Mafia Politics
カーディーラーを出ると、それ以上の寄り道はせずに地元へと戻ってきた。途中、サーガが何回もバックミラーを確認していたのは尾行が無いかの心配からだろう。
以前ほどではないが、つけられてアジトの場所が割れる可能性は皆無ではないからだ。
ただし、B.K.Bの活動地域自体はメンバー達の居住区でもあり、隠しているわけではない。言い直せば、そこまでは隠しようがない。
まずはテリトリー内に敵を侵入させないこと自体が重要だ。そのためのガーディアンである。
「……消えたか」
「何? つけられてたのかよ」
「あぁ。流石にこの先までは来れないみたいだな。おそらくあれはダウンタウンのマフィアじゃねぇかと思う」
既にB.K.Bのメンバー達が道端にいるのもチラホラと見えるし、壁は真っ赤なスプレーで描かれたタグでいっぱいだ。
「何の真似だろう」
「何かしようってんじゃなく、この車が誰か分からないから尾行してたんだろ」
正体を隠すつもりもなかったので、尾行されたままで地元に戻ったのか。強気だな。
まぁ、それを撒こうと荒い運転されちゃあ、同乗してる俺としてはたまったもんじゃねぇが。
「こうしてこっちの正体が分かったところだろうが、奴らは何か仕掛けてくるのか?」
「それは奴らにしか分からねぇな。だいたい、マフィアの反感を買うような真似はした覚えがねぇ。あるとすれば、奴らのシマの中でケリーを撃ったことくらいか。しかしそう考えると、マフィア以外の表の人間の尾行とも取れる」
「ケリーを後ろ盾にしてたマフィアの組が襲ってくるって話なら考えられるんじゃないかな。あとはアンタの言う通り、市の関係者や警察か」
「表なら署長の仕事だ。マフィアならこっちの仕事だが、文句があるなら連絡でも入れて来るだろ」
マフィアは後先を考えないギャングに比べればまだ話が通じる。
B.K.Bはギャングではあるものの、よく統率がとれていて暴走することは少ない。
ある意味、ギャングを名乗りつつもマフィアのようなスマートな頭を持つという変わった集団だ。その辺りが表の連中も付き合ってくれている理由でもあると思う。
そしてそれは裏の連中からも同じであり、この尾行から数日後、聞き知らぬマフィアからサーガ宛に連絡があった。
ロサンゼルス市内に拠点を持つ小さなジャパニーズ・ヤクザの組とのことで、内容は仕事の依頼だった。
自分たちの面子を潰した、とある議員を消してくれという話で、ケリー議員の銃撃事件を起こしたB.K.Bの腕と度胸を頼ってきたようだ。
サーガは金を積まれたところで殺しなんて受けない、と瞬時に断った。当然の判断だ。
ただ、そのせいで目をつけられたのか、時折アジア系の人間が乗った車が俺達のテリトリー付近で目撃され始める。
何かしてくるわけでもないので今のところ無視しているが、逆恨みも良いところだぜ。
そうしている間にも何度か連絡は続いていたらしい。
まさか断られるとは思ってなかったんだろうな。貧乏なギャングであればどこであれ金には飛びつき、深く考えずに殺しに使えると思ったんだろう。
とんだリサーチ不足だ。ウチの人間をなめてもらっちゃ困る。
そして、殺しを依頼してしまった手前、情報が漏れることを恐れて警戒し続ける羽目になってしまったんだろう。
たとえ別のギャングセットや自分の組の人間にその議員を殺させたとしても、ウチにとっては「あのヤクザがやったんだな」とバレてしまうからな。
口止め料の提示の話もあったかもしれないが、元々興味のないサーガは突っぱねているに違いない。
未だにヤクザの車がうろうろしているのが、うまく話がまとまっていない何よりの証拠だ。
……
そして、そこから数日でほんの少しだけ状況が悪化した。
他のマフィア組織の人間からの接触がぽつりぽつりと増え始めたのだ。
ヤクザが周りの組織に声をかけたのか、はたまた議員襲撃の噂が広まってしまったのか、マフィア側からB.K.Bと連絡を取ってきたり、アジト周辺を高級車がうろついていることがさらに増えてきた。
