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A Cup of Coffee  作者: タイロン
3/9

Part3-1

(元の前書きから抜粋)

Part3です!クソ長ぇから3つに分けました!

一部本文中で説明するのが面倒くさかった点があるので、先にPart3の主要登場人物を紹介。


千影:下ネタ大好き系金髪幼女。『荘楽組』というヤクザに育てられ、今は『荘楽組』構成員にしてIAMOに所属するオドノイド魔法士。まぁ日頃から本作を読んでくれていた方には改めて説明するまでもないよね。


伝楽:銀髪のオドノイドの少女。厨二っぽい性格と口調だが、舌が短いせいで「だ」がうまく発音できなくて「ら」になってしまうのが作者なりの萌・・・げふん。キャラ付けです。例えば、よく使う語尾は本人は「なのだ」と言っているつもりだけど実際には「なのら」となってしまう。正直めっちゃ書きにくかった。LH本編ではまだまだ登場したばかりのこの子をここまで掘り下げて良いのかな・・・と思いながらも楽しかったので一気に活躍させてみました。


ナナシ:性別不明。性別なしとも言う。一応16歳の、赤髪、赤目の中性的な外見のオドノイド。ただ性格は熱血漢と言える。こちらはもはや本編に先駆け特別編での初登場。とにかく良いヤツ。


 「モテる女はつらいな・・・まったく」


 「軽口叩いてる場合じゃないってば!」


 「分かっとるわ!」


 絶海に浮かぶ鋼鉄の島を脱出するために、金色とルビーの少女と白銀とエメラルドの少女は互いに怒鳴り合いながら立ち並ぶ摩天楼の屋上を飛び移り続けていた。

 2人の名前は、それぞれ千影と伝楽(ツタラ)。どちらもまだ幼い子供だが、その正体はオドノイドだ。先ほど、伝楽―――本人が勧める愛称でここからは「おでん」と呼ぶことにする―――が予言した通りの時刻に、IAMOはオドノイドを全て殺処分するという決断を下した。

 だから、IAMOのお膝元であるこの海上学術研究都市『ノア』とはお急ぎ便でおさらばすることにした。だってまだまだ死にたくない。

 ただ、彼女たちは2人だけで逃げようとしているわけではなかった。むしろ逆である。現に、彼女たちのすぐ背後には複数の魔法士たちが迫っていた。

 敢えてもう一度言うと、摩天楼の屋上を飛び移る千影とおでんを、だ。しかも生身で、もちろん命綱もなく。


 「落ちれば死ぬような高さを平気な顔して跳び回る人間なんてゾッとしない、な!!」


 もはや敵対しようがしまいが関係なく命を狙われると知っているので、おでんは容赦なく追手に攻撃を仕掛けた。着地して、ジャンプする瞬間を狙って得物であるクナイ手裏剣を放る。半端なタイミングで太腿に刃を突き刺された魔法士はビルの縁を踏み外して地上へ真っ逆さま。まぁ、それでも連続して魔法陣を自分の下側に作ってはぶつかって落下の勢いを殺すという、とてもピンチに陥った人間の集中力では不可能そうな生存策を講じていたから、酷くて肩を骨折するくらいで済むことだろう。むしろ仕留め損なっただけ、おでんは舌打ちをした。

 当然、追手の方もやられっぱなしでは終わらない。むしろ本来の攻撃側は彼らの方だ。おでんが狙ったような着地やジャンプの瞬間を狙って銃弾や魔法を撃ち込んでくる。

 

 しかし彼女らはオドノイド、人間には無茶なことも平然とやってのける。そこに痺れたり憧れたりするかは人それぞれだが。

 千影もおでんも、風魔法の心得がある。だから、人体に吹き付ければ骨折するほどの局所的な強風で自分たちの体を煽って滅茶苦茶な軌道修正を行って、飛んでくる攻撃を躱す。躱すたびにいちいち骨折しかけていたらアホなんじゃないかと思うが、体質上骨にヒビが入った程度の傷など数秒もしないうちに完治するし、意図しないダメージを受けて体勢を崩すよりは意図的に自分を痛めつけるような回避の方がずっとマシなのだ。というかもはや痛みなど感じていない。


 彼らの攻防は決して狭くはない『ノア』の上空を一周しようかという勢いで続いたが、それもここまで。千影のポケットから可愛らしい音楽が鳴った。ビルの谷間で体を翻しながら、千影は電話に出る。


