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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Encounter! C.O.C

「よう、儲かってるか!」


「……ん? おぉ、こないだのあんちゃんか」


 先に声をかけたのはマイルズだ。男の方も近づいてきている途中では相手が誰なのか分かっていなかったが、話してみて気づいたらしい。


「そっちの奴はお友達か?」


「あぁ、俺は付き添いだ。気にしないでくれていいぞ」


 俺だって、いきなりコンプトン・オリジナル・クリップの話を持ち掛けようとは思わない。まずはマイルズがコイツからクスリを買うのを見届けるつもりだ。

 もちろん、俺は買わない。


「クラックだったか。いいのが入ってるぜ」


 クラックとはクラックコカインの略称だ。固形物のものだが、水タバコ用のパイプなどを用いて揮発させて煙を吸引する。

 重篤化した愛好家の中には、粉状に砕いて鼻などから直接吸うものもいる。もちろん後者の方が圧倒的に毒性が上がる。

 ヘロインと並んで、最も強い中毒性を持つ麻薬だ。


 ただ、このコカイン。法律で禁止される以前は普通に販売されていた。


 たとえばコカ・コーラの「コカ」はコカインの事だ。以前は麻薬が入った状態で売られていたのだから、人々は一瞬でコカ・コーラ中毒になり、これを買い求めることになった。

 そりゃ、あれだけデカい企業になるわけだ。


 現在は、コカインの代わりにコーラにはカフェインが入っているが、カフェインも微弱な中毒性を持つので注意が必要だ。


「自前で作ってるのか? それとも仕入れてんのか?」


「……なんだお前、それを教えるわけねぇだろ」


 クラックは通常のコカインに重曹を混ぜて精製出来る。売人の間ではそこに別の不純物を混ぜてかさ増しする手法も流行っているようだ。

 いわゆる粗悪品という奴だな。


「別に。ただ気になっただけだ。答える気がねぇならそこまでだよ」


「おい、兄弟! あんまり売り子に喧嘩売るんじゃねぇよ!」


 ここでへそを曲げられて、この男がクスリを売ってくれなければマイルズは大痛手だ。


「そんなつもりはねぇ。ほら、早く買っちまえよ」


「チッ、急かすなよ」


 マイルズがゴムで丸く束ねた20ドル札を売人に手渡し、反対に売人からはクラック入りの透明なジップ付きポリ袋が手渡された。

 意外にもそのままの形で売ってるんだな。何かに隠したり、染み込ませているものかと思っていた。


「ほら、買ったらさっさといけ。他の客が逃げるだろ」


 礼の一つも言わず、売人はマイルズと俺に手をシッシッ、と振った。いつまでもここに踏みとどまっていては商売の邪魔だと言わんばかりだ。


「そう言うなよ。少しくらい話したっていいじゃねぇか」


「お前……さっきから何なんだ? 商品は買いもしねぇで、ぶつくさ歌ってよ」


「マイルズ、頼みがあるんだが」


「あん? なんだ、兄弟」


「残りのクラック、全部俺がコイツから買ってプレゼントしてやるって言ったら、もう少し協力してくれるか?」


「そりゃもちろんよ!」


 飛び跳ねて喜ぶマイルズ。

 かなり痛い出費だが、金なら少しある。この売人を引き留め、それに協力してもらうにはこれが最もいい形だろう。


「聞いたな、売り子。手持ちのヤクを全部、兄弟に渡せ。金はこれだ」


「……お前、何を企んでるんだよ?」


 言いながらも売人はクラックをすべて手放し、俺が渡した札束を懐に入れた。


「なに、仲良くやりてぇと思ってるだけだぜ。この、兄弟の話によるとお前は新しいセットの人間なんだろ? 俺の顔を売っておいても損はねぇだろう」


「わけわんかんねぇ。てめぇも新参って話かよ?」


「いや、ウチは古参だな。ただ、クリップスがブラッズのシマで商売してるのは非常に興味深い。どうやって敵地で堂々としてられるのかってな」


