Treachery! B.K.B
サーガが大怪我を負った。
そのニュースは地元中に、いや、味方のセットなどの間にすらも広がってしまった。
事件は一日前。教会を出た所を横から拳銃で三発。その内の二発が腕に、一発が横っ腹に命中したという。
教会と言えばテリトリーの最深部。近くには常時、何人ものホーミーがいるし、各々の住居からも近い、最も厳重な場所だ。
そんな場所に外敵が容易に接近するとは思えない。見つかればB.K.Bのメンバーに捕まるだろうし、振り切って逃走しようとすれば容赦なく撃ち込まれる。
変装をした外敵、金で雇われた殺し屋、地元に住むギャングとは関係のない連中、色々な予測が出来るが、最も確率が高いのは残念ながら、これだろう。
「裏切り行為だ。おそらくB.K.B内部の人間がサーガを弾いた」
教会内に集まった俺の言葉に、OG達も同意を示した。
「で、誰か目星はついてるのか」
「いいや。しらみつぶしに聞き込みたいところだが、俺たちに疑われてるってのを悟られるのもまずい」
OG達がそんな意見を飛び交わす。
今出た通り、ここにいる彼らや俺のようなB.K.Bのウォーリアー、ハスラー、ガーディアンの中心となっている人間が身内を疑っているというのはあまり広めたい話ではない。
犯人は人知れず逃げ出すだろうし、何よりも仲間の結束を大事にしてきたB.K.Bの内輪揉めとあっては、忠誠心や信頼度に傷がついて、活動の士気も下がってしまう。
「だがサーガの大怪我は広まっちまってる。一度、適当な替え玉を仕立てて殺しといたほうがいいんじゃねぇか? トップを撃たれて、すぐに返しもやらないってのは問題だ」
「その通りだな。誰かさらって来よう。真犯人が見つかるまでの替え玉だ」
なにやら物騒な話が展開されている。
誰かをさらって犯人にしてしまうというのか。そしてその間に真犯人を探す、と。
その、替え玉として殺される人間が不憫でならない。
「待て待て。そんな卑怯な手を使ったってバレたときのほうが、ウチの名に傷がつくんじゃねぇのか」
「なら何か他に良い手でもあんのかよ、クレイ。綺麗ごとだけじゃまかり通らねぇぞ」
「サーガは、話せる状態じゃねぇのか?」
「こんな時にまでサーガの手を煩わせようってのか、てめぇは!? 仮に奴が死んでたらどうするつもりだったんだよ、あぁ!?」
ウォーリアーのOGが俺に詰め寄り、他の連中がそれを引きはがす。
サーガがいないと鶴の一声もかかりようがない。議論は均衡し、いつまでも何も決まらないままだ。
「メイソンさん……は?」
ぽつりと呟いた俺の独り言を、誰かが拾う。
「ほう、コリーに助言を求めるってのか?」
「悪くはねぇが、アイツも俺らと同じ意見だと思うぞ」
さすがはE.T.というべきか。メイソンさんの名前が出た途端、OG達の間に明らかな安心感のような空気が流れた。E.T.はB.K.B結成時の最初の十一人。彼らOGよりも先達に当たる。
既に部外者扱いされてもおかしくないほどにギャングから離れてはいるが、それでも現役の連中から大きなリスペクトを集めているのは疑いようのない事実だ。
「同じ意見ってのは替え玉を準備する案か?」
「そうだよ。あぁ見えてコリーもおっかねぇんだぞ。あの小さい身体からは想像し得ないようなパワーが出やがる。引き金もビビるくらいに軽いから、昔はバカスカ弾きまくってたんだぞ」
「あ、あぁ……それは知ってる」
普段は温和だが、時折垣間見えるギャングスタの風格は伊達ではない。
抗争や警察との衝突が激しかった時代の生き残りだ。堅気として生きていても、彼の根っこの部分ではそれが色濃く残っている。
「おい。誰かコリーに連絡してくれ」
「ブラックホール、ブラックホール……Bだよな、俺の電話帳には入ってねぇぞ。コリーで入れてんだっけ。いや、ねぇぞ」
「いいよ、俺が呼ぶから。しかし、ここに呼び出すのか?」
