確にうなじから斬り込んだつもりが、その奇妙な能力によって千影の体はあらぬ方向へと受け流された。辛うじて壁に激突する前に受け身を取ったが、あまりにも奇天烈怪奇な現象への困惑は隠しきれない。その能力の正体を考察しようとしたが、その女騎士は間髪を入れずレイピアで千影の額を狙ってきた。向こうには高速で襲いかかってきた敵への恐怖がなかったのだ。恐らく、攻撃が効かない故に敵に恐怖する必要がないのだ。恐れない兵士ほど恐ろしいものはない。だって、殺すしか動きを止める手段がないから。

 無論、どれだけ困惑していても千影は速度で敵を大幅に上回っている。追撃の刺突は難なく回避した。だが、千影にはこの女騎士を殺す方法が分からない。避けながら撃った全ての魔法が女騎士を勝手に避けて通り過ぎていく。


 「なんなの君のその能力は・・・ッ!?」


 「そういう貴様は速いだけか?」 


 しばし互いに睨み合い、そして次の瞬間千影は女騎士の攻略を放棄して先を急ぐことにした。


 なぜか。


 だって、千影で駄目ならおでんがなんとかしてくれるから。


 「今千影の姿が見えたってことは、お前はなかなかやるみたいらな?」


 「・・・貴様は、資料で見たぞ。そうか、貴様が・・・貴様が団長の仇かァーーーッ!!」


 「そしてお前の仇にもなる女さ」


           ○


 「クソッ、どこもかしこもドンパチやってやがる・・・」


 千影たちを見失った。人の波に呑まれたとき、紺はあの子の手を掴み損なってしまった。ちまちま探すのは大変だが、仕方がない。さすがにそう簡単に死ぬような連中ではない。探していれば生きて合流出来るはずだ。


 「イイね・・・迷子捜し。慣れてるぜ、こないだまで地球全土を舞台にやってたんだからよォ」


 「お前もオドノイドか!?」


 「うるせーよナス」


 館内を一人でうろつく紺を不審に思った魔法士が銃を突き付けたが、彼は片手で首をへし折り黙らせた。

 追撃部隊の魔法士たちはみな精鋭たちだと言った割に呆気なさ過ぎると思うかもしれない。でも、こんなのは当然の結果だ。紺は既に一度、あのギルバートすら退けているのだから。


 だが、だからといって彼がこの戦場で最強の存在・・・というわけではなかった。


 「人のことナスとか言っちゃダメなんですよ~」

 

 「アホか。んな説教するより先に人殺したらアカン言わな」


 現れた2人の女―――片方はサイケデリックなピンク色の髪のウサギさんパーカー、もう片方はプロテクター装備の群青色の髪―――を見て、紺はニタリと嗤う。


 「おいおい・・・ここはロシアだぜ?」


 この2人がいるということは、()()もいる。

 のんびり迷子捜しをしている時間はなさそうだった。


          ○


 「無理だ、正面は完全に包囲されてやがる。千影1人くらいなら突破出来るかもしんねーけど・・・」


 あれだけ千影が全力で駆けずり回って、結局、無事に合流出来た仲間は、たったの6人だった。あとはみんな―――いいや、説明するだけで気分が悪くなる。あれらが本当にモンスターとなにも変わらない害獣としか思われていないことは、もう、よく分かった。あれらがかつては普通の人間としてこの世に生を受けたことも、人間の勝手な都合で異世界に捨てられて、それでもただ必死に生きようと足掻いてきた結果オドノイドとなっただけの子供たちだということも、なにもかも、全部、全部、否定されたのだ。


 ともかく、あと生死を確認出来ていないのは紺だけ。だが、彼なら大丈夫だという確信はあった。だから、彼を探す前に脱出経路の確認を行っていた。そうして、1階ロビーの正面入り口をコッソリ確認してきたナナシは、戻って来て首を横に振った。

 

 「どうする・・・おでん?」


 「まぁ、敵さんとしちゃあわちきたちを建物の外に出すつもりはないんらろうな・・・。正規の出入り口は諦めるしかないな」


 「屋上から飛んで逃げるっていうのは?」


 「千影が抱えられるのは精々2人。6人全員で助かるのは無理らな」


 そう言って、おでんは後ろで壁により掛かりずっと無言のままの千影を見やった。

 彼女にはしんどい仕事を押し付けた。心をだいぶ磨り減らしているのは誰の目にも明らかだった。それでも、目が合えば千影は微笑みを返してくれる。まるで「ボクはまだまだやれる」、「ボクは元気だから」と言われているようだった。