 「もしもーし!?」


 『もう大丈夫!戻ってこい!』


 「オッケー!!おでーん!!」


 「やっとか!マジで遅いから失敗したかと思ったのら!!」


 おでんが獰猛に笑ったのを見て、魔法士たちの表情が強張った。

 だが、もう手遅れだ。落ちれば死ぬ程度の人間には、空中戦で余所見をする余裕まではなかった。


 「んははははは!!遊びはこれでしまいなのら!最初っから切り札をぶつけてこんかったお前たちの負けじゃ!まぁわちきはこうなることも全部知っていたがぬわあぁぁぁぁぁぁ!?」


 オドノイドの力を解放した千影に抱えられて飛び去るおでんの声は途中から悲鳴に変わった。同じオドノイドでも千影の速度域には恐怖するものらしい。

 とはいえそもそも、追手の魔法士たちにはそんなおでんの姿も声ももう見えてもいなければ聞こえてもいないはずだが。彼らは逃げる2人を追う素振りもなくてんでバラバラの方角へと散っていった。


 千影はその黒く大きな蝙蝠の『翼』をはためかせ、空を翔ける。途中で高速飛行する戦闘ヘリと出くわしたが、こんな大味な兵器が市街地に出張ってきても出来ることなんてたかが知れている。ヘリより低い位置を飛べばほとんどの火器を封殺出来た。

 2人はそのまま、『ノア』の南端にある港を目指した。そこには巨大な船が停泊している。目的はそれだ。千影の速さなら数分もかからずその船が見えてきた。朝焼けが乱反射してキラキラする水面はどんどん近付いて、そうするとこちらに手を振っている連中の姿も、ただの点よりは大きくなってきた。

 中でも一際元気に跳んだり跳ねたりしている赤髪の少年・・・なのか少女なのかもよく分からない中性的な若者に、千影は呼びかけた。


 「ナナシーっ!さっさと全員船の中に押し込んでー!!おでんが着陸し次第すぐに出るよ!!」


 「あいさいさー!」


 命を狙われているというのに、なんだか爽やかな一日の始まりだった。

 水平線の果てまでも汽笛を鳴らし、終わりの見えない船旅へいざ出港。



          ●



 千影とおでんの役割は、陽動だった。考えてみればすぐに分かると思うが、ただ2人で逃げたいだけなら最初から千影が全速力でぶっ飛ばすなり、追ってくる魔法士たちを遊ばせておかず始末してしまえば良かったのだ。まぁ千影は積極的に人を殺せるメンタルの持ち主ではないから、やるとしても前者の作戦だったろうが。ともあれ、2人の役割はそのような時間稼ぎだった。

 先にも言ったが、おでんはこの日、その時刻に例の宣言が為されるであろうことを正確に予見していた。だから先んじて『ノア』内にいる他のオドノイドたちを逃がすための策に打って出た。おでんの「能力」を持ってしても下準備は容易ではなかったが、今日この日を無事に迎えた時点で作戦が成功することは確定していたといっても過言ではなかった。やはり、千影とおでんのみならず、他の黒いライセンスを与えられたオドノイドたちもみんな『ノア』に集められていたのがラッキーだった。


 そして、千影たちが奪取したこの大型船だが、これもこの逃亡劇を成功させるために重要なファクターであった。なぜかというと、覚えておいて欲しいのはこの船が太平洋のど真ん中にぽつんと位置している『ノア』に食料や生活物資を輸送するためのものということだ。

 ぽつんと、と言ったが『ノア』は広く、研究のために多くの人間が集まり、そして長期滞在している。もちろんIAMOのノア支部もあるため、魔法士たちの出入りも盛んだ。そのため『ノア』には流動的ながら常に大都会のような人口が生活していることになる。しかもここで仕事をしている人間、特に研究者なんていうのはエリートで、宿泊するホテルなんかも相応のサービスを提供しているところがほとんどだ。つまり、その基盤を支えるために運び込まれる物資の量は膨大なものとなる。

 その物資の内容によっては地球を一周することも考慮された頑丈な船体を持ち、長旅に備えて船員たちの生活空間も快適に整備されている。当然、食品などを保存するための冷蔵・冷凍設備も整っている。さらには重要な物資を運搬する関係上、海賊などへの警戒のため軍艦みたいなレーダーやソナーまで備えられている。まさに動く海上要塞だ。

