ELA and CPT
二人のギャングスタに続いて、俺とホーミーが二人。合計で五人が車を降りる。残りは車内で待機だ。
目の前には何の変哲もないぼろの一軒家。庭先にはピカピカの64インパラのローライダーが停まっている。貧困街には不釣り合いだが、この家主には多少のゆとりと見栄があるのは分かる。
一般のギャングスタではなく、プレジデントであるというのも納得だ。
「ボス!」
玄関の薄い扉の淵をノックしながら、ギャングスタが家の中へと呼びかけた。窓や扉には金網か鉄格子がついているのが危険なエリアの常識だが、この家にはそれが無かった。
「あー?」
家の中から返答がある。寝ぼけたような緩い返答だ。
「客を連れて来たんで会ってやってくれねぇか!? 手土産に酒があるぞ!」
「酒だぁ? 用があんならヘロインでも持ってこいって伝えとけ」
ちっ、ジャンキーか。まともに話せればいいが。
「だそうだ。そんな用意はねぇよな?」
ギャングスタが振り返って俺に尋ねる。コイツ、悪びれもしねぇ。
「当然だ。こっちは酒まで買ってんだから、会えねぇで返されても困るぞ。どうにかしろ」
「チッ……乗り掛かった舟だ。取り次いでやるから待ってろ。先に酒は預かっていくぞ」
二人が先行して家の中へ入っていった。
「クレイ。こりゃ揉めそうじゃねぇか?」
「どうなるかね。下手に出てやってんのに、いちゃんもんつけられたら立つ瀬はねぇぞ」
腰に忍ばせたサブマシンガンの感触を確かめる。ブラッズ相手に撃ちたくはないが、死ぬのは御免だ。
何分経っただろうか。おそらく酒を飲ませてボスの機嫌でも取ってくれているんだろう。一緒に酒盛りをしてるだけの可能性もあるが。
「まーたーせーたーなー」
「チッ、おせぇぞ!」
へべれけなのか、ふざけているだけなのか、ギャングスタの一人が玄関から顔を覗かせ、俺たちを手招きした。
めでたくプレジデントの許可が下りたというわけだ。
「あぁ? 十五分も経ってねぇだろ。カリカリすんなよ、お客人。ボスにぶっ殺されても知らねぇぞ?」
「酒を奢った奴を殺すとあっちゃ、恩知らずもいいところだな。さっさと、案内してくれ」
「こっちだ」
俺と二人のホーミーがギャングスタに続いて家へと入る。中は妙に小綺麗で、狭い廊下には絵画や壺なんかが飾ってあった。
通されたのは一番奥の寝室。ベッドだけがでんと置かれており、その上に一人の男が寝転がっていた。もう一人の別のギャングスタは、その入り口で突っ立っている。
「一緒に酒盛りって雰囲気じゃなかったんだな」
「あぁ? おう、お前が差し入れをくれたっていう兄弟か」
寝転がっていた男が半身を起こす。上下は半袖のグッチ製の黒ジャージ。四肢は出ているが意外にもタトゥーや傷は一切見当たらない。
スキンヘッドで、両耳についたダイヤモンドのピアスと開いた口からきらりと光るグリルズが異様に目立っていた。指輪もすべての指についており、これもすべてゴールドやダイヤモンドだろう。
ブリンブリンに光り物を身にまとうプレジデントを見て、部屋の中に美術品などが多いのにも納得がいく。これでジャンキーなのは意外だが。
「あぁ。景気がよさそうだな、兄弟」
俺が入室し、彼と軽く拳をぶつけて挨拶した。
「そうでもねぇぜ? 酒なんだが、美味かった。どうもありがとよ。ウチの若いのにも奢ってくれたそうじゃねぇか」
「謙遜とはギャングスタにしちゃ珍しい奴だ。俺はビッグ・クレイ・ブラッドのクレイ。イーストL.A.から来た」
「俺はマイルズだ。ここらで頭ぁ張ってる」
意外にも話せる。だが、突然怒り出したりする可能性は十分にあるので油断は禁物だ。
「で、若いのから話は聞いてるのか?」
「いんや? 酒をもらっただけだ。そりゃそうだよな、俺に用事があって来てんだよな、兄弟は。そんで? てめぇは俺の金でも狙ってんのか?」
「狙ってたら今頃こうやって話してねぇだろ。家の中には高そうなものばっかりで、表にもご立派な車が停まってやがる」
