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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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ELA n CPT

「コンプトン? なんでだ?」


 俺の家のリビング。最近は、ガーディアンの会合はここで開くことが多い。

 アジトである教会、チャーチを使ってもよいのだが、あれはB.K.B全体のものであり、サーガの住まいみたいなものだ。

 ガーディアンの連中もリラックスできるとは言い難い。


「今回は交渉じゃなく調査だな。コンプトン・オリジナル・クリップっていうセットの情報収集をしろとのお達しだ」


 昨日会った男女二人組の所属セットだ。

 ちなみにあれ以上しゃべらなかったので、サーガとメイソンさんがそれぞれにトドメを刺した。生かしてやる約束なんて守らなかったというわけだ。

 俺は嘆息するしかなかった。


 ヒットマンの方は約束通り報酬を渡している。それと、別の仕事があった場合にはこちらへ情報を売ると確約してくれている。こちらはちょっとした収穫だな。アイツがどれほど使えるのかまでは分からないが。


 サーガからガーディアンへの命令は、コンプトン・オリジナル・クリップのテリトリー及びアジトの割り出し、リッキーというプレジデントの顔写真入手だ。


「どういうセットなんだ?」


「それを調べるんだろうよ。今のところ分かってるのは、サーガを襲うための実行犯を金で雇って送り込んできた卑劣な連中ってことだけだ」


「卑劣ねぇ……コンプトンはあんまり近づきたい場所じゃねぇからな」


 コンプトンはロサンゼルス内で言えば屈指の犯罪エリアだ。暮らしているギャングの数、存在しているギャングセットの数、犯罪発生率、そのどれをとっても敵わない。

 サウスセントラルやスキッドロウ、イングルウッド、そしてここイーストL.A.もかなりヤバい地域だが、あそこは別格だと言ってもいい。


「今やコンプトンには味方のセットもある。何かあれば応援だって呼べるさ」


「まずは聞き込みか? タグでも探すか?」


「どっちも同時にやろう。タグはC.O.Cの三文字だって聞いてる。完全武装でバンを出す。やられるってことはまずないから安心しろ」


 偵察任務に選抜したのは俺を入れて六人のガーディアン。

 すべて元ワンクスタの連中だが、しっかりと日々の活動や筋トレで鍛え上げられて今では立派な戦士だ。

 もちろん、喧嘩が本業であるウォーリアーに比べればまだまだといったところだが、それでもそこらの不良に負けるようなヤワな連中ではない。


 バンは一台。車内にはご機嫌なギャングスタラップ。緊張感をほぐすには丁度いい。


「クレイ。シザースはどうなったんだ? もう無罪ってことで周知していいんだよな?」


「まだ仮の状態だって話だ。ハスラーやウォーリアーの末端はおそらく詳細を知らない。俺たちの仕事でC.O.Cの化けの皮を剥いで、潰せたら大々的に発表するかもな」


 情報において、ガーディアン全員は他の二つよりも優先的に最新のものが手に入る。それも仕事の内だからだ。


「でももう二人タマ取ってんだろ? それでいいと思うがな」


「俺もそう思うが、サーガはもっとインパクトのある結末が欲しいんだろ。せっかくいいカモがいたんだから、食わねぇ手はねぇって感じだと思うぞ」


「俺らが失敗したら?」


「先の二人の命で手打ちにする、が正道だろうな。あれが仇だったってのもあながち嘘じゃねぇ。ちなみに男女二人組だったぞ」


 当初の予定通りにシザースを殺すという邪道もあり得るが、現段階ですでにそれはメリットがない。そっちに転ぶ可能性は限りなく低いので安心だ。


「女のギャングスタ? よほど手が足りてないんじゃないか」


「それは俺にもわからん。女の方がメンバーなのかはな。おそらく恋人同士だったんだろうとは思うが」


「おい、そろそろコンプトンに入るぞ」


 後部座席のメンバーの一人がそう声をかけてくれた。他には携帯電話で地図を見ている奴、積んである銃の残弾を確認している奴もいる。

 他の奴らは俺と会話していたホーミーも含めて、リラックスしている様子だ。


 コンプトンには味方のセットもいる。それも、昔からある歴史の深い有名セットの中でもB.K.B側についてくれる連中がいた。

 しかし、それを差し引いてもやはりこの街に恐怖心を抱かずにはいられない。


 大半はB.K.Bに対して何の関りもない中立のギャングセットだ。

 彼らは下手に刺激したり、テリトリーに入ったりしない限りは何もしてこないだろう。