 しかも極めつけが、この輸送船自体が替えの効かない貴重な資産であるという点だ。むしろこの船を狙った理由の8割はこれだと言って良い。

 絶え間なく『ノア』に物資を供給し続けるために同型の船舶は世界に数隻存在しているが、現在寝かされているものは1隻たりともない。『ノア』の機能を十全に維持し続けるにはこの輸送船をフル活動させる必要があった。1隻でも欠ければ大きな障害が生じる。そして、再び同じ能力を持った船を建造しようと思えばそれこそ莫大なコストがかかる。だから、人類はお金の問題で、この船を地球の裏側まで追いかけることはしても、この船を沈めることは出来ないのだ。


 ・・・と、ここまで長々と小難しい話をしたので、しばしの間、憩いの時間を取ることとする。


 船を扱う上で重要そうなことについてはひと通り覚えて、多少なり話の分かる連中にいくらかの仕事を割り振ったおでんは、さっそく自室(さっき適当に割り振った。あと、どさくさに紛れて一番良さげな部屋を取った)のベッドでゴロゴロしていた。そうしているうちに、さっそく船内放送で風呂が沸いたことが知らされた。嬉しいことにこの船には大浴場(日本製)付き。バケモノだなんだと言われても、おでんも年頃の女の子。汗をかいたらお湯に浸かりたい生き物なのだ。

 実はコッソリ風呂が沸いた知らせは自分だけ先に寄越すように担当者に言ってあったので、おでんは鼻唄を唄いながら一番風呂に乗り込んだ。温泉旅館の脱衣所を思わす独特の匂いに胸を高鳴らせながら、おでんは浴場の引き戸を開けて・・・。


 「やぁ、待っていたよ」


 「ってなんで千影が先に入ってるのらーーーッ!!」


 お風呂場でずっこけるのは危険なので、良い子は真似しないようにしましょう。

 ちょっと頭から血が出たが、傷はすぐに塞がった。シャワーで血を流せば万事解決。


 「まあまあ、お背中お流ししますから落ち着いてよ艦長」


 「それは良い心がけなのら」

 

 「まぁなんでボクが先にいたかっていうと、まぁおでんのことだからそういうズルすると思って部屋の前に張り込んでただけなんだけどね。案の定先にお風呂沸いたってお知らせ来たからしめしめと」


 「わちきが言うのもなんらが、小賢しいヤツめ」


 「えへへ~」


 「褒めとらんわ」


 互いにちっちゃい背中を流し合って、でっかい湯船にざぷんと浸かる。


 「「ふわぁー・・・・・・」」


 間抜けな声が出た。

 さすがに浴場の外に日本庭園はないが、代わりに広く青い海が見える。設計者の趣味の賜物か、一応、露天風呂もある。普通の女の子ならお肌の天敵である潮風をもろに受ける露天風呂で長湯はしないところだが、こんなときにもオドノイドの特性は生きてくるものだったりする。

 この船に乗っているオドノイドは異世界やダンジョンから人間界に連れられて来て、そしてすぐに『ノア』に運ばれて以来外界に出たことのない個体がほとんどだ。まして日本で生活していた時期のあるヤツなんて片手で数えられる。だから、とりあえずの目標はこの「じゃぱにーず・をかし」を他の連中に理解させることだろう。

 

 「こうしてゆっくりするのもひさしぶりかも~」


 「そうらなぁ~」


 「うーむ・・・」


 「・・・なんじゃ」


 「おでんって今何歳だっけ?」


 「数えで14らな」


 「ってことは今年で13?ほーう?中1のくせにけしからん体しおって~」


 「うひっ、お、オイやめっ、んあっ♡」


 千影はニヤニヤしながら、おでんの歳の割に膨らんだおっぱいを揉みしだいてやった。最初は暴れたおでんも、あっという間に腰砕けになって、辛うじて湯船のヘリにしがみつき、声を漏らすだけになってしまった。『荘楽組』の男連中と一緒にしょっちゅうAVを見て育った千影の手にかかれば、まぁざっとこんなもんだ。

 いよいよ全年齢指定の本作では書けないくらいふしだらな行為に及ぼうとした千影だったが、艦内全室にお風呂コールがあって他の乗組員たちも浴場にやって来て、我に返ったおでんにあごを蹴り上げられて断念した。

 