 

 「せっかくまだ生きてるヤツが全員揃ってるんだ。これ以上犠牲は出したくない」


 「分かってるのら。・・・もう外に逃げるには滑走路しかないな。適当なところから窓を割って滑走路に出て、後は適当な作業用車両をかっぱらって走るのら」

 

 「よし、じゃあそうしよう」


 「おい待てナナシ、リスクの話をまらしてない・・・」


 「でもそれしかないんだろ。じゃあ、やるしかねぇよ」


 「・・・やっぱりお前、性別あるんじゃないのか?」


 「ここしばらくチームの女子成分が多かったから性格が均されたんだろうよ」

 

 ナナシはニシシと笑って、腰を上げた。千影も話は聞いていたので立ち上がる。その手にはまだ刃が握られていた。


 「千影、良いのか?」


 「この6人で一番直接戦闘に強いのはボクでしょ?・・・大丈夫、これはボクの仕事だよ」


 現在、魔族の優秀な騎士サマたちが空港の各所をうろついている。優秀と言われるだけあって、彼らの魔力量もそれなりだ。これは、むしろ黒色魔力を頼りに探知されかねないオドノイドにとっては都合が良かった。おでんは、さらに魔力を解放していく。すると―――。


 「お前・・・ますますケモノっぽくなったな」


 「ケモミミバンザイと言えよ」


 おでんの耳のあたりで跳ねていた髪が、ゆっくりと持ち上がった。普段はそれを隠していたわけではない。今まさに頭皮が変形して狐の耳の形になったのだ。なにはともあれ人間の耳と合わせて、彼女の耳は4つということになる。情報量の増加で頭は疲れるが、これにより音響による索敵精度が飛躍的に上昇する。所謂、エコーロケーションというヤツも出来る・・・かもしれない。

 ここから先は、まずおでんの索敵技術を駆使して安全重視で進んだ。千影、おでん、ナナシ以外の3人は敵の戦力と比較して、あまりにも頼りない。彼らを庇いながら戦闘を行うのは出来るだけ避けたいのだ。

 通路は広く身を隠せる遮蔽物も少ないが、戦闘の余波で既に施設内の全電源が落ちていた。雪明かりと非常電源による照明だけでは深夜の暗さは照らしきれていない。滑走路が見える窓のあるところまで移動するくらいわけなかった。

 

 ナナシもまた、オドノイドの力を解放する。彼の奇形化部位には千影と同じような『爪』がある。その爪に魔法で生み出した高温の炎を纏わせ、窓ガラスに突き立てる。こうしてガラスをくり抜けば、割るよりは静かに穴を空けられる。敵が来ないうちにさっさとしろ、と急かされながらナナシはミッションを完了した。完全に元の一枚から分離した丸いガラス板が地上に向かって落下したが、千影が飛び出してキャッチした。落として割れていれば元の木阿弥だった。

 全員でそこから滑走路へ脱出する。そして、まずは足を確保する。・・・本当は今まで使ってきた車とそこまで勝手が違わなさそうな給水車やフォローミーカーが良かったのだが、ナナシが手っ取り早くかっぱらってきたのは今朝まさしくひと仕事したであろう除雪車だった。滑走路用のとんでもなくワイドな除雪板(スノープラウ)が付いているヤツだ。こんなのでスピードが出るものなのだろうか。まぁ、図体はでかいので装甲車の代わりと思えばマシか。

 高さのある座席に全員で跳び乗って、すぐさまエンジンをかけた。キーなんてないが、これまでの旅で磨き上げてきた車ドロボーの知識の前では鍵なんてあってないようなものだ。

 ナナシはさっそくアクセルを全開にして発進した。想定されていない運用で車体が軋んだが、四の五の言っている場合ではない。悪路走行も慣れたものだ。滑走路の芝を踏んで真っ直ぐ空港の脱出を目指した。だが、すぐに千影が前方になにかを発見して指を差した。

 

 「あ、人がいる!」


 「チッ、こっちにも構えていたか。まぁ良いこのまま突っ込め!」


 命じられたままに、ナナシはハンドルを完全に固定した。待ち構えていたのは生身の魔法士たちだったのだが、ブルドーザーの親戚みたいな車が正面から時速50キロ強で突っ込んで来ればさすがに命の危険を感じたのか横に跳んで回避してくれた。空港内で遭遇した魔族の連中ならあるいは反撃されたかもしれないが、元々、ここまで目標が逃げてくることなどほとんど想定していなかったのだろう。