 これはクスリの流通手段以上に聞けるはずもない話だ。ただ、この売人くらいしかC.O.Cの繋がりがないので、なんとか逃がさないで留めておかねばならない。


「……別にどうだっていいだろう。ブラッズにもクリップスにも知り合いくらいいる。俺は金さえ払えば客なんて誰だっていいからな」


「なら、俺ももうお前の客。それも太客なんじゃないのか?」


「そうだ。だからこうやって下らねぇ世間話に付き合ってやってるんだろうが」


 黒いフードの奥は、いつまで経ってもしかめっ面だ。


「セット名を訊いてもいいか? いっぱしのギャングスタなら敵方にも名前くらいは売っておけよ」


「コンプトン・オリジナル・クリップ」


 マイルズの情報は確かだった。


「確かに知らねぇセットだな……わざわざ出張販売とは、自分らのシマじゃ大して客が見つからないのかよ」


「余計なお世話だ」


 いよいよ本題に踏み込んでいく。現時点でもかなり警戒はされているので、一歩間違えば話はご破算だ。


「余計なもんか! お前みたいな考えを持ってるってことは、今後どこにでも現れる可能性があるって事だろう?」


「……知らねぇよ。しばらくはここだろ。何の不便もねぇ」


「シマはどこだ? 歩いてきてるくらいだから、近いのか? セット名からコンプトン市内ってのは分かるけどよ」


 ギャングスタはマフィアとは違って所在を隠したりはしないので、何気ない質問のはずだ。むしろ、どこの町の、どこのエリアの、どこのセットの、誰々だなんてのは声高々にラップにすらして叫んで回る。

 しかし、売り子は短く舌打ちをした。


「これ以上のおしゃべりは無しだ。帰れ」


「あぁ? 何をビビってんだ、お前」


「てめぇの方こそ、勘違いするんじゃねぇぞ。クスリの金を払った分、俺の厚意で話してやってるだけだ。何でもかんでも聞けると思うんじゃねぇ。さもないと……」


 男が自らの腰に手を下ろす。


「おっと。どうしたんだ、穏やかじゃねぇなぁ。ほら、スマイルスマイル」


 その手をサッと横から掴み、マイルズがニカッと笑った。歯につけたグリルズがキラキラと光り輝く。


 ただの金回りの良いジャンキーかと思っていたが、そこはギャングのプレジデントを張る男だ。

 ここぞという時にはこうやって危機感値能力と行動力が伴うわけか。


 俺も、こういった所作は参考にしていかなきゃならないな。やはり、トップに立つ人間というのは、どこか普通とは生きてる感覚が違う。


「……離せ」


「もう少しくらい兄弟と話してやってくれよ。わざわざ遠くから来てるんだと。ほら、俺みたいなスマイルでな」


 ただ、マイルズが穏便に済ませようとしてくれたのは意外だ。銃でも引き抜こうとしようものなら、問答無用でぶっ飛ばしそうなものだったが。


「C.O.Cについて少しくらい聞かせてくれよ。で、どこにあるセットなんだ?」


「ご想像の通り、コンプトン市内だ」


 咳ばらいをし、売り子は嫌々ながらも答えてくれた。


「そうか。こんな街だ。こうやって敵地で商売するってのも、お前らがつけた知恵なんだろうな。プレジデントは知ってんのか?」


「知ってるさ。俺だって自分の判断でやってるわけじゃねぇよ。この辺りに知り合いが多いってのは俺個人の付き合いだがな」


「だったらその中で揉め事起こすような素振り見せてんじゃねぇ。ピストル抜こうとしただろ、お前。別にこっちは話がしたいだけなのによ。撃ったら終わりだったぞ」


 もしここで銃声がしたら、このエリアのブラッズは動かざるを得ない。仮に俺とマイルズを倒せても、場所を借りているのであればこの売り子が起こしたと知れるだろう。


 そして相手は俺とマイルズのどちらもブラッズだ。このシマにいるギャングスタが味方をするのは、クリップスである売り子ではなくこちらである可能性が高いのではないだろうか。