 「お、覚えてろ・・・このぺったんこめ・・・」


 「ボクはむしろそれがウリだからなんと言われようと全然気にしませーん」


 別の世界線では本当に世界と戦えるほどのロリコンを生み出すこととなるナイスロリが言うと説得力が違う。本人はそんな事情など知らないだろうが。

 と、さらにそこへ勢いよく戸を開けて、さきほどの赤髪のナナシが現れた。


 「風呂だー!!」


 「「きゃーッ!?」」


 「ごぱーっ!?」


 思わず千影とおでんは『黒閃』を撃ってしまった。腹に風穴が空いて血とか臓物とかを撒き散らしながら、ナナシが泣き喚く。


 「酷い!!なんで!?」


 「男湯は別にあるでしょ!?」


 「俺別に男ってワケでもないんだけど!?」


 「確かにな!でも性格男っぽいからやっぱあっち行け!あとこぼれた内臓掃除しろ!」


 「酷い!!」


 こんなブラックジョークが通用するのもオドノイドだからこそなのだろうか。ぐずりながら、ナナシは素直に千切れた直腸を拾って男湯に入り直すのであった。というかあの傷でお湯に浸かっても大丈夫なのだろうか。数分で塞がるような傷ではなかったはずだが。

 やっと落ち着いて、千影とおでんは湯船の縁に腰を下ろした。


 「・・・で、おでん。これからボクたちはどうするの?」


 「そうさなぁ―――」


 お湯から足の先っちょを出して指を動かしながら、おでんは考える。

 そう、この一団におけるおでんの仕事は考えることだ。少なくともこの船に乗っている者の中では一番賢いのが彼女だからだ。

 そして考えた彼女の口から最初に出た言葉は、あっさりしたものだった。


 「近いうちに、この船は沈められるらろうな」


 「え、なんで?それがないからこの船を奪ったんじゃなかったの?」


 「当面は、な。らから、こうしてゆっくり風呂に入っていられるのも今のうちなのら」


 「じゃあ・・・出来るだけ早く次の行き先を決めないとだね」


 千影も、意外なくらい簡単にその予想を受け入れた。これは彼女がおでんを信頼している証拠だろう。

 

 「千影はどこに行きたい?」


 「え・・・ハワイ?」


 「アホか。『ノア』の目と鼻の先じゃないか」


 「それもそっか。てか、どこに行きたいかで決めて良いもんなの?」


 「さぁな。でも・・・今の時点でここに行くと決めてしまうのは危険なのら」


 外部との通信設備は全て落としてあるが、魔法も魔術もある世界、どこから情報が漏洩するかも分からない。ひょっとしたら知能が低いフリをしているだけのスパイがいるかもしれない。だからおでんは少なくとも敵の対応ペースと味方の状況処理能力に合わせて必要なだけ情報を開示していかねばならない。

 だから、まずはみんなに「じゃぱにーず・をかし」を理解させるのがおでんの第一目標なのだ。裸の付き合いというと古臭いが、要するに気兼ねない交流を通じて仲間たち全員に自分のことを信頼させ、心身共に寄り添い、そして各々の個性や能力の高さを測る。敵の対応ペースを推定するよりも難しく時間のかかる、大事な仕事だ。だが、それでも絶対にやり遂げる自信と覚悟がおでんにはあった。


 「まぁ、大船に乗ったつもりで安心しろよ、千影。わちきが生きている限り、お前のことはきっちり守ってやるのら」


 「やん、照れちゃう」


 そう言ってモジモジする千影の表情は、しかし、なにかを思い出したように複雑な色を帯びていた。



          ●


 

 数十体規模のオドノイドの軍勢が輸送船を強奪して『ノア』を出港したという知らせは、すぐに全世界に行き渡った。

 造船に携わらなかった国や、『ノア』との関わり合いの少ない国からはすぐにでもその船を追跡して撃沈すべきだという意見が出たが、欧米諸国やオセアニア方面、そして日本を含む東アジア各国の権力者たちによって黙殺された。ここまではおおよそおでんの筋書き通りである。

 

 「タイチョー、この千影って子、タイチョーがたまに任務で一緒だった子じゃなくなくないですー?」


 「そうだな」


 「わーホントに金髪幼女じゃないですかヤダ可愛い」


 「そうだな」

 

 「お姉さんぺろぺろしてはすはすしたい」


 「そうだな・・・あれ?小西ってショタじゃなかったか?」


 「可愛いは正義なんじゃ分からんのかおんどれー」


 警視庁、魔法事件対策課、通称「魔対課」のエース、A1班のオフィスにも、当然その知らせは届いていた。

 事件の首謀者としてプロフィールが添付されていたのは、2人の少女と1人の性別不明だった。

 ナメた口を利いたピンク髪のイカレポンチこと副班長の小西李(こにし すもも)をのして、班長の神代疾風(みしろ はやせ)は自分のデスクに戻った。そのデスクには、彼と同じ黒い髪と黒い目の女性と、それから兄妹が一緒に写った写真が置いてある。もしかしなくても、彼の妻と子供たちだ。疾風は、緑茶を啜りながら面倒臭そうに印刷した資料を眺めた。