 だが、除雪車での快進撃もここまでだった。突如上空から砲撃の雨が降り、機関部に被弾した。千影が慌てて全員を車の外に放り出し、直後ガソリンに引火した除雪車は内側から爆散した。


 「クソッ、2代目ナナシ号がっ!?」


 「フザけてる場合か!上なのら!来るぞ!」


 彼女たちの頭上を舞うのは、謎のロボットスーツ部隊だった。背中のジェットエンジンから火を噴いて推力を得ているようだ。その手には、種々の火器があった。魔力ビームが地面を溶岩に変えながら迫ってくる光景は、さながらSF設定の未来戦争だ。

 反撃で爆破魔法を叩き込んだ千影は、無傷で煙の中から飛び出す敵を見て焦燥を見せた。あれは戦うにはあまりにも未知だった。

 

 「おでん、なにあれ・・・人なの!?」


 「『ESS-PA(エスパー)』、米空軍が開発していたパワードスーツなのら!全身を魔力拡散装甲で覆ってるから生半可な魔法は効かないと思っとけ!」


 「パワードスーツ!?なにそれ!?そんなのアリ!?」


 「アリもナシも関係ないのら!もう良い、千影は下がれ!アレはわちきが片付ける!!」


 「・・・っ!分かった!」


 おでんは宣言の直後に風を踏んで大きく跳躍した。突っ込んでくる的に向けてパワードスーツたちは魔力ビームや、魔力で弾丸を強化したミニガンをぶっ放してくる。おでんはその弾幕を空中で身を翻しながら華麗にすり抜け、パワードスーツの1人に組み付き、頭突きを一発お見舞いした。すると、その一瞬でそのパワードスーツは動きを止めて地面に激突した。空中でそれを踏み台に再度跳躍したおでんは、さらに次々に他のパワードスーツたちの意識も刈り取ってみせた。

 千影は、落ちてくるおでんをキャッチする。


 「さすが、エグいね」


 「あちらさんもらいぶエグかったけどな」


 おでんも、さすがにあの濃密な弾幕は躱しきれず、足を負傷していた。それが回復するまで、千影はおでんを背負って走ることにした。とりあえず、まだ6人とも無事だ。このままなら脱出出来る。

 負ぶわれながら、おでんは感心しない様子で爪を噛んだ。


 「日本でのオドノイド駆除計画の最終版で『ESS-PA』が投入されたという情報はあったから予想はしていたが・・・これじゃあ早くも本来の目的から逸脱してるな」


 「本来の目的?」


 「独り言なのら。ここを切り抜けた後で米軍のホームページでも自分で調べろ」


 「酷い!思わせぶりなこと言っといてそれか!?」


 おでんとナナシの言い争いを背中で聞いて千影は苦笑した。



 その次の瞬間。



 「ぅぷっ」


 なにかにぶつかって、千影は尻餅をついた。


 なにか・・・なにか?


 なにもない。

 なにもない「なにか」が目の前にある。

 

 ()()()()()


 こんなものを作れる魔法士なんて言えば。

 唖然とする千影の背から、おでんは歯噛みをして振り返り、その名を呼んだ。


 「ギルバート・・・グリーン・・・!!」


          ●


 誰よりも正しい人間は、地獄の業火に照らされる夜景を優雅に歩いてやって来た。


 「千影、わちきを降ろせ・・・」


 「でもっ」


 「少なくともお前の足を引っ張るワケにはいかないのら!」


 おでんは既に『見えない壁』に干渉を試みたが、崩した傍から強引に修復された。前回遭遇したときとは、本気の度合いが違うようだった。少なくとも、この状況を打破するまで敵を食い止めるには千影の力が必要だ。おでんがその荷物になっていては話にならない。幸い、足の傷も立って走るくらいならなんとか可能な程度まで治癒していた。

 千影を再び矢面に立たせ、おでんは再び『見えない壁』に触れた。


 「ナナシ、そこでジッとしてろ。そしてこいつらを守れ。わちきは今から全力でこの壁を取っ払う!」


 「出来るのか・・・?」


 「知らん!でもやってみせる!千影、頼むぞ!!」


 「うん・・・!!」


 千影の『翼』や『爪』、『尾』の輪郭が虚空に溶けて、噴き出す闇の奔流へと変わった。理性がトンでしまう寸前までアクセルを踏んだ、彼女のオドノイドとしての極限状態と言ってもいい姿だ。