本気か冗談か、一瞬だけピリッとした。
「……ふん、酒代分は返してやるよ。何が欲しい?」
「情報だ。とあるクリップスに返しをするために、奴らの拠点を探してる」
「情報? テリトリーが知りたいってか。なんてセットだ?」
「コンプトン・オリジナル・クリップ。略称はC.O.Cだ。」
セット名を伝えると、マイルズは坊主頭をぺたぺたと手のひらで触り始めた。何か知っているのか、一生懸命に思い出そうとしてくれている。
「んー、聞いたことはあるかもしれんが、思い出せねぇ!」
「酔っぱらってるならそうだろうな。いや、素面でも同じか?」
「んなこたねぇぞ! 俺の記憶力は世界一だからよ……あっ!」
「何だ?」
「確か……、クラックを買ったな。先週だ。そんな名前のセットだった気がする。多分、新しいところだろ? 俺もその時、初めて聞くセット名だなと思ったんだよ」
これは驚いた。まさか直接のつながりがあるとは。
「クリップスからヤクを買ったのか……?」
「不可抗力だ。たまたま声かけた売人がそこの人間だったってだけ。お互い、暗黙の了解でその場は済ませてるぜ」
プレジデントの身でありながら敵方に儲けさせるとは。
あまり褒められたものではないが、マイルズは別にB.K.Bではないので批判したり叱るわけにもいかない。
「理解できんが、そのおかげでこっちに有益な情報がもらえるんなら助かるぜ。その売人とはどこで?」
「ありゃどこだったかな。ここから徒歩圏内ではあるぞ」
「思い出してくれ」
マイルズが再び、ぺたぺたと頭を触っている。
「あー……東、いや西に2ブロックだったか。ちんまりした公園があるんだよな。その辺だった気がする」
「ボス、2ブロックなら南側にしか公園なんてねぇぞ」
「しっかりしてくれよ、兄弟」
手下に指摘されているが、おそらく正解は南の気がする。
「そうだったかぁ? ブロック数が違うかもしれねぇ」
「そうなると無限に候補が増えるだろ」
マイルズがうなりながら首をひねる。
「いや、遠くはねぇんだよ。これは絶対だ。歩きだったからな」
「ならやっぱり南だろうな。マイルズ、俺たちの車を夜まで庭先に停めさせてもらえないか? 歩きで向かう」
「構わねぇぜ。何ならついて行ってやろうか」
「本当か? それは助かる」
願ってもない申し出だ。土地勘がないので地元民の協力は本当に助かる。ただし、コイツは方角も間違うような馬鹿だが。
「ただし、行くなら俺と……あー、クレイだったか? お前と二人でだ。ぞろぞろと引き連れて売人を取り囲むわけにもいかねぇ。ビビって逃げるか撃たれるぞ」
「それは当然だな」
マイルズを信用しているわけではないので、二人きりには若干抵抗があるが、ホーミーたちに離れた位置から追尾してもらえばいいだろう。
……
まだ日は高いが、早速その公園へと向かって出発した。日が落ちるまで車を停めさせてくれるようにお願いしたのは、どれくらいの時間がかかるか分からないからだ。
「昼間っからクラックを売ってるのか?」
「妙なことを訊きやがる。むしろお前のとこのハスラーは夜に売ってんのかよ?」
「……どうだろうな」
言われてみて初めて気づく。B.K.Bのハスラーもヤクは取り扱うが、どんな商売の仕方をしているのかまでは知らない。
夜だろうが昼だろうが地元にはホーミーたちや住民が溢れかえっているし、客にいつクスリを手渡しているかどうかなんて、注目したことがなかった。
「あん? お前、売り子じゃねぇのか? かといって喧嘩屋にも見えねぇが」
ガーディアンなど他のセットには存在しないのだ。俺はどちらかと言えばハスラーに見えるんだろう。
「まぁ、ウチは構成が複雑なんだよ。割とデカいセットだからな」
「ほー、ビッグ・クレイ・ブラッドって言ったか。あん? B.K.B? どっかで聞いたな」
「そうか、知っててくれて嬉しいよ。ところであれか、公園ってのは」
徒歩でおおよそ十五分。