 個人的付き合いを優先する奴らばかりであればその限りではないが。


 まぁ、そんなことを考えずともこの場は二対一だ。死ぬのはコイツだっただろう。


「ふん、試してみるか?」


「何をそんなに死に急いでる?」


「おーまーえーら! スマイルだって言ってんだろうが!」


 顔はにこやか、しかし額には青筋を浮かべたマイルズが仲裁を頑張ってくれている。何か……いい奴だな、コイツ。


「俺は喧嘩なんて売ってねぇぞ、兄弟。話がしたいだけだと何度言っても、コイツが突っかかってきやがる。金まで払ってんのによ」


「だからその分はもう話してやっただろうが。なんでそんなにウチのセットの事が知りたいんだ?」


 当然、ここで本当のことを話すわけにはいかない。


「分かった。正直に話そう。実は俺らもブラッズをやってはいるが、クリップス側に話せる人間が欲しいと思ってるんだ」


 出まかせだ。我ながら口が回るもんだな。


「お前のところはブラッズに対してアレルギーもないみたいだからな。現に、今こうして話してる。だからどんなセットで、どんな人間なのかを聞いてるんだよ」


「クリップス側に協力者を? 何に利用するつもりだ」


「情報収集とか、情報共有だな。別に喧嘩の加勢をしろ、資金やクスリを回せなんて内容じゃない」


 これはすべて嘘かと言われれば難しいところだが、コンプトン・オリジナル・クリップと協力ということはあり得ないだろう。俺たちの目的はこいつらを叩き潰すことだ。


「まぁ、そのくらいならいいだろう。それで? 俺の連絡先でも欲しいのか?」


「貰えるんだったら嬉しいかもな。交換しておこうじゃねぇか」


 これは意外だった。奴にも何かの考えあっての事か。腹の探り合いは続きそうだな。

 俺は携帯電話を取り出して、売り子の男と番号を交換する。


「名前は?」


「俺はガゼルって呼ばれてる。てめぇこそ名乗れ」


「クレイだ。イングルウッドのブラッズに所属してる」


 今更ながら自己紹介をし合った。名前は名乗ったが、B.K.Bであることは明かせるはずもないので所属は適当だ。


 だが、セット名まで聞かれてしまってはマズい。イングルウッドのブラッズの知識なんて俺には無いし、適当なセット名を答えようにも何も思いつかない。


「なんてセットだ?」


 そして、ピンチは即座に訪れてしまった。

 こればっかりはマイルズにも手助けは出来ない。それに彼は俺が嘘をついていると分かっているはずだ。イーストL.A.のB.K.Bと名乗っているからな。


「今はまだ明かさない方がいい、としか言えないな。時期が来たら教える」


「……? また妙なことを言い出しやがったな。なぜ明かさない」


「内輪でかなりごたごたがあってな。俺がこうやって余所のテリトリーでクリップスから情報を得たってのは伏せておきたいんだ。俺自身も、味方に消されることになる。お前の方は別にそんな制約はねぇんだろ?」


 B.K.Bにだってそんな制約はない。サーガなんて、自身を殺しに来たヒットマンを逆に雇ったくらいだ。


「制約なんてねぇが、俺だって大手を振ってブラッズのお友達が欲しいなんて思ってねぇぞ」


 ガゼルがさらに訝しそうな顔をする。さすがに苦しい言い訳では納得させられないので、もう一押しか。


「代わりと言っちゃなんだが、情報は高く買わせてくれ。それなら文句はねぇだろう?」


「ふん、そりゃあな。だが、解せねぇ。イングルウッドの人間が何でコンプトンでぶらついてんだ」


 この男、金の力には弱いようだ。分かりやすい反面、いつ何時でも人を裏切る危険性をはらんでいる。


「イングルウッド近郊ほど動きづらい場所はねぇだろ。誰の目があるか分かったもんじゃねぇ」


 ちなみに、イングルウッドはサウスセントラルから見て南西部、コンプトンは南東部に位置している。

 その距離は8マイルと離れていないので、地元民じゃないからといって、ウロウロしていてもそこまで不思議ではない距離感だ。車なら15分、20分ほどだろうか。


「それは確かにそうかもしれねぇ」


「その点、お前はコンプトン市内で別ギャングの、それもブラッズのシマに堂々と入ってきてるだろ? それがかなり気になったんだよ。今言ったように、ウチはごたごたが起こってる。そんな動きが出来れば、ガラ隠すにも情報収集にも使えるからな」


「ふん、人の事を忍者か何かだと勘違いしてやがるらしい」


「面白れぇ冗談だ。ガゼル、腹減ってねぇか? メシに付き合えよ。俺の仲間もその辺に待機してる」


「……メシだと? もちろん奢りだろうな?」


 俺の勝ちだ。

 しかし、ここでも金とは筋金入りの守銭奴だな。

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