 千影が獣のような雄叫びを上げると同時、おでんは目の前の『見えない壁』の破壊に全神経を集中した。これから、ギルバートと純粋な魔法の技術勝負を開始するために。破壊が速いか、修復が速いか。―――ギルバートの魔法の腕を知る者が見れば、今のおでんを愚かだと嗤うだろう。敵うはずがない、と。だって、ギルバートの魔法は、広大な空間を満たす気体分子ひとつひとつを緻密に制御するとすら言われているのだから。

 けれど、そいつらはまだ知らない。おでんが、ギルバートの『見えない壁』を局所的ながら99パーセントもの精度で模倣出来るほどにギルバートを研究してきたという事実を。彼がオドノイドを追う心理の根底には、愛する家族を奪われた憎悪がある。故におでんはずっと彼がいつ自分たちの敵になるかも分からないと警戒し続けてきたのだ。最悪の事態には変わりなくとも、想定内の事態であることもまた変わらないのである。

 あそこまで本気になった千影と交戦すれば、ギルバートと言えど必ず『見えない壁』の制御は緩む。そうすれば、人間1人がすり抜けられる程度の穴くらい、おでんにだって空けられる。そう、確信だ。彼女にギャンブルは似合わない。


 千影は地面を強く蹴り出した。ギルバートの表情が強張る。今の千影は、あのギルバートすらもが掛け値なしに恐怖を感じるほどの存在に変貌を遂げていた。

 

 (別に足止めなんかじゃなく、ボクがギルさんを倒しちゃっても問題ない―――!!)


 おでんは信用している・・・が、要するにそのつもりで挑まなければならない。でなければ、アルエル・メトゥ戦の二の舞になる。

 とは言うが、もはや千影の中身は全て沸騰していた。なににこじつけてでも敵を狩ろうとする本能の暴走、チカラへの酩酊感、思考を置き去りにして肉体が衝動に支配されていく。ただ地面を蹴っただけで靴底が割れ、地面は砕け、足の骨に亀裂が入る。だが痛みはないし、次に着地する頃には再生することを無意識の底まで理解している。

 


 (目標、喉笛、対象、動きなし・・・斬る!!」


 

 捉えたはずだった。

 だが、遅れて働く思考が、その異変に気付いて―――。



 「止まれええ、千影えええッ!!」



 おでんの絶叫で、千影は我に返った。

 でももう遅い。視界全てを覆うほど接近した黒い平面。

 抗えない力に『爪』は砕け、腕がへし折れた。だがまだ止まらない。顔面に衝撃が走り、千影は後ろへと押し戻され、やがて全身がその黒い平面に叩きつけられた。

 人間ホームランボールと化した千影は、おでんを巻き込んでまたあの『見えない壁』に激突した。

 茫然自失。千影は手で顔を触った。湿った感触がした。鼻血だった。


 異常だ。あり得ないことが起きた。千影の世界に割り込んでその動きを遮る者などこの世に存在するはずがないのだ。でもこの痛みは本物だ。一体なにが起きた?

 

 だが、その答えは最初から彼女たちの目の前にいた。

 

 今宵のラスボスは、最も正しい人間ギルバート・グリーンと、そして。


 最も強い人間。

 

 「悪く思うなよ、千影」


 神代疾風。

 

 世界に3人しかいないランク7魔法士の1人、IAMOから勝手に《剣聖》なんていう格好良い二つ名を与えられ、ここ数年間魔法士ランキングの首座を誰にも譲っていない程度の、しがない日本のお巡りさんだった。


 疾風は、千影を見てとても悲しそうな顔をした。


 「アスタナの一件・・・お前たちがまた事を荒げたから、俺が出ざるを得なくなったんだぞ」


 「なに・・・それ・・・?じゃあボクたちはどうしてれば良かったっていうの!?どっちみち野垂れ死ぬしかないじゃん!!結局はやチンもギルさんとおんなじだ!!」


 「否定はしない。でもな、これ以上お前たちが逃げ続ければ、いずれは魔界の連中があれこれ言って人間界(こっち)で好き放題暴れ出すんだよ。・・・分かるだろ、俺にだって家族がいるんだよ。あいつらの平穏な生活を守るにはっ、もうお前を斬るしかなくなっちまったんだ・・・!!」