 金髪を赤いリボンでサイドテールにした、赤目の少女。赤い髪と赤い目の、男か女かも分からないがとりあえず疾風の息子と同じ年頃には見える若者。それから―――。


 「班長、この『伝楽』ってオドノイドのプロフィールだけ画像がワケ分からんことになってますけど、あちらさんの手違いですかね?」


 訊ねたのは、同じA1班に所属する群青色の髪の女性警官、冴木空奈(さえき くうな)だ。

 伝楽、すなわちおでんの資料に使われている画像は、他2人が普通の証明写真テイストなのに対して、恐らくはスマホかなにかで自撮りした写真だった。目元ばかりが大きくアップで撮られていて辛うじて瞳の色と肌の色が分かる程度の情報しか持たない画像に、資料として一体なんの意味があるのだろうか。


 「いや、本当に資料として使える写真がこれしかないんだろうな。アレはそういうヤツだ」


 「・・・いや~、そない意味深なこと言われてもウチ分かりませんよ・・・」


 「用心深いんだよ。とにかく情報に。写真を撮るときレンズを覗き込まないカメラマンはいないだろ。毎度翻弄されてるよ」


 そう言って、疾風はおもむろにホワイトボードの前に立って水性ペンを手に取った。キュッキュッと小気味良い音を鳴らして疾風が描いたのは、おでんの容姿だった。


 「これがそいつの見た目だ」


 「神代さんの絵がデフォルメされすぎてて全然分かりません」


 「うるさい」


 2頭身くらいで描かれた白黒のおでんに疾風は矢印を加えて色や特徴を書き足した。

 

 「肩に掛かる程度の銀髪、翠色の目、年の頃は・・・ウチの娘と同じくらいだったか。いつも狐の面で右目を隠してる。服装はぶかぶかの着物で胸元とか結構アブナイから松田みたいな盛りのヤツとはあんまり会わせたくないな」


 「神代さん割とホントに怒ってます・・・?」


 異常性癖扱いされた若手の松田が困惑したが、彼も多分おでん本人に会えば分かる。年上好きだろうと年下好きだろうと彼女の服装は童貞の目に毒だ。

 A1班で一番のベテランである塚田が挙手をして、疾風が許可をした。


 「それで班長はこの件、どうするおつもりで?」


 「気乗りしないな。別に()()取り立てて騒ぐようなことはしちゃいないんだ」


 「班長、それ願望が混じっとるんと違いますの?」


 「当たり前だろ。オドノイドは元々人間なんだ。今のあいつらがどれだけバケモノじみていようが、一緒に仕事もしたことあるヤツを手に掛けるのは気分が悪い」


 「バケモノ筆頭が言うと違いますねー、いやー、ホント、違いますわー」


 李はそう言うが、そんな彼女もまた魔法士として見ればバケモノだ。世界に3人しかいないランク7魔法士(バケモノ)の一人がリーダーを務めるバケモノ集団は、こうして一旦の見送りを決断したのだった。



          ●

  


 事件の情報は、様々なルートを辿って、やがてはヤクザやマフィアのところにも舞い込んだ。

 また勝手なことに首を突っ込んだらしい義理の娘に呆れて、日本最大級のマジックマフィア『荘楽組』の首領、アロハシャツの大男、岩破(ガンバ)は溜息を吐いた。

 彼の眼前では、紺色の髪の、ずっとニヤニヤしていて表情の読めない青年、(コン)と、だぼだぼのスウェット姿だがメガネの奥の目に宿る理知的な雰囲気だけは確かな男、(ケン)が、千影の行方について話をしていた。


 「なあ研ちゃん、これ追えねぇのか?」


 「そりゃ無理だぜ、紺」


 「研ちゃんでも無理なのかよ」


 「俺が得意なのは化学と工学だぜ?政治的なこたぁサッパリだ。この首謀者リスト見りゃ分かる。俺が変に頭捻って行き先予測したって当たりっこねーよ」


 「そんなことよりお前ぇら、俺たちゃもっと大事な仕事目先に抱えてんだろぅが」


 岩破は息子たちの兄弟喧嘩に割って入って、小さなデータスティックを見せた。

 7月30日に、『荘楽組』はひとつの因縁を終わらせる。これは、そのためのエサだ。千影が駄々をこねるからネビア・アネガメントに干渉するために回り道をして、危うく落っことすところだったが、紺が頑張ったのでなんとか回収出来た。