目の前に現れたのは、公園と呼ぶには寂しい、ブランコ一つすらない空き地だ。車が五台くらい入るスペースがあるだけで、廃タイヤが隅の方に二つ転がっていた。
俺たちが歩いてきた道に面していない三方向はすべて、一軒家で囲まれる形になっている。
「ここだな。売り子は立ってねぇか。だが、しばらく待ってりゃ来るから心配すんな」
マイルズは廃タイヤに腰かけた。高級品を身に着けている割には、砂ぼこりなんか気にしないらしい。
「……」
俺は油断なく回りを警戒した。人影は一つもない。ただし、どこかに隠れてガーディアンのホーミーたちが俺たちの様子を監視してくれているのは確かだ。
マイルズの方は誰も引き連れてきていない。地元で暮らし慣れているせいもあるだろうが、隣のブロックでクリップスの売人と接触するというのに完全な無警戒だ。
「あっ、酒でも持ってくれば良かったな」
「まだ飲み足りねぇのか。それに、今からクラック買うんだろ?」
「あぁ、そうだそうだ。へへっ、待ちきれねぇな? てめぇもそうだろ?」
マイルズは垂涎と言った様子。自由で結構。クリップス相手じゃなければ文句なしだ。
「俺はやらねぇからな。酒もクスリも体に合わねぇ。それより、ここはコンプトン・オリジナル・クリップのシマなのか?」
「いや、ここは別のセットのシマだ。何でアイツがここで売をやってたのかは知らねぇ」
「そいつらはクリップスか?」
「このシマを持ってるセットか? いいや、ブラッズだ」
ブラッズのシマで堂々とクリップスが素性を明かして売人を立てている?
一体、どういうことだ。
そのセットはクリップスと協力関係にあるのだろうか。
もちろん、俺の常識からすればそれは褒められたものではない。だが、ブラッズとクリップスの垣根を越えて協力体制にあるものだってある。
たとえば、B.K.Bの同盟セットの中にもチカーノがいる。すべて見直せばクリップスサイドのセットだって含まれているはずだ。
俺は好きじゃないがな。
「そのセットの売人はいないのか?」
「いるぞ。そっちから買ってもいいけど、てめぇの目的はC.O.Cだろ」
「まぁな。しかし、ソイツら同士がなぜ揉めないのか気になってな」
「さてなぁ。どういう関係性なのかは知らねぇ。その売人も初めて会ったし、セットじゃなく、個人的なダチがブラッズにいるのかもしれねぇ。とまぁ、考えればいくらでも理由なんてあらぁ」
確かにその通りだ。理由をあれこれと妄想するのも面白いが、答えはいつまで経っても出ないだろう。
「一度しか会ってないのに、ここにいるってなぜわかるんだ?」
「本人に聞いたからだ。いつもはどこで売ってるんだってな。毎日ここだとよ。だったら俺もまた買うぞって約束もしてある」
「それがどのくらい信頼できるのかわからねぇな」
「騙す理由なんてねぇだろ? 俺がサツにチンコロするとでも? そして、んなもんいちいちサツも取り合わねぇってな。優先されるのは殺しやデカい盗みだろうよ」
麻薬の売買なんて軽犯罪はどうでもいいってか。さすがはコンプトンの警察様だ。
「マイルズ、アンタはボスなんだろ? ヤクの仕入れくらい訳ないと思うんだが、なぜ自ら売人と?」
「さてなぁ。こうやってぶらつくのが性に合ってるんだろうぜ。いくら稼いでも、着飾っても、俺の根底にあるのは泥水すすって生きてきたギャングスタの血なんだろう」
「そうか……少し、見直したぜ」
富や名誉を手にして変わってしまう人間が多い中で、マイルズはいちギャングスタであるということを貫いているわけだ。
サーガもそのタイプだろう。確かに力や金を使ってサツすらも手玉に取っているが、暮らしっぷりはセレブってわけじゃない。その点ではむしろマイルズの方が派手なくらいだ。
「おいでなすったな。俺の言ったとおりだったろう?」
目深に黒いフードをかぶった男が一人、とぼとぼと歩いてきた。ベルトの辺りが膨らんでいる。ヤクか、銃か、とにかく只者ではないのが分かった。