 家族。

 真名や、直華や・・・そして、迅雷。

 卑怯だ。

 その名前だけで千影の足は鈍るというのに。


 ともあれ、これで、千影を殺す条件は整った。

 灼熱の爪を振り回すナナシよりも得体の知れない術を使うおでんよりも、千影は遙かに殺すことの難しいオドノイドだ。なぜなら、例え手傷を負わせても、逃げに徹されれば例え最新鋭の戦闘機の最高速度でも全く追いつけないからだ。

 だが、ギルバートが『見えない壁』で千影を閉じ込め、疾風は千影が死ぬまで攻撃し続ける。規格外の実力を持つ人間を2人も引きずり出して初めて実現する作戦だった。


 そして、それでも、オドノイドたちは立ち上がった。


 「なぁお前たち。わちきの言ったことを覚えてるか」


 「・・・うん。死ぬまで生きよう。みんなで。ボクたちだって、もう家族みたいなものだもん。だからもう、誰一人奪わせはしない」


 「あぁそうだ・・・!『みたい』なんてもんじゃない。アイツらに見せてやろうぜ。俺たちは今、世界で一番強い絆で繋がってるってことをさ!」


 覚悟、完了。

 

 「世界に抗うのはもう終わりにしよう。わちきたちは、今から世界を覆す!!」


 疾風が、その手に持つ大剣を構えた。その柄にはトリガーが、その刀身には6連装のリボルビングシリンダーが―――剣と言うには余計な機構が搭載されたその魔剣の銘は『マスターピース』。シリンダーに装填されているのは砲弾ではなく大容量の魔力貯蓄器(コンデンサ)だ。そこに溜め込んだ魔力を解放し、ただでさえ一撃必殺の攻撃の威力を数段上昇させるコンセプトで作り出された、神代疾風専用の世界最小の戦略兵器である。

 対して、ギルバートは一歩下がった。彼には全力で『見えない壁』を維持する義務がある。万に一つ、いや、億に一つも脱出の可能性を許さないために。



 そして、千影と疾風が激突した。










          ○









 千影と疾風の攻防は、いずれこの世が終わるその日まで終ぞ他の誰も到達しないであろうと確信を持って言えるほどに、速さを極め―――そして、呆気なく幕を閉じた。


 「・・・ねぇ・・・はやチンにはボクの動きが見えてるの?」


 「いいや、全く。勘だ」


 「ウソだ・・・」


 ウソではない。

 疾風には、事実、千影の動きなんてなにひとつ見えていなかった。

 ただ、疾風はヤムチャ視点のままセルを倒せる人間だったというだけの話である。


 千影の体を後ろから貫いた大刃は、その脊柱を半ばで砕き、断っていた。

 もう千影は、下半身はピクリとも動かせない。ずるりと刃を引き抜かれ、力なく倒れ伏す。

 幼い少女の体を満たしていた温もりが凍てつく大地を溶かしていく。


 「・・・千影。俺は、千影のこと好きだったよ。明るくて元気で、賢くて、思慮深くて、真面目で、一生懸命で。・・・なんでこんな良い子をさぁ、殺さなきゃなんないんだろうな」


 返事はない。でも、浅い呼吸が千影に向ける刃を鈍らせる。千影が疾風に向ける刃を鈍らせたように。

 仕事だからと割り切って、心を殺せるくらい人間が出来ていたなら。必要な犠牲だと割り切って、人間を殺せるくらい心が冷え切っていたなら。

 大の大人が涙を流して崩れ落ち、自ら手に掛けた少女に縋るこの光景は、果たして本当に正しかったのだろうか。


 もう、なにも分からない。その大人には抱えるものが多すぎた。かくては刃は振り上げられ―――。


 「千影!!」


 ナナシが転がるように駆け出した。たとえナナシが千影の盾になって覆い被さろうとも無意味と知りながら。自らがここまで守ってきた仲間たちにその腕を掴まれても、ナナシはそれを引きずって千影の名を叫んだ。


 だが、その叫びは疑問符で途切れることとなった。



 「ちかっ・・・げ・・・っ・・・?」


 

 ナナシは、眉間に手を触れた。なにかがある。手に取る。

 

 ()()()()()()()()


 だった。


 脳髄で濡れた刃の持ち主が、ナナシの記憶がまだ正常なのだとしたら。


 「なん・・・で・・・」


 風が鳴く。

 

 「なんで・・・!!」


 脳が茹だる。

 