 千影がそう簡単にくたばるようなタマじゃないことは、彼らが一番知っている。だからこそ岩破は「そんなこと」と割り切った。


 

           ●


 

 「し、死ぬ・・・ぅ」


 千影は厨房に押しかけて餓死寸前であることを訴えた。

 厨房ではちょうどナナシが夕飯の支度をしているところだった。


 「そんなこと言う元気があるうちはまだ大丈夫なんじゃないのか?」


 「ぐぬぬ・・・」


 「おいおいそれは千影と腹の虫、どっちの声なんだ」


 「どっちも~・・・」


 千影に押し負けてナナシが用意したのは、自分の耳たぶだった。


 「アンパ○マンじゃないんだから・・・」


 「よせよナナシ、千影は共食いに飽きてる」


 「あ、おでん」


 今朝のモーニングプレートに載っていたパセリを口に咥えてもっそもっそと味わいながら、おでんはナナシの血まみれの肉片を取り上げて、パセリと一緒に飲み込んでしまった。

 そもそも人肉は、乗組員のほとんどを占める黒色魔力生成器官がまだ未熟なオドノイドたちにとっての貴重な黒色魔力源なのだから無闇に削るな、とおでんはナナシを叱る。再生するから良いという問題でもないのだ。

 ナナシの血で汚れた手を洗って魔法のジェットタオルで乾かしながら、おでんはひとつ覚悟をしたように咳払いをした。


 「・・・そろそろ潮時らな。上陸して物資を補給しないともたん」


 「え、でもそれって大丈夫なの?」


 「らいじょばないけど仕方ない。ネットも完全に遮断しているから情報も不足してきてる。この状況じゃわちきも正確な判断が出来なくなる日が来るのら」


 「そ、そっか・・・」


 ウェブ連載の漫画とかユーチューバーの動画配信が全く見られない生活は、スマホを持った現代っ子たちにはちょっぴりしんどいということである。・・・もちろん冗談だ。どちらかというと、ネットを使えるならおでんは真っ先にIAMOや各国の政治家のTbytter(ツブヤイタッター)を見るだろう。今の彼女たちの情報源なんて、たまに来る追撃部隊くらいのものだ。下っ端共の持ち得る情報量では心許ないのが実情なのだろう。

 船での生活ももうじき1ヶ月が経つ。インターネットが普及した世界の速さには、千影ですら追いつけない。


 「なんか、ホントおでんには頼りっぱなしだね」


 「気にするなよ、むしろもっと任せてくれて良いのら」


 「やだもうボク惚れちゃいそう」


          ○


 2日後、千影たちはフランス西海岸に位置する大都市、ル・アーブルに上陸した。

 輸送船は目立つため、そちらにはいくらかの人員を残した上でビーチで遊ぶ人間たちから見えない程度の距離に留まらせた。そして、総勢30人の上陸組はボートを使って夜中にコッソリと上陸を決行する。そしてその後、輸送船組には再び航行を開始させた。期間を予め決めておいて、その最終日きっかりに改めてル・アーブルに寄港させ、実はオドノイドたちが暗躍してましたとアピールしながら立ち去るのがおでんのシナリオとのことだ。


 まずは(特におでんの)服装が目立つため、衣類を確保する。お金に関しては、セキュリティ的にもリスクの少なさそうな日雇いのバイトを探して顔が割れていない仲間を働かせて、作戦の要となるナナシとおでんの身なりを整えるところから始めた。その間は路地裏暮らしだが、もともとがドブネズミのオドノイドたちにとってはさして大変なことではなかった。

 次に、それなりに裕福な家庭を適当にいくつか選んで、その情報を盗む。あまり有名な金持ちを狙うと話が大きくなるので、こういう場合は保険会社やIT企業に勤める人間あたりが手頃だ。元々金髪で街並みに紛れることの出来る千影が適当な会社を見繕って張り込み、具合の良い人材を見つけて尾行する。その際、出来ればその親族も裕福だともっと良い。裏稼業の組織に育てられた千影は、そういう意味では、人を見る目があった。