 だが、裏を返せばいつ何時、恨みを買って敵対されるとも限らないということだ。そういう意味で、この街は移動をするだけでもそれなりに気を遣う必要がある。


「ありがとう。みんな、周囲を警戒してくれ。大通りしか通らないが、タグやどこぞのメンバーがいたら停車する」


 大通りはどこかのセットのものであったとしても、そこにいるだけで攻撃対象にはなり辛い。交通量があるので、いちいち全員を咎めるわけにもいかないから黙認というわけだ。

 ちなみに、サーガの仇を誰として流布するかが未確定なので、コンプトンの味方セットへの情報提供依頼は不可能だ。


「あれは?」


「ただの浮浪者だよ。どうやったらあれがギャングスタに見えるんだ」


「うるせぇ。小汚いギャングスタだっているだろうがよ」


 ホーミーたちが道行く人を指さしながらああだこうだと言い合っている。


 そんな中、俺はブラッズらしき人影を発見した。赤い服こそ着ていないが、シャツの裾から一瞬だけ赤いバンダナがぶら下がっているように見えたからだ。


「待て、あの二人。右の男の腰に一瞬、赤いバンダナがチラッと見えたかもしれねぇ」


「マジか。ブラッズなら多少は話せるかもしれねぇぞ」


「あぁ、だが油断はするなよ。停めるぞ」


 バンがゆっくりとその二人に横付けする。急停車しては驚かせてしまい、いきなり撃たれるかもしれないので慎重に、慎重に、だ。


「あん? なんだ、てめぇ」


「敵か?」


 予想通り、挨拶代わりに威嚇される。俺が逆の立場だったとしてもそうしたはずなので当然だ。


「悪い、お前らにちょっと聞きたいことがあってな。ブラッズで間違いないか? 俺らはイーストL.A.のビッグ・クレイ・ブラッドだ」


「……まぁ、ブラッズだが。なぜわかった」


 bのハンドサインとバンダナを見せると、彼らも多少は話を聞いてくれる姿勢を見せた。


「勘、かな。少なくとも俺の敵じゃないように見えた。あと、お前ら腕が立ちそうだ。急に話しかけても、むやみやたらとビビったりしねぇと思ってな」


 実際にはバンダナが見えていただけなのだが、それを言ったりはしない。人たらしに徹する。


「何をおかしなこと言ってんだ、コイツ」


「調子狂うぜ。まぁ、ブラッズならいい。聞きたい話ってのは?」


「探してるクリップスのセットがあってな。コンプトンにあるってのは分かってるんだが、新しい組織みたいでテリトリーがどのエリアか分からねぇんだ」


「クリップスを探してる? 喧嘩でも仕掛けんのか」


 なぜかちょっと嬉しそうだ。敵対するギャングが攻撃されるのを喜ばないわけもないか。


「いや、むしろウチが仕掛けられててな。だが奴らの住処が分からないんじゃ反撃出来ねぇ。それを下調べしてるとこだ。いずれデカい喧嘩になるのかもな」


「そういうことなら知ってることを教えてやるよ。セット名は? それくらいわかってんだよな?」


「あぁ。コンプトン・オリジナル・クリップって連中だ。聞き覚えは?」


「……ねぇな。確かに新しいセットなのは間違いなさそうだ」


 コンプトン内で活動するブラッズが知らないのであれば、立ち上がって一カ月程度のかなり新しいセットなのかもしれないな。


「そうか。そうなると俺たちも適当に探し回るしかなくなっちまうんだが、このエリアは何か怪しいって場所はないか?」


「基本的にはどの地区にもそこをシマにしているギャングセットはある。隙があるとしたら住宅エリアじゃない場所くらいか」


 ギャングは自分たちの居住区をテリトリーにするのが習わしだ。マフィアのように金儲けをする場所に拠点を持つわけでもないし、B.K.Bのようにシマやビジネスを広げるという発想もあまりない。

 サーガは味方のセットを巻き込みながらそれを成しているので、それにあやかりたい連中は寄ってきているが。


「工場とか、マーケットとかがあるブロックってことか?」


「そうだな。それかサツにでも聞け」


「それは遠慮しておく」


 警察署にのこのこと出ていくなんて御免だ。サーガであればコンプトンの警察も買収したかもしれないが。


「ダメもとで聞くが、クリップスの連中で多少は話が出来る奴は? そっちの方が俺らブラッズ側よりも詳しいかもしれねぇ」


「正気か。クリップスと話すだと? そんな奴はいねぇよ。顔見合わせりゃ即喧嘩だ」


 昔気質な男のようだ。協力とまではいかないが、ニュースクールと呼ばれる若い世代は、クリップスとブラッズのチームカラーなんて気にせずに、利用し合っている場合もある。

 だが、俺もどちらかというとこの男の考え方の方が好きだ。


「嫌ではあるがな。たまにいるだろ。金さえ出せばベラベラ喋る裏切り者みたいなやつがよ。コンプトン内のクリップスメンバーに、お前らのセットへそういう事してる阿呆がいないかと思ってな」