 「なんでだよ、おでぇぇぇぇぇぇんッ!?」


 疾風が千影を下すより、あるいは、呆気なく。

 ナナシがその能力を使う暇もなかった。

 炎を纏わせた『爪』は腕ごと斬り落とされ、顎を蹴り砕かれ、風に打ち上げられ、『見えない壁』に叩きつけられ、刃の雨に降られ、膝を逆に曲げられ、押し倒され。


 「いつもみたいに『酷い』って喚けよ、名無しの権兵衛」


 「おで―――ッ!?」

 

 トマトのように、頭部を踏み潰された。


 『見えない壁』の部屋の隅で固まってそれを見ていただけの無能な雑魚どもは、悲鳴だけは立派なのを上げるらしい。

 友の血で汚れた靴底を地面で拭い、おでんはギルバートと疾風を見た。2人とも、数秒前と同じ格好のままだった。疾風は、声を震わせていた。


 「おでん・・・お前なにをしてるんだ・・・?」


 「『なにを』?見て分からないのか?」


 美しい少女の顔が、醜く笑みに歪む。


 「もう十分見てきたんじゃあないのか?オドノイドは強い。お前たちが特別ならけで、ヒトは誰もオドノイドに敵わない。この計画を始めてから今まで大事な魔法士は何人殺された?偉大な魔族の騎士共は何人殺された?千影はやれと言えば容易く山ほどの首を持って帰ってきたぞ?さっきはリーダーの仇取りを掲げた馬鹿な女騎士が無様に死んだぞ?米軍の自慢のオモチャもそこに転がってるぞ?今日ここでオドノイド狩りは終わるのか?いいや終わらない。人間が人間であり続ける限りこの世からオドノイドは居なくならない。そしてお前たちはその無意味な害虫駆除のために今後何十年何百年、延々と犠牲者を出し続ける」


 ずっと、このときを待っていたとばかりに。


 「そこでひとつ、提案しても良いかな?ギルバート・グリーン総司令」


 「・・・言ってごらん」


 「目には目を。歯には歯を。オドノイドにはオドノイドを。わちきたちにはその力がある」


 さあさ皆様ごらんください!

 まともに訓練などせずとも単体で並みの魔法士を凌駕する戦闘能力! 

 どんなに大怪我をしても飯さえ食わせておけば勝手に治るから医療コストはまんまゼロ!

 もしも任務先で死んでも遺族年金は払う必要ナシ!

 なんとこのお得な3点セットが今なら月々10万円!

 これはスゴい!買うしかない!!


 金属塊が地面に転がる音がした。疾風が剣を滑り落としたのだ。狂っているのは分かっていた。だが、その言葉を受け入れれば、疾風は千影の命を断たずに済む。

 

 長かった。この4ヶ月、この旅は、全部このプレゼンテーションに必要なだけの魅力を持たせるための布石だった。

 船を奪い、人を騙し、身を潜め、ただのケダモノではないことを見せた。

 各地を悠々と渡り環境適応能力を示した。

 ギルバートたちがル・アーブルの生き残りを見つけ、奇襲を仕掛けられたのではない。おでんたちが各地に痕跡を残し続けたからこそ、それが出来たのだ。

 そして都合良く魔族も戦線に加わり、そしてアルエル・メトゥという猛者をも下すことが出来た。


 力を求める権力者たちに、オドノイドの価値は示された。

 ただ殺して済ますのが惜しくならないはずがない。

 

 逃げ続ければ、寿命の果てまでみんなで生きていける?そんなはずがない。

 文明が全てを支配するこの世界で生きるには、社会に適合し、迎合しなければならない。息をするにも法の庇護が不可欠な時代なのだ。

 

 既に潰れたナナシの首をねじ切って、おでんは掲げた。


 「『THE NEU(ニュー)TRALITY(トラル)』、これは手土産なのら。デモのためにここまで死なさず運んでくるのは大変らったんらぞ?精々良い返事を聞かせてくれよ」


 皮肉なものだった。


 そしてその夜、その怪物は宣言通りに、世界を覆した。





          ●





 2017年1月初頭。



 「ねぇ、ねぇおでん!あれも壊して良いの!?」


 「ああ、千影。思う存分やってやれ」



 オドノイド率いるオドノイド討伐部隊により、11月に改訂された公文書に指定される駆除対象のオドノイド、その最後の1体が討伐されたことで、半年に渡った人魔連合とオドノイドたちの戦いは幕を閉じた。

 


 そして、徐々に、しかし、確実に、()()()()()()()()()()()

次回。


April Fool Special 2020;Part4


本作史上最長にして最大のIFストーリー、完結。


(2020/04/10 21:00投稿)

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