 人材を決めたあとは、おでんの仕事だ。隙を見つけてちょろっと拉致して、ちょくらズルして必要な情報を根こそぎ窃取するだけ、あら簡単。

 そして、情報を手に入れたらさっそく。


 「ヤミ金にレッツゴーなのらー!」

 

 「おー!」


 「待て待て待てお前ら!そんな資金源があるか!」


 ・・・と、ここまで来てようやくナナシがツッコんだ。そろそろツッコミ役不在のフランス旅行なのかと思い始めていた頃である。


 「なんじゃいきなり大声出して」


 「いやヤミ金なんかに手を出して良いと思ってんのか、どう足掻いたって返せないよ!?」


 「らーから・・・返す必要なんてないのら」


 「・・・なんで?」


 「らって今からお前は大手保険会社の敏腕営業マンのアドルフさんになるんらからな」


 「・・・は?」


 もはやナナシが理解を放棄してしまったので、ここで補足をする。

 要するに、おでんはナナシをアドルフという男に仕立て上げた上で、その名義で必要な金額を借りる。それに必要なアドルフの外見的特徴も個人情報も銀行の口座番号も既に手元に控えている。結果、金を受け取るのはおでんたちだが、当然、返済を迫られるのは本物のアドルフとなる。恐らく本人はなんのことだか分からず混乱するだろうが、もはやその頃にはおでんたちは逃亡生活に戻っている。アドルフには可哀想だが、彼にその後10年は借金の返済に追われてもらうことになるだけで事が済む、誰も血を流さずに済む完璧な金策だった。ちなみにアドルフの出番もこれで終わりである。

 頭の上に「?」を浮かべまくるナナシの手を引いておでんは千影がピックアップした闇金融の事務所に堂々と入っていった。


 そして、1時間後。千影が喫茶店でパンケーキを頬張っていると、悠々とした歩調でおでんとナナシが戻って来た。


 「首尾(ひゅび)わ?」


 「わちきが失敗するとでも?」


 「さすが」


 「アドルフって人には悪いけど、これも俺たちが生きていくのには仕方ないんだよな・・・」


 おでんは千影のパンケーキを半分横取りしてホイップで口の周りを汚しながら、千影の顔色に対して怪訝な顔をした。


 「なにかあったか?」


 「アメリカと中国が平和になったってさ」


 「あぁ・・・そのことか。次は日本らな」


 「ネビア・・・うまくやってるかな」


 「ネビア・アネガメント―――渋谷警備のイカ娘らな」

 

 千影がネビアとの関係や当時のやり取りなどについて語っても、おでんは肩をすくめるだけだった。その分、情に厚いナナシは目を充血させていたが、語り聞かせた千影本人もそこまで感動して欲しくてそんな話をしたのではない。

 軽食を取り終えて、3人は喫茶店を出た。このまま夜にはル・アーブルを発つ。次に地上でものを食べられるのはいつになるか分からない。輸送船が寄港する前に、ちょっとだけ贅沢をするのも悪くはあるまいと言って、ネビアは街中に散ったオドノイドの仲間たちに召集をかけた。ここまで作戦のために働いてくれたみんなに、労いの意味を込めて(奪った金で)食事を振る舞うとのことだ。


          ○


 夕方、友達の誕生日パーティーという建前でイタリアンレストランの席を半分占拠して執り行われた「ドキドキ☆なんでもありの一攫千金大作戦」の慰労会は大盛り上がりだった。なんでフランスに来てまでイタリアンレストランなのかはツッコんではいけない。千影とおでんがなぜか無性にピザを食べたくなって決めただけのことだ。

 盛大に料理を注文したが、それでもまだ彼女たちの手元には有り余るほどの金があった。しかもこれで、既に船に持ち込むための食料品は買い込んだ後である。敢えて悩ましい点を挙げるとするなら主に2つか。ひとつは、基本的に彼女たちは銀行やATMを利用する機会がないため、資金は現金として携帯する他ない点。そしてもうひとつが、ユーロ圏を出れば両替する必要が出てくる点。まぁ、その程度だ。大抵のことは誤魔化しが利く。


 「ふあぁ・・・お腹いっぱい・・・」


 「それはなによりなのら」


 「おでんと一緒なら逃亡生活なのがウソみたい」


 千影は、後ろをついてくる仲間たちの幸せそうな顔を見渡して満足そうに笑った。

 きっと千影だけではこんなにうまくはいかなかった。もっとも、千影には『荘楽組』という選択肢があっただけまだ救われているのだろう。おでんやナナシはもちろん、他のオドノイドたちのほとんどは彼らを温かく受け入れてくれる場所なんて持っていない。だから誰も、一人じゃまともには生きていけなかったはずだ。