「いねぇし、いても一回だけ利用して殺すだろうな。そんな奴はどうせ次の日には裏切る」


「同感だ」


 サーガは自らを殺しに来たヒットマンを完全に手中に収めたが、普通はあんなことはしない。自分を殺そうとした人間を使うなんて、どうかしてると思うんだがな。


「ブラッズ同志はどうだ? 揉めたりしてねぇのか?」


「ウチは基本的にはどことも中立だ。ベタベタしてるセットはねぇな。どことどこが険悪なんて話も正直しらねぇ」


 こうやって同盟でない一般的なギャングセットの話を聞くと、B.K.Bがいかに諜報活動に秀でているかが分かる。普通は地元以外の情報なんてほとんど知らないのだ。


「そうか。今、こうして話してくれてるが、他のブラッズセットも同じように俺たちを取り合ってくれるだろうか?」


「さぁなぁ。お前ら顔出してるが、むしろ口元に赤いバンダナ巻いとけ。ブラッズなら多少はそこ見るだろ」


 最初に出会うのがクリップスだった場合に備えて俺たちはバンダナをポケットに隠していたが、ブラッズに会いに行くのであればそっちの方が良い。

 始めはどちらに出くわすか分からずにこうしていただけだ。


「この際、お前らとの仲の良さはどうでもいい。話を聞いてくれそうなセット、あるいは同じセット内の仲間を紹介してくれよ。もっと情報が欲しい」


「あぁ? そこまでしてやる義理はねぇぞ。何か俺らに得な事でもあんのか?」


 金を要求されるだろうか。しかし、今しがた金で裏切る奴は信用ならないという話をしたばかりだ。ではどうするか。


「……そうだな、そこのコンビニでビールを一缶ずつ奢ってやるってのはどうだ?」


 普通なら怒るか、鼻で笑われて終わる提案だが、俺は知っている。


「はっ、缶ビールだと!? 1オンス入りの瓶で三本ずつだよ、馬鹿野郎!」


 末端のギャングスタで、酒を奢られるのを拒否するような野暮な奴はいないってな。


 まったく、金を渡すのと大して変わらないはずなのに、こっちの方が罪悪感も生まず、相手が喜ぶのは何なんだろうな。


……


「うーっぷ! うめぇなぁ。やっぱオールドイングリッシュは最高だぜ」


「ありがとよ、イーストL.A.のブラッズの兄弟!」


 ビールを奢った二人のギャングスタが、上機嫌で俺たちに礼を言う。

 本当に1オンスの瓶を三本ずつ飲み干しやがった。持って帰るつもりなのかと思ったが、すべてこの場でだ。

 下戸の俺でもそれは一気に飲み過ぎだと分かるぞ。


「大通りで酒盛りとは平和な街だな」


「ははっ! この辺は比較的安全だからな!」


 コンプトン内で平和とは、皮肉のつもりで言ったのだが、普通に返されてしまった。


「それで、誰を紹介してくれるんだ?」


「そうだな、ウチのボスにでも会っていくか? だが、手土産がプラス三本は必要かもな!」


「まだ酒を買わせる気かよ……パシりじゃねぇんだぞ」


 俺が悪態をついて肩をすくめるも、目の前のギャングスタ二人は笑うばかりで、車内にいるホーミーたちもため息や苦笑を返してくるだけだ。


「わかったよ……お前らも乗るか? 酒を仕入れて、そのまま案内してくれ。プレジデントは自宅か? それともアジト的なたまり場があるのか?」


「ボスは家にいるはずだぜ。しかし、こりゃまた綺麗な車じゃねぇか。型も新しいし」


「ひゅうっ! 乗っていいのか? 拉致ったりすんじゃねぇぞ? んじゃ、失礼するぜー」


 酒臭い二人を迎え入れ、俺はバンを出す。


「あ、おい、くっついてくんなよ!」


「そっちこそ、酔っ払いには優しくしろって、お袋から教わらなかったのかー?」


「うるせぇぞ、車の中で喧嘩すんな! 喧嘩した奴は晩飯抜きな!」


 機転を利かせたホーミーの一人がお袋役を買って出て、車内は爆笑に包まれた。にぎやかで結構なことだぜ。

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