元々、B.K.Bはマフィアと全く付き合いが無いわけではないが、どこもかしこも知り合いだらけにするつもりはない。それにマフィアは他のギャングセットとの同盟関係のような付き合いではなく、あくまでも金で使おうとしてくるだけだ。
仕事で協力することくらいは出来るが、仲間といった関係にはなり得ないので、いろんなところの声かけを対応したところで仕事と金だけが増えるに過ぎない。
だが、サーガはこの状況をうまく利用した。
味方のセットで仕事をしたいというところがあれば、次々と割り振ってやったのである。資金難のセットには金が入り、マフィアは手を汚さずに済む。ウィンウィンという奴だな。
ただし、あまりにもズブズブになると後々で面倒なので、マフィアからの仕事は必ずサーガが仲介し、一つのセットにばかり仕事を振らないように管理し始めた。
余計な仕事が増えちまってご苦労な事だが、奴が教会でゴロゴロしてる時間が少しばかり減っただけだ。
そのおこぼれと言っちゃなんだが、ガーディアンにもまとまった資金がサーガから降りてきた。小遣いってレベルではなく、家一軒が買えるほどの、10万ドル単位の大金だ。
「ガーディアンに必要だと思うものに使え。たとえお前の私腹を肥やす事がガーディアンに必要だと言い張っても、俺は文句なんか言わねぇ」
「んなことに使うかよ。この金は車と武器に変える」
「好きにしろ」
これが金を受け取った時の会話だ。
……
「ほう! そりゃ驚いたな! マフィア様様じゃねぇか! いや、サーガ様様か!?」
「もったいぶってないで早く見せてくれよ、その札束をよ! いいだろ、クレイ!」
次の日、自宅にガーディアンの主要メンバーを集めた俺は、サーガとのやり取りを話した。それからガーディアンに入った資金と、その使い道の説明だ。
「ほら、これだ。盗るなよ。俺達のために使うんだから」
俺がどさりと札束を床に転がすと、皆が見たこともないような大金に興奮している。
「おぉぉぉ! 何でも買えるぜ!」
「俺はジェット機が欲しいぜ!」
「俺は家だな! あと、ロールスロイス!」
まったく。興奮してるとはいえ、どいつもこいつも好き勝手言いやがる。今しがた使い道の話はしたばっかりだってのに、仕方のねぇ野郎どもだぜ。
「ばーか、そんな額ねぇよ。ひとまずガーディアン全員が乗れるように、移動用のバンが二台と銃を買うつもりでいる。いい案があれば採用するから言ってみろ。家だの飛行機だの、馬鹿な話は却下だからな」
「バンだぁ? かっこいいセダンにしようぜ。ローライダーでもいい」
「銃ってのは?」
前者の意見は無視するとして、銃の質問には返答する。
「予定ではサブマシンガンだ。普段は後日購入予定のバンに搭載しておく。携帯用のピストルも足りて無い奴がいたら買おう」
「例の中国人か?」
「どうだろうな。未定だ」
少し前に取引のあった中華マフィアだ。正直、ガーディアン関連の武器はどこで買っても良いと思っているのであまり気にしてはいない。
個人的には中華製の模造品は好みじゃないが、安いから有りだな。
「別にそれでも構わねぇけどよう。俺らってそんなに重武装する必要あんのか? 防御主体で、尚且つ最近だと何処のギャングセットも攻め入ってこねぇじゃねぇか」
別のメンバーの一人から質問が上がる。
「それは俺も疑問だが、だからこそ他にいい案が無いかって聞いてんだ。使わないまま持て余してたら、誰かが馬鹿なことに使うだろうさ」
「絶対そうなるな。しかし、いい案ってのは確かに俺もパッとは浮かばねぇ」
「銃は好きだけどドンパチやんのは嫌だなぁ。車に防弾加工でもしたらどうだよ」
さらに別のメンバーから非現実的な案が出た。その考え自体は悪くないが、本格的な防弾車両なんて予算的に無理だ。どうしても防弾にしたけりゃ、自前で鉄板を張り合わせたりして突貫工事で改造するくらいしか手はない。
「あっ! 防弾チョッキだ!」
防弾、という言葉から最も連想しやすいであろう言葉が飛び出した。しかし、これは残念ながら却下せざるを得ない。