 買い込んだ食料を回収しながら、彼女たちは輸送船がやって来るはずの港へ向かった。

 

 だが、そのときだった。



 「Regarder! Quelque chose brûle au large de la côte !?」



 フランス語で、なにかを叫ぶ声が聞こえた。なにを言っているのかは分からなかったが、千影はその声色から不吉なものを感じ取って、おでんを見た。いいや、千影だけではない。他のみんなも、おでんの顔色からなにが起きたのかを知ろうとしているようだった。

 

 「見ろ、沖でなにかが燃えてるぞ」


 「・・・ちょっと待って、おでん。それってまさか―――」


 「あぁ、俺にも間違いなく今そう聞こえた」


 フランスでの活動の要に抜擢されるだけあって、ナナシも聞こえてきた声を理解出来ていた。

 そして次の瞬間、おでんは踵を返して、仲間たちに向けて宣言した。


 「()()()()()。これでわちきたちは帰るアテを失った。大切な仲間たちと共に」


 泣き声を漏らしそうになった少年オドノイドの顔を鷲掴みにして、おでんは静かに全員を睨み付けた。その見るだけで人の寿命を10年は奪いそうな眼光は、沸騰しかけた空気を一瞬のうちに凍り付かせる。

 仲間を、友を失くした痛みが分からないわけではない。むしろおでんはこの中でも1番か2番目には、それを良く知っている。だが、そこで立ち止まっていてはいけないことも知っている。


 「今は泣くな。喚くな。慌てるな。そして走れ。まらなにも終わってない。わちきたちは生き延びる。必ずなのら」


 その夜、ル・アーブルの夜景を彩った炎の作る影の中を子供たちは駆け抜けた。また、元のドブネズミのような生活に戻ってしまうのかもしれない。それでも、失った仲間たちの分も強く生きるために。





          ●





 嘘だ。


 おでんはこうなることを知っていた。

 

 結論は、世界を動かすものは金だという話。


 おでんは言っていたはずだ。近いうちに船は沈むと。

 それが、他でもないあの夜だった。

 あの夜が、輸送船をジャックしたオドノイドたちを駆逐して船を取り戻した場合と、船ごとオドノイドを海の藻屑へと変えた場合の、経済損失の平衡点だった。

 それを初めから知っていて、おでんは船を下りた。船を守るのに必要最低限のわずかな仲間たちを船に残して。

 そもそも、衛星軌道上からの監視で実際は巨大な輸送船の位置など初めっからバレバレだ。だから定期的に襲撃があった。

 だが、普段から船を守るための戦闘には最低限の戦力しか割かなかった。だからおでんたちが留守の期間中に追撃部隊が船を攻撃したとしても、船内にいる人数が少ないことに気付くことはない。そして、IAMOは今まで通りの調子で海を漂流する輸送船には当初と同じ人数のオドノイドがいるものだと、なんにも疑うことなく信じ込む。そして、船が奪われた当初は判断を渋っていた欧米諸国、オセアニア、東アジア各国が揃って首を縦に振ったことで、呆気なく船は沈んだ。


 巨大な輸送船が木っ端微塵になるほど派手に吹き飛ばしたのだ。これでおでんたちは世間では死んだことになるだろう。もはや常識的に考えて追手はかからない。

 

 だが、まだだ。


 装いを元の着物に戻したおでんは、再びその象徴たる白面狐の面を被る。


Part2の後書きで出したクエスチョンの解答。


A.女子大生に逆ナンされてタジタジになっている迅雷を見て、ネビアは嫉妬してしまいます。魔力というのは感情の起伏に影響されるもので(ep.2あたりで「魔力っていうのは考えれば動く」みたいな話をした気がする)、ネビアの感情の昂ぶりによって彼女の黒色魔力もまた昂ぶってしまいます。

 そして、このときIAMOは、街に潜むオドノイドを発見するためにモンスターを発見するために街の各所に設置していた黒色魔力センサの「モンスターである」と判定する基準値を大幅に引き下げていました。よって、ネビアのちょっとした魔力の波は、センサに引っかかってしまいました。

 日常のそんなところにも、彼女を陥れる罠はありました。オドノイドたちに安寧の日々は訪れるのでしょうか・・・。


そしてPart3はまだまだ続きます。

(2020/04/10 21:00投稿)

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