俺の携帯にはメイソンさんの連絡先くらい、とっくの昔に入っている。
だが、いくらOG達でも彼をここに呼び出すというのは有りなのだろうか。なんとなく、サーガ以外の人間がそれをするのは憚られる。
「まずいか? 別に俺らが出向いたっていいが、そっちのほうが目立って仕方ねぇだろ。たまたまその場に客がいても迷惑だ」
「まぁ、そうだな。それじゃ、出張ってこれないか頼んでみるよ」
携帯の画面タップし、メイソンさんにコールする。10コールほど鳴ったところでようやく出てくれた。
「はいよー。どうした、クレイ」
「あぁ、メイソンの兄ちゃん。今、アジトにいるんだけどさ。ちょっと、手が空いた時にこっちへ来れないか?」
「ん? なんで?」
「OG達のご要望だ。もちろん俺からも頼むよ。大事な話がある」
カチャカチャと機械をいじくる音が聞こえている。真面目に整備中のようだ。
「大事な話? なんだい、そりゃ」
「今はちょっと話せないんだ。仕事もあるだろうから、本当に手が空いた時でいい。俺たちはいくらでも待ってるからよ」
「……ガイの話なら、俺だって知ってるよ。どうせそれだろ? まぁいいさ。二時間ほどしたら向かうよ」
……
……
「はーん。それで悩んでるって? 言い方は悪いかもしれないけど、俺が決めることじゃなくないか?」
「まぁ、そういう気持ちもわかるけどよ。どうにか知恵を貸してくれねぇか、コリー」
メイソンさんとOG達が教会内のベンチに座って話し込んでいる。
俺もその場に入るが、できる限り気配を消してそれを見守っていた。重鎮がいるのにしゃしゃり出ても反感を買うだけだ。
「替え玉をとっ捕まえて射殺するんだろ? もういいじゃん、それで。犯人はわかってないって話だし。それより、ガイの近くには兵隊置いてんのかい? 呑気に一人で病院のベッドで転がってたら狙われるよ?」
「二、三人つけてるから心配無用だと思うぞ」
「そっか。彼は話せる状態にあるの?」
「一応な。だが、結構な怪我だから絶対安静だ。会えるには会えるが、しばらくは寝たきりだ。起きてるうちに行っても、一言二言しか話せねぇと思う」
これは俺も初耳だった。大怪我とだけ聞いていたが、それほどまでにひどいのか。
「ちょっと、病院に行ってみようかな」
「おい、話を聞いてたのか? 会えても短い時間だぞ。もちろん、それで構わないってんなら止めやしないがよ」
「そうさせてもらうよ。話は終わりでいいかな? 今はさっさと代わりの犯人を仕立てること。最悪、誰かを見つけて殺したって話だけ広めてもいいけど……まぁ、それは微妙。やるなら本気でやったほうがいい」
結局そうなっちまうか。悔しいが、もう俺にできることはないようだ。
「そんで犯人は探すこと。高確率で内部の人間だって話なんだよね? 取り扱いは慎重にね。それと、銃を借りれる?」
「銃? 構わねぇが、何に使うんだ? ほらよ」
「護身用だよ。ホーミーの中に不届き物がいるんだったら、俺も狙われたっておかしくないからね」
メイソンさんは現役から退いて、最近ではあまり武装する機会もないはずだ。
サーガが直接、メンバーと思わしき人物から狙われた。それが彼の警戒心をいつもよりは高めているのだと思う。
「あ、ちょっといいか。話が終わったんなら、俺もサーガに会いに行きたいんだが」
「クレイ、お前も話を聞いてなかったのかよ。会えてもほとんど話せねぇって言っただろうが」
「まぁいいんじゃない。クレイ、俺の車に乗りなよ。一緒に行こうか」
メイソンさんがそう提案してくれて、俺たち二人は彼のピックアップトラックに乗り込んだ。
「さてさて。ガイはどんな面で出迎えてくれるかな」
「しかめっ面だろうよ。腹を撃たれてるんだから、まだ痛むはずだ」
「そのしかめっ面が見たくて会いたいって言ったんなら、クレイは相当いかれてると思うよ」
それはその通りなのだが、別に俺はサーガのしかめっ面を期待していたわけではない。