「……だせぇ」
この一点である。マフィアや警官とは違い、ギャングスタは防弾チョッキを毛嫌いする傾向がある。
ダサいというのは本当にその通りで、スーツ姿の連中に比べてワークシャツやTシャツしか着ないギャングスタの恰好は、防弾チョッキやベストと恐ろしいほどにマッチしない。
薄着であるせいで隠して着るわけにもいかず、チョッキは剥き出しになる。あんな格好でぶらつくくらいなら、生身で撃たれる方がマシだというのも大げさな強がりではない。それくらいダサいのだ。
「んなこた分かってるよ俺だって。あとは他になんかねぇかなぁ」
「無線とかどうだ? いちいち携帯で通話するよりは素早く連携できるぜ」
これは採用しても良さそうだな。
……
「俺達だけで会うってのは初めてだからな。緊張するぜ」
「なんだ、クレイ。ビビってんのかよ?」
B.K.Bがテリトリーとする町内。いつもの高架下。俺達はボロのワゴン車を停め、三人で待ち受けていた。
サーガの許可を得て、ここにいつかの中華マフィアを呼び出したのだ。
目的は当然ながら武器と弾薬の調達だ。ガーディアンの分だけとなるのでその数は少ないのだが、相手側は快く了承してくれた。値段も頑張ってくれるとの事だ。
一台の黒塗りの中国セダンが近づいてくる。
俺達の目の前まで来ると、見覚えのある男が運転席から降りた。どうやら一人らしい。窓だけを開けるわけでもなく、いきなり降りるとは不用心だ。
言い換えれば、信頼があるという事なのかもしれないが。
「約束の銃だ。好きなだけ見てくれ」
マフィオーソがトランクを開けると、注文していた数よりも多い銃がずらりと並んでいた。種類も豊富で、拳銃やサブマシンガン、ライフルにショットガンまである。
「おぉ、これなんかいいじゃねぇか!」
メンバーの一人が、一丁だけ混ざっていたグレネードランチャーを手に取り、子供のようにはしゃいでいる。
「おい、ランチャーなんて要らねぇだろ。みんなにも伝達していた通り、ガーディアンの装備はピストルとサブマシンガンで十分だ」
「テンション上がっちまっただけだっての。本気にすんなよ、堅物!」
まったく、なんで俺の方が悪態つかれるんだよ。
「……お前ら、注文分をこっちの車に移せ。中国人、金はこれでいいか。確認してくれ」
「……うん? 少し額が多いようだが」
「手間賃だ。貸しが気になるなら多少、弾でもおまけしてくれ」
ほんのチップだが、それで好印象を植え付けられるなら安いものだ。無理な注文にも融通が利くようになれば尚良い。もちろん、わざと無理難題を吹っかけるような真似はするつもりもないが。
「ありがたく受け取っておく」
弾のサービスはしないそうだ。
まぁ、連絡した時点で既に割引価格だと聞いたからな。別に驚きはしない。
「クレイ、移し終えたぞ! 確認してくれ!」
仲間が銃の移動をすぐに終えた。サブマシンガンは人数の少ないガーディアンの全員分。ピストルはその数ですらなく、今現在、銃で武装できていないメンバーへの不足分補充なのでそう多くはなかったからだ。
わざわざこんな小さな仕事のために足を運んでくれた、この中華マフィアにも感謝だな。
「ではまた呼べ、ビッグ・クレイ・ブラッド」
「ガーディアンの代表やってるクレイだ。呼んでおいてなんだが、アンタらも大変だな。こんなちんけな仕事のためによ」
「……マフィアってのは、ギャング程に堂々とは出来ないもんだ。こういう、地道な活動や根回しが組を支えてるんだよ。単なる仕事として捉えてる分、地元一丸となって身内でギャングやってるお前らほど、命を張ろうって気概の奴も少ない」
なるほどな。それがマフィアか。前もこういった話は聞いたことがあるが、構成員から直接聞くと真実味がある。
「目立たない分、表の人間にはめっぽう強いがな。つながりも深い」
こないだサーガがやってたような仕事か。確かにああいう類の活動はマフィアがやってるイメージが強いな。
「興味深い話をどうも」
「それこそチップ代だ。じゃあな」
砂利を踏みしめ、セダンは去っていった。