彼が犯人を覚えていないか、話を聞いてみたかったのだ。もし何か情報があれば、替え玉が殺される前に真犯人を特定できるかもしれない。そうなれば大手柄だ。
真犯人が特定されるということは、B.K.Bのメンバーの誰が犯人であるかわかってしまうということになるが、俺はそいつに対して情けをかけるつもりはない。
「メイソンさんは何でサーガに会いたいんだ?」
「そりゃ、心配だからさ。撃たれたのは聞いてたけど、すぐに見舞いに行けなかったことも謝りたいし」
確かに、それは珍しいなとは思った。サーガとメイソンさんは無二の親友と言っても良い。大けがを負ったとあれば、すぐに飛んでいきそうなものだが。
「仕事が忙しかったんだろ? サーガだってわかってくれるさ」
「そうだといいけどね。でもね、嫌味の一つや二つ、言ってくれたほうがこっちの気持ちも軽いよ」
……
病院に到着し、サーガの病室へと案内された。
部屋の前にはOGが言っていた通り、見張りが二人立っている。イメージとしてはライフルを下げた二人が扉の左右にでもいるのかと思っていたが、さすがに病院内では堂々と銃を下げてはいないようだ。
「クレイ? それに、E.T.のコリーじゃねぇか。これはこれは、レジェンドにお会いできて光栄だ」
見張りは二人とも若いホーミーだったが、問題なくメイソンさんを認識できた。
「サーガには会えるのかい?」
「もちろんだ。入ってくれ。中にはサーガしかいない」
「……?」
何やらOGが言っていた話とは違うな、と俺は疑問を抱いた。短い時間しか会えないという話だったので、医者や看護師なんかに話を通してようやく入室できるようなイメージだった。
今回、俺とメイソンさんは受付をすっ飛ばして直接サーガの病室まで来ている上、入室許可もホーミーが簡単に出すのか。
メイソンさんがノックをすると「入れ」と小さく聞こえた。
「お邪魔するよ」
「おう、コリーか。クレイもよく来てくれた」
ベッドの上、半身を起こしてズボンの股間辺りに手を入れているサーガが見えた。別に欲求不満でムスコをいじっていたわけではなく、そこに小型の拳銃でも隠しているのだろう。
「手土産ならないよ。期待させちゃったなら悪いけどさ」
「言ってろ。看護婦の尻を毎日触れるだけで俺は十分だぜ」
軽口をたたきあいながら、bのハンドサインで挨拶を交わす二人。
気心の知れた親友だけに許されるような、実に和やかなムードだが、次の一言で瞬時にシリアスなムードへと移行する。
「で、顔は見たわけ?」
真犯人の話だ。
「……まぁな。だが、どうするか迷ってる」
なんと、サーガは自身を撃った犯人を分かっていたというのだ。であれば一気に話が進みそうなところだが、OG達にも秘密にしていたということになる。
「迷ってるってのは? それを誰かに伝えることを? それとも殺すことを?」
「どっちもだ。俺を弾いたんだから、処刑して終わりってのが丸いんだろうが、今回は別に乗り気じゃねぇのさ」
「そりゃ珍しいこともあるもんだね。事件というより事故だったのかな?」
その線もあるが、サーガは首を横に振った。事故ではないということだ。
「ふーん。そっか」
「そんなにまでして守りたいってメンバーなのか? アンタにしては珍しいな」
少しの沈黙ができ、俺も二人の会話にようやく入れた。
「いや、それも違う。相手はシザースだ。殺すならいつ殺してもいいと思ってる」
「シザースか。まぁ……そんな気はしてたけどよ。でも、すぐにやらないのはなんでだ?」
あの馬鹿が。もう無理だ。俺だって頑張って庇ってきたが、もう絶対に守り切れねぇ。
しかしサーガの事だ。尻込みしているのには目的や理由があるのだろう。
「俺が、アイツに俺を撃つように言ったからだよ」
「……は?」
サーガはまた、予想の斜め上を行く、とんでもないことを言い